アホのことヒロイン5
「……今日は、なんかちゃんとしてるな、お前」
いつものように一緒にお昼を食べてたら、要からこんなことを言われてしまった。
「あれ? 分かる?」
「お前が、そんなピッシリしてるの見たの中等部以来だぞ」
……まじか? そんなに違う?
そういやスケバンマッチョさんにもなんか驚かれたけど。
「いやあ……実は朝、済木姫乃ちゃんが寮の部屋押しかけて来て、直してくれたんだよね」
私の言葉に、要の表情が険しくなった。
「ちっ……あの変態女、俺が女子寮いないと思って、そういう手段に出やがったか。明日の朝は、いつもより早めに出ろ。入り口まで迎えに行ってやるから」
「い、いいよ! そんなことまでしてくれなくても! ……姫乃ちゃん、そんな悪い娘じゃないし」
確かに、ドエムだし、赤いピンヒール履かされそうになったけど、身嗜み整えてくれたし、話が通じないわけでもない。
それに何より、彼女は数少ない転生者仲間だ。良好な交友関係築けるなら、それにこしたことはない。
「……お前、衆人環視の状況で、ドエスに調教するとか言われて、よく平気でいられるな。ああいう変態は、はっきり拒絶しねぇとつけ込んでくるぞ」
「いやあ……でも、まあ、精神的な被害はそこまでないし」
……むしろ、要のよだれ掛け強制のが、精神的にショックだったとは黙っておこう。そして今日のハンバーグはけして、制服に零さないぞ……! けして!
「お前が気にしねぇなら、いいけどよ……って、何さり気に、つけ合わせの野菜、俺の皿に乗っけてやがる。全部食えよ」
「……だって、甘いニンジンのグラッセも、シイタケのソテーも苦手なんだもん。良いでしょ? 要、これ好きじゃん」
「たく……サラダはちゃんと食えよ」
やった……! どうしても駄目なんだよねー、こればっかりは。
でも残すのも心苦しいし、要が食べてくれてよかった。
「ーー何やってるのよ、貴女は」
「……っ!」
く、首元に生ぬるい息がかかったー!
「ひ、姫乃ちゃん」
「野菜を好き嫌いするなんて……本当、女帝様らしくなく、調教がいある人ね。貴女は」
け、気配なかったよ! いつの間に後ろにいたの!?
「サラダで野菜取るくらいは意識してるみたいだけど、それだけじゃビタミンCが不足してるわ。生だと一見多く見えても、火を通すとかなり少なくなるのよ。それに、ニンジンは加熱した方がより栄養が取れると言われてるの。シイタケをはじめとしたキノコはローカロリーで食物繊維が豊富。ちゃんと食べなきゃ駄目じゃない」
「く、詳しいね、姫乃ちゃん」
「これくらい常識よ……貴女は見た目だけは私の理想そのものなんだから、その美貌だけはちゃんと維持してもらわないと困るわ。その白くて綺麗な柔肌を、不適切な食生活でニキビだらけにしたら怒るわよ」
「……おい、何勝手に、綾華の隣に座ろうとしてるんだ、変態女。ここはお前が来ていい場所じゃねぇぞ」
そこでようやく要を視界に入れた姫乃ちゃんは、器用に片眉を上げた。
「あら、貴方は生徒会長の癖に、まだ友人も少ない孤独な編入生の相席も許さないくらい狭量なの?」
「俺の器の問題じゃなく、規則だ。ここは生徒会用の特別席。一般生徒が使うことは許されてない」
「……それじゃあ鳳凰院さんは、どうしてここにいるのよ。権力があっても、一般生徒のはずでしょ」
「綾華は、俺が任命した生徒会庶務だ。お前と違ってな」
「そう……制服が違うと思ってたら、そんなことなってたの……面倒ね」
……おかしいな。これ、うっかりフラグが立ってもおかしくない状況なのに、要と姫乃ちゃんの声にはとげとげしさしかないぞ?
こう、ブリザード吹き荒れてる感じするぞ。
これ、一応メインヒーローと正ヒロインの会話だよね?
甘さが全くないにもほどがあるんだけど……出会ったばかりの時はこうなんだっけ?
「仕方ないわね……ここは私がいったん引くわ」
結局折れたのは姫乃ちゃんの方だった。
……ホッ、よかった……これで平和にランチの続きが……。
「だから、鳳凰院綾華。私は、明日は貴女用に栄養バランス取れたお弁当作って来てあげるから、それ食べなさい」
「………へ?」
「……ちょっと、待て。変態女。お前何を……」
「食堂じゃなければ、別に規則も何もないでしょ。美容効果抜群のお弁当用意してあげるから、楽しみにしてなさい」
「ちょ、姫乃ちゃん、待………」
って、足速っ! 言うだけ言って、さっさどっか行ってしまったよ! 私、何も返事してないのに!
……どこまで、マイペースなんだ。姫乃ちゃん。
しかし、困ったな。
「……おい、綾華。なんか一方的に言い捨てていったけど、あんな変態に付き合ってやることないんだからな」
「……い、いや、そうも行かないでしょう。お弁当作ってくれると言ってたし」
……お弁当、無駄にさせるのも、悪いし。
しかし、一人で行くのは怖い……そうだ!
「要も、明日お弁当にして、三人で食べようよ! それなら……」
「ーー絶対いやだ」
……って、あれ? 要さん?
「……そうやってお前は、俺と変態女くっつけようとしてやがるんだろ。俺は絶対あいつはごめんだからな」
「え? いや、そういう意味じゃなくて……」
姫乃ちゃんが要を幸せにしてくれると思わないし、ただ純粋に要にもついてて欲しかっただけなんだけど……。
てか、要すごく嫌そうな顔で、シイタケ口に入れてるんだけど、もしかしたら嫌いだった? 嫌いなのに食べてくれてるの?
「俺は行かねぇから……お前は勝手にしろよ。誰と昼食食べるのも、お前の自由だ」
ーーどうしよう。
今、なんか空気中に乙女ゲーの選択肢が見える気がする。
明日の昼食は?
済木姫乃と弁当を食べる ←
竜堂寺要と食堂で食べる
こ、こう言うの! ……ど、どっちが正しい選択肢だ……?




