アホのこと中等部9
「……ず、ずげだざん……」
不意に後ろから聞こえて来た声に、振り返ってギョッとする
ーーマッチョ軍団のみなが、全員漢泣きしてる……!
「やっばり……やっばり私だちも、いっじょに処分を……」
「だから、何度も言っただろ。あんた達は家の名前があるんだから、変な気の迷いは起こすんじゃないよ」
「でも……でも……!」
「私は要様ファンクラブの会長だよ? 代表して処分を受けるのは当然じゃないか……格好つけさせてくれよ。あんた達の上に立つものとして」
「助田さん……!」
……すごい、感動的な場面だ。
感動的な場面なのに、泣きながら抱き合うマッチョ女子達の図が刺激的過ぎて、素直に感動できない私は……私の心は汚れている……!
「……それじゃあ、理事長室に行くとするかね」
マッチョ軍団一人一人と熱い抱擁を終えたスケバンマッチョさんは、そう言って背を向けた。
……おおう。この背中の貫禄よ。こう、マッチョさんの心の漢女気を、この背中が何より雄弁に語っておるよ。
「……助田」
「……何ですか? 要様」
「処分を撤回する気はない……だが、このアホがさっき言ってたことも間違ってはねぇぞ」
「……え……」
ぴくりと跳ねたスケバンマッチョさんの背中を、静かな目で見つめる。
「俺は10になるまで、人と関わる余裕なんか一切なかった……だから、正直お前が人を遠ざけてくれていたことに感謝している」
「…………」
「親の言いつけじゃなければ、俺はこんなアホには絶対関わらなかった。間違いない。例え無理やりひっついて来たとしても、お前から遠ざけてもらっていたはずだ」
「……要、それひどくない?」
え、それが要の本心なの? 言いつけじゃなければ、私の傍いてくれないの? ………あれ、やばい、なんか泣きそう。
うつむく私の頭を、再び要が撫でた。……今度はそんな小手先な技じゃ誤魔化されないんだからね。要のバカ。バカわんこ。……二年間ずっと一緒にいたのに、薄情ものめ……。
「だがな……救いようがないアホで、どうしようもなく手が掛かるやつだが………慣れてみると、それが存外悪くねぇんだ……心地良いとすら、思う」
「! ……要!」
「それが、こいつだからなのか、それとも他の人間も深く関わればそうなのかは知らん。俺はこいつの隣しか知らないからな。……ただ一つ言えるのは、きっと俺も変わる時期だということだ」
そう言って要は、笑った。ちょっとびっくりするくらい、優しい笑みだった。
「俺は、これからはもっと人と関わるように心がけよう。傷ついても、それはきっと俺が大人にある上で、必要なことなはずだ。だからもう、俺はお前達に守ってもらわないでもいい」
「要様……」
「だいたい女に守ってもらってるんじゃ、男として情けねぇだろ。……だけど助田。今まで、ありがとうな。お前達がいたから、俺は完全に心折れずに済んだ。感謝している」
スケバンマッチョさんの背中が、震えた。
「……要様、あなた今でも良い男なのに、これ以上良い男になってどうするんですか」
「…………」
「分かりました……もう、あなたに近づく人間を独断で遠ざけたりはしません……ですが」
「……なんだ?」
「ですが……あなたがさらに良い男になっていく姿を、見守ることは許してくれますか?」
「ああ………見ていてくれ。お前を幻滅させたりはしないと、誓ってやるよ」
ーーか、かなめぇー………!
スケバンマッチョさん……!
さっきはこらえた涙が、ぶわりと沸き出て前が見えない。
……うう、よかったね。スケバンマッチョさん。やっぱりスケバンマッチョさんの9年間は無駄じゃなかったね……。
要もよかったね……こんな漢女気溢れる人に、慕われて……。
よかった………本当よかった。多分これが、一番お互いにとって最良な流れだ。
ーー………ああ、だけど。
「……それじゃあ、先に行かせて頂きますね」
パタンとしまった扉を見つめながら、袖口で涙を拭う。
「……こら、ハンカチ使えっていつも言ってるだろ」
「……忘れた」
「アホ………ったく」
要からハンカチで目元を拭われながら、ぼんやりと、考えても仕方ないことを思ってしまった。
「じゃあ、俺達も行くぞ」
「……え、どこに?」
「理事長室に決まってるだろ。助田一人、行かせてどうする。当事者のお前がいないと話進まねぇだろ」
そのまま要に手を引かれるままに、その場を後にする。
残されるマッチョ軍団さんに手を振ると、マッチョ軍団さんは涙に顔を濡らしながらも良い笑顔で送り出してくれた。
……やっぱりみんないい人だよなー。いい人過ぎて、さっき思わず考えてしまったことに、胸が痛む。
……馬鹿だな、私。本当。
ないものねだりにも、ほどがあるよ。
私の知らない、要を知ってるスケバンマッチョさん達が羨ましいだなんて。
もっと早く要に出会えればよかったな、だなんて、今こうして隣で要に手を引いてもらってる私には、贅沢過ぎる考えなのに。
幼い要を守っていたのが、私で有りたかっただなんて、ね。
ーーいや、しかし例え出会いが早くても、私はスケバンマッチョさん達のように、要の為にムキムキになる道は選べなかっただろうから、どっちにしろ無理か。
うん、馬鹿過ぎる考えだった……!




