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第148話 2人を怒らせてしまう

 こ、これはもしかして……。


 心当たりはひとつしかなかった。


「小太郎おにいちゃん」

「な、無未ちゃん……」


 黒い塊が形を変えて無未ちゃんが現れる。


 怒りも悲しみも無い。

 感情の読めない平静な表情で、無未ちゃんは俺の手を掴む。


「迎えに来たよ。帰ろ」


 そう言ってグイと俺の手を引く。

 不意に手を引かれた俺は、そのままたたらを踏むように歩き出すが、


「待ちなさいよ」


 反対の手をアカネちゃんが掴んで止める。


「連れて行かせない。帰るならあんたひとりで帰ってよ」

「黙れ。離せ」


 俺へかけた声とはまるで違う、ひどく冷たい声がアカネちゃんにかけられる。


「離さない。あんた、すごい馬鹿みたいだよ」

「なにが……」

「コタローはわたしにキスしてくれるところだったの。これってどういう意味かわかるよね?」


 無未ちゃんに視線を向けられ、俺は目を逸らす。


「そんなの信じないからわたし」

「本当だし。ね、コタロー」

「えっ? あ、いやその……」


 2人から鋭い視線を向けられて俺は戸惑う。


 肯定すれば無未ちゃんが傷つく。

 否定すればアカネちゃんが傷つく。


 どちらかを傷つけるという判断ができず、俺はなにも言えなくなる。


「どうしてなにも言わないの? わたしを選んでくれたんでしょ? だったらはっきり言ってやればいいじゃん」

「いいいや、あの……」

「違うってはっきり言ってよ小太郎おにいちゃんっ」

「そ、その……」


 言わなければ。

 そうだ、と? 違う、と?


 どちらかを言わなけばいけないとわかっているのに、俺は言うべき言葉を選択することができなかった。


「もういいっ!」


 やがてアカネちゃんが叫ぶ。


「こんな男らしく無いと思わなかったっ! がっかりっ! もうわたし家に帰るから転移ゲートを開いてっ!」

「ア、アカネちゃん、俺……」

「早くっ!」

「は、はい……」


 転移ゲートを開くと、アカネちゃんはコタツを抱き上げ、強い足取りでこちらを振り返ることも無く入って行く。


 部屋に残った俺は、無未ちゃんのほうは見れずにただ俯く。


「小太郎おにいちゃん……どうして違うって言ってくれなかったの? あの子が言っていたことは嘘なんでしょ? だったらはっきり違うって言ってくれればいいのに……」

「そ……れは、その」

「……わたしも帰るね」

「あ、な、無未ちゃん」

「今の小太郎おにいちゃん、すごく格好悪い」


 ふたたび黒い塊となった無未ちゃんが部屋から飛び出て行く。


 ひとり部屋に残った俺は、しばらくその場に立ち尽くしていた。


 ……それからホテルのオーナーさんへ事情を話して、俺も転移ゲートで家へ帰る。向こうの警察へは電話番号を教えているし、用があればまた行けばいいだろう。


 自宅へ帰った俺を出迎えたのは、テーブルの前で正座して、テレビを見ながらコーヒーを啜っている雪華だった。


「ん? なんじゃお前、どこから帰って来たんじゃ?」

「あ、うん……」


 転移ゲートを消し、これまでの経緯を雪華へ話す。


「なるほどの」


 俺に淹れてくれたコーヒーをテーブルへ置き、雪華は向かいへ座ってうんと頷く。


「転移ゲートとは便利なものじゃ。いや、それはともかく……情けない男じゃ」


 バッサリ。


 しかしその通りなのでなにも言い返せなかった。


「まあ、気持ちがわからんでもない。じゃが肯定も否定もせずに逃げるのは最悪じゃ。2人が怒るのも無理はないのう」

「うん……」


 2人には申し訳ないことをした。

 謝らなければ……。いや、謝ってどうする? 2人が求めているのは謝罪ではない。そんなことはわかっているのだが……。


「お前、どっちが好きなんじゃ?」

「それが明確ならこうは……」

「いや、お前の中で答えは出ているはずじゃ。ただ、どちらかを傷つけたくないだけじゃろう」

「……」

「まあしかし、多少の差はあれど、どちらも同じくらい好きなんじゃろうな」

「……」


 どちらを選んでも後悔はしない。

 それほど、俺にはもったいないくらいに、2人とも最高の女性だ。俺みたいな冴えないおっさんが選ぶなんて分不相応なほどに……。


「このままでは2人に嫌われてしまうかもの。まあそうなったらわしがお前の女になってやるから安心するのじゃ」

「冗談を笑えるような心地じゃないよ……」

「冗談を言ったつもりはないんじゃがの」


 そう言って雪華はテレビへ視線を移しながらコーヒーを啜った。

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