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第101話 雪華の頭にある2つの記憶

 雪華が何者なのか?

 それを2人へ話す。


「生物兵器? その子が……」


 俺が淹れてやったコーヒーを飲む雪華へ視線を向けて無未ちゃんは呟く。


「ぜんぜんそうは見えないけど?」


 アカネちゃんは興味深そうに雪華を眺めていた。


「本当だよ。雪華は魔物と人間の遺伝子を掛け合わせて作られた生物兵器なんだ。頭にある記憶は俺の母さんのもので……」


 しかし上一郎や忠次の話によれば、この世界の母さんは研究ばかりで自分の子供にひどく冷たく、一緒に過ごしたことはほとんどないらしい。雪華の中にある記憶がこの世界の母さんのものだとすれば、俺の知っている母さんとは違うはず。


 なのに、雪華は俺の知る母さんの記憶を持っている。

 これは一体どういうことなのか? 意味がわからなかった。


「あ、もしかしてその子がさっき街を騒がせてた魔物なの?」

「うん。アカネちゃんも見てたんだ?」

「SNSとかネットで話題になってたからね。地中から突然、飛び出してきた誰かが巨大な魔物になって、しばらく空を飛び回ってからどこかへ行ったって」


 あれだけ騒ぎになれば話題になってもしかたない。

 とにかく大きな被害だけは無くてよかったと思う。


「で、一般の人が撮影した動画に映ってる魔物の腰あたりにしがみついてた人間がなんかコタローっぽいなーって思ってここへ来たってわけね」

「よく俺だってわかったね」


 撮影されたとしても、ほとんどうしろ姿だったと思うが。


「好きだから。うしろ姿でもすぐにわかっちゃうし」

「そ、そっか」


 真剣な表情で言われて顔が熱くなってしまう。


「わたしは手を見ただけで小太郎おにいちゃんってわかるけど?」


 対抗してか無未ちゃんが何気ない風にそう言う。


「手まで見なきゃわからないんだ? わたしは指だけでわかるよ」

「は? わたしは爪でわかるもんっ!」

「髪の毛1本でもっ!」

「鼻毛1本でもっ!」


 だんだんと声を大きくして2人はぎゃんぎゃん喚き合う。


 なんだこの争いは?

 俺なんかを理由に美女2人が争う光景は今だに違和感で戸惑ってしまう。


 それはともかく止めなければ。

 しかし落ち着くように言っても聞かないだろうし……。


「わたしのほうがコタローのことをっ!」

「うふぁっ!?」


 頭をグイと引かれてアカネちゃんの柔らか谷間へ。


「わたしのほうが小太郎おにいちゃんのことをっ!」

「うひょーっ!?」


 反対側へ頭を引かれたと思えば、今度は無未ちゃんのふんわり谷間へ。


「変なところにコタローを押し付けないでっ! このっ! 返せーっ!」

「小太郎おにいちゃんはわたしのなんだからダメっ!」


 どんどん激しくなる喧嘩。

 俺はどうしていいかわからないまま、無未ちゃんのおっぱいに包まれていた。


「馬鹿者っ!」

「あいたーっ!?」


 尻に激痛。

 何者かに尻をはたかれる。


 振り返ると、眉間に皺を寄せた雪華がそこにいた。


「しっかりせいとさっき言ったじゃろっ! 女2人に翻弄されおってっ! 男のくせに情けないっ! わしはお前をそんな風に育てた覚えはないのじゃっ!」

「そ、育てられてないです……」


 とはいえ、母さんの記憶を持っているので間違いでもないが……。


「お前らも喧嘩などしとらんで黙って話を聞くのじゃ。わかったの?」

「あ、はい、ごめんなさい」

「わかりました。すいません……」


 子供にしては迫力のある雪華の態度を前に2人はおとなしくなり、申し訳なさそうな表情をして座り直す。


「あー……で、どこまで話したっけ?」

「この子が生物兵器で魔物を吸収するスキルを持ってて、ダンジョン研究者だったコタローのお母さんの記憶を持ってるとかってとこまで」

「あ、小太郎おにいちゃんのお母さんって、わたしが生まれる前にその……亡くなったんだよね。雪華ちゃんみたいな感じの人だったんだ」

「いやその、それがなんだか変で……」

「変って、どういうことコタロー?」

「うん。無未ちゃんには話したことあるけど、俺が異世界へ行く前にはこの世界にダンジョンなんて存在しなかったんだ。つまりダンジョン研究をしていた母さんは俺の知ってる母さんとは違うはずなんだけど……」


 俺は隣の雪華へ視線を落とす。


「その異世界とかいう話はややこしくなりそうなのでひとまず置いておこう。……ふむ。わしの記憶にある末松冬華は間違いなくダンジョン研究者じゃ。研究ばかりで、機嫌が悪ければ自分の子供に辛く当たる最低な母親じゃった」


 雪華の暗い表情が空っぽのコーヒーカップを見つめる。


「しかし同時に、わしの頭には別の記憶もある。普通の母親として息子たちに接していた末松冬華の記憶がの。研究者としての記憶よりも、そちらのほうがわしの頭では鮮明なんじゃ。理由はわしにもわからん」

「雪華自身にもわからないのか……」


 だがなにか理由はあるはず。

 それは考えてもわからない。わからないことを考えるよりも、俺にはやらなければいけないことがあった。


「……雪華は死んだ母さんの記憶を持っている、俺にとっては大切な家族だ。その家族を悪事に利用した連中がいる。俺はそいつらの人生を潰してやりたい」


 警告はした。容赦はしない。


「そうするために、アカネちゃんの力を借りたいんだ」

「わたしの? いいよ。どうするの?」


 考えることも無く協力を了解してくれたアカネちゃんへ俺は微笑み、それからどう力を借りたいかを話した。

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