再会⑮
五分ほどで医務室を出たジャック達は、中央階段に来ていた。
「待たせたわね。行きましょう」
と、団体の先頭を歩こうとするミーナだが「あの子はいいのかい?」と、階段の横を指差すクラスタに止められる。
彼の指差す先。そこには城の中央階段の陰で壁に持たれかかりながら、膝を抱えつつ軽く上を向き、魂が抜けたように口を開け、消沈するフィリカがいた。
「あんな風に落ち込むやつ、ホントにいるんだな······」
思わず、呆れ声を出すジャック。
フィリカは存在感を消すようにそこに座っていた為、クレスタに指摘されるまで、ジャック達は全くその存在に気が付いていなかった。
「まったく······」と言って、フィリカの側へと行くミーナ。
「フィリカ、黙ってて悪かったわね。あの話は後でちゃんとするから、ちょっと来て」
「······嫌です」
珍しく拒絶を示すフィリカに、ミーナは面食らう。だがそんなことで今、時間を使うわけにはいかなかったので、
「フィリカ。来ないとあなたのこと嫌いになるわよ」
彼女はそう口にした。
すると、魂を取り戻したフィリカは「それはもっと嫌ですううぅー」と泣きながらミーナに抱き着く。
「冗談に決まってるでしょ」と言いながらミーナはフィリカの頭を撫でていた。
それを見ていた勇者パーティは、唖然とした様子だった。
研究部屋へと向かう、三階の廊下。ジャックはそこでミーナに耳打ちをする。
「いいのか? あの部屋に部外者入れて」
「軍の機密に関わるものはしまってあるわ。それに国を助けてくれた人達でしょ? 上も文句は言えないはずよ」
「まぁ······確かに」
そうして、あの研究部屋へとクレスタ達を招いたミーナは、適当な場所へ彼らを座らせる。しかし、グールには合う椅子がなく、彼は立ったままとなってしまっていたが。
スライは五人を知らず、五人もスライを知らない為、ミーナはまず、そのお互いの紹介から入った。
そしてその後は、何故クレスタ達がこの街へ戻って来たのか、という話になる。
「——昼前にちょうどこの国に着いてね。ただ、やけに物々しい雰囲気だから、街で何かあったのか? って話を聞いたら、ドラゴンが国を襲ってると聞いたから、やはりと思って様子を見に来たんだ」
「ドラゴンが襲ってくること分かってたのか?」
不思議に思ったジャックが、クレスタに質問を投げる。
「分かっていた、というより予想をしてた程度さ。旅先の仲間から、妙なコトを聞いてね」
「妙なコト?」
「あぁ。今までいた赤黒いドラゴンが居なくなり、黒のドラゴンが現れるようになった、とね。元々ドラゴンも人を襲いはするがそれ以上に、黒いドラゴンは凶暴性が増していて、人を——街を襲いやすいそうだ」
「へぇー」
今回襲われたのは黒いドラゴン。つまり彼の話が本当なら、襲ってくる可能性は十分あったのだと、ジャックは納得した。
だがここで、一つの疑問が浮かぶ。
「でも、なんでドラゴンがこの国の近くにいること知ってたんだ?」
腕を組むジャックは首を傾げた。
「あぁ。それは以前、この国に立ち寄った際に情報収集をしていたからさ。火山での、ドラゴンの目撃情報もね」
「ふーん······」
「つまり、それを思い出してわざわざ戻ってきたくれた、というわけかしら?」
クレスタは「その通りだ」とミーナを見て頷く。
「とんだお節介なのね。まぁ、おかげで助かったみたいだけど」
と、ミーナは左に座るジャックを見る。彼は、なんだよ、という顔を彼女に返した。
「それで······君たちに話したかった事はここからなんだ。——ジャック、僕があの日、馬車で話したこと覚えているかい? まぁ、途中で邪魔が入ってしまったけど」
ジャックはあの日の記憶を、目を瞑って思い出せる限りを辿っていく。
「······あの、魔物がどうたらって話か?」
「あぁ、それだ」
クレスタは、ミーナ達にもあの日の仔細を話し始める。
「僕たちは、”新しい魔物”が増え続けてることに疑問を抱いているんだ。そして、その根源を絶つのが、僕らの旅の目的」
「ふーん······。じゃあ今回のドラゴンも、その”新しい魔物”だって言うのかしら?」
「恐らくね。ただ新しいとは言っても、進化なのか生み出されたのか、他からやってきたのかは何一つ分かっちゃいないけどね」
クレスタは肩を竦めて、首を振る。
するとミーナは、頬に手を当てて、何か考える。そしてしばらくすると、視線を何処かへ向けたまま、口を開いた。
「······あのドラゴンが他からやってきた、という線は薄いわ」
どこか気の抜けていた雰囲気を纏っていたクレスタだが、彼女のその言葉を聞いて、彼は目の色を変える。
「······何か確証があるのかい?」
ミーナは手を下ろし、クレスタに視線を合わせる。
「ナイフよ。私たちは一度、あのドラゴンに会っているの。そしてその時に刺したナイフが、黒くなってもまだ残ったままだったわ。ちなみに、以前会った時の色は赤だったの」
ミーナは、隣のジャックにも確認をする。彼も「あぁ、間違いない」と断言した。
クレスタは鼻の下に手を当て、思慮を巡らす。
「なるほど······。否定する証拠としては十分だ。——と、すると······少し厄介かもしれないな」
「どうしてだ?」
ジャックのその疑問に、ミーナが代わりに答える。
「可能性としては、"同時的に起こる突然変異"、または"意図的に生み出された魔物"か、のどちらかよ。ただ、各地で同時に突然変異が起こるなんて、そうそうあるものじゃないわ。つまり——」
ミーナは一度口を結び、顔をしかめる。
「人為的、またそういった第三者——何者かの可能性が高いってことよ」
それを聞いて、ジャックは言葉を失う。
だが、ある事を思い出したジャックは、彼女の考えを否定しようとした。
「ちょ、ちょっと待てよ。俺らが行った火山内部は今、道が塞がってるはずだろ? それじゃあ手の加えようがないじゃないか?」
「そうね。だから私はさっき"何者か"って言い直したのよ」
「何者かってなんだよ······」
「知らないわよ、そんなの。——まぁ、私たちが行く前に何か手を加えたり、ドラゴンが食料を取るため火山の外へ行った際に、また、現在は掘り進められている、という線も否定は出来ないけどね」
と言うと、ミーナはジャックから目を逸らし、軽い息をつく。急に飛躍した話に、ジャックの頭の中はどうにかなりそうだった。
それからしばし、沈黙が流れる。
やがてその中で、考えを纏めたクレスタが口を開く。
「ということは、僕らの旅はその"何者"かを探すって事になりそうだ。あちこち回っても有力な情報に辿り着けはしなかったが、今回は紛れもない一つの事実だ。これは貴重な情報だよ。ありがとう」
「いいえ、役に立ったなら良かったわ。これで、助けてもらった分はチャラにしてもらえるかしら?」
クレスタは、食えないね、というような呆れ顔を浮かべる。
「あぁ、十分さ。······それで、君たちに二つお願いがあるんだけどいいかな?」
クレスタは机に腕をおいて、いかにも好青年というような笑みを作る。
「なにかしら? 受け入れるかどうかは、聞いてから決めるわよ?」
「構わないよ。——じゃあ、一つ目だけど······今言った、僕達の旅の目的は他言無用でお願いしたい。もし誰かによって魔物が生み出されているとしたら、万が一その相手に旅の目的を知られるのは、僕らにとっては、ただ不利でしかない」
その言葉は同時に、ミーナ達を信じている、とも取れるものだった。
「大丈夫よ。赤と黒のドラゴンが同じ魔物、ということは軍で既に知られてるけれど、あなた達のことは秘密にするわ」
「悪いね、助かるよ。——それじゃあ二つ目も言っていいかな?」
と、勿体振るようにジャックとミーナ、そしてフィリカとスライを見るクレスタ。痺れを切らし、思わず口を挟むジャック。
「なんだよ、どうせ聞くんだから早くしろって」
「ははっ、そうだね。じゃあ······」
クレスタは一度下を向いて息を吐くと、凛とした笑みをジャック達に向け、こう切り出す。
「僕たちの旅に、一緒に来てくれないか?」
「············はぁ?」
突拍子もないことに、ジャックが思わず驚きの声を漏らす。
「いや、それはつまり、俺らがお前たちの仲間になるって事だろ?」
「あぁ、そうだ」
「いやいやいや、無理に決まってるだろ。俺らだってやることはあるんだぞ? ——なぁ? ミーナ」
「いいわよ」
彼女の予想外の答えに、ジャックとクレスタは目を見開いた。クレスタはそれでも笑みを崩さなかったが。
「ただし条件が二つあるわ」
「なんだい?」
「あなたが秘密を話してくれたから私も話すけど······。私は、魔力とドラゴンの血を使って魔法——炎を作り出してるの」
ほぉ、と興味の目を向けるクレスタ。
「ただ、それを軍で使えるようにしないといけないの。昨日のドラゴンの血を使ってね。だから······あと三ヶ月は時間が欲しいわ」
三ヶ月。それは、炎を扱えるようになるのは別として、魔力の訓練プログラムを兵士に教え込むのに最低限必要であろう、と彼女が試算した月数だった。
「三ヶ月か······長いね。——でもまぁ、それでそんな君たちが一緒に来てくれるなら心強い。構わないよ」
クレスタは視線を配り、周りのメンバーにも同意を求める。ユーイだけ少し文句を言っていたが、皆、快く受け入れていた。
そして、向き直ったクレスタは彼女に残りの条件を尋ねる。
「それで、もう一つの条件は?」
ミーナは腕を組んで、見下すように顔を少し上げる。
「私たちは、あなたの仲間にはならないわ」
「仲間にならない? どういうことだい?」
笑みを作りながらも、苛立ちにも似た不快な感情を見せるクレスタ。
「あくまで私達は、"魔法の研究の為"に、あなた達に同行するの。つまり、たまたま同じ方向へ行くってだけよ」
それを聞いてクレスタは納得し、机に右手を置いて、肩で笑った。
「はははっ、なるほどね。意地でも僕の仲間として扱われるのは嫌なわけだ。——それでもいいさ、力を貸してくれるのならね」
不敵な笑みを見せるクレスタ。それは、彼女の要求を飲んだという証だった。
「そう。じゃあ交渉は成立ね。三ヶ月後、楽しみにしてるわ」
「あぁ。三ヶ月後、また君たちの元を訪れるよ」
そうして、研究科と勇者達は話を終えた。




