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空島暮らしの自由人  作者: はまよつ
第2章:美味しいパンが食べたい!
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8.美味いパン(完結)

 それから空島に戻ったぼくは、雲の上まで避難していたが、なかなか分厚い雲の層は消えなかった。

 1週間ほどして雲に切れ間が見えるようになってきて、地上に降りてみると、バルザンクスの周囲にある川は氾濫のあとが見えているし、魔道具を置いていなかったところはたしかに溢水した形跡があった。

 しかし空島から見た限りでは、鉄壁魔道具は正常に作動していたようで、魔道具が置いてあるところよりも下流の場所については、大きな被害を受けているところはなさそうだった。

 雲間から陽の光がさしているが、まだ雨はパラついている。でもあと数時間もすれば止むだろう。


「マヒリトさん!」

「ガグラウさん。ご無事でしたか」


 空島から降りると、真っ先にやってきたのはガグラウさんと、ジルさんだった。

 長靴を履いていて、その長靴も泥にまみれていたから、おそらくもう復旧活動をやっているところなのかもしれない。

 ガグラウさんは満面の笑みを浮かべて、ぼくの肩をバンバンと力強く叩いた。


「いやぁ、マヒリトさんの魔道具のおかげで、畑は守られたよ!」


 ちょっと痛いけど、彼らの力になれたのなら嬉しい。


「村の人にも……怪我は、ない……」

「何人か『畑の様子を見に行くんだ!』って言ってて、抑えるのが大変だったよ、がはは」

「それはよかったです。もう復旧活動ですか?」

「おう。魔道具を置いてもらったとことか、避難した場所とかは全然問題ないんだが、隣の村への道が土砂崩れで防がれちまったみたいだからな、そこの復旧をさっきまでやってたとことだ」


 どうやらすでに一部の復旧活動は終わっていたらしい。

 もう少し早く降りてくればよかった。

 そう思っていたら、ガグラウさんが「がはは」と再び大きく笑って、ぼくの肩を叩いた。痛い。


「そんな申し訳なさそうな顔なんざしてくれるな! マヒリトさんのおかげでこの村は守られたんだから。あんたはこの村の救世主様だぜ」

「それは大袈裟なような……」

「でも……小麦も作れるし、被害も少ないから……」


 ガグラウさんの褒めにジルさんも乗ってきて、照れてしまう。

 そうしていると、遠くから「おーい、あんたらー!」という声が聞こえてきた。シルヴィアさんだ。


「あんたたち、そんなところで突っ立ってないで、パン焼きあがったから食べな!」

「だそうだ。俺たちも休憩に行くところだったし、マヒリトさんもぜひ」

「美味しいパン……ある……」

「はは、ではお言葉に甘えて」


 笑って返すと、雲間から陽が射した。

 惨状の跡は垣間見えているけれど、村のいろいろなものについたしずくがきらめいて、今まで見た中で一番きれいなバルザンクスだった。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「と、いうわけなんだよね」

『どおりで資料が置いてある位置がかすかにずれてると思ったんですよ……』


 美味しいパンを堪能した帰り道。

 晴れが広がる帰路を空島で辿りながら、ぼくはノイくんとノイジュニアくん越しに話をしていた。


『でも、家族や村の人たち、そして村を守ってくれてありがとうございます。俺だけだったら間に合わなかったから』

「どういたしまして。ぼくも、ノイくんにお願いしたいことがあったから」


 そう返すと、ノイくんは数秒黙ったのち、すぐに声音が怖いものに変わってしまった。


『あんた……今度はいったい何をしでかしたんですか……』

「まるでぼくがいつも何かをしでかしてるみたいじゃないか」

『そう聞こえていなかったらすみません。俺の言語化能力がまだまだ未熟みたいで』


 そして、ぼくは今回作った鉄壁魔道具について説明をはじめた。

 実は、現在の魔道具において、直接的に軍事に関わる可能性が高い魔道具は、事前の申請が必要になってくる。

 今回の場合、気象観測の魔道具は事前に申請していたけれど、鉄壁魔道具についてはあわてて作ったものだから申請なんてしていない。

 申請していないのがバレると結構しっかりめに怒られるやつなんだけど、さすがにあの100個くらいありつつ、さらに地面に深々と突き刺さってる魔道具を持って帰るのはしんどかったのだ。

 ガグラウさんたちが、魔道具を掘って回収してくれる、と提案はしてくれたんだけど、彼らにはその前にやることがあるから遠慮しておいた。

 それに、ある程度の魔力をこめれば、地中深くまで刺さった棒が戻るから、わざわざ重労働させる必要もない。

 問題があるとしたら、バルザンクスが魔力の少ない地域であること、そしてぼくも魔力を持っていないこと。


「ということで、ノイくんの出番ってわけ」

『…………………』


 ノイジュニアくんの向こうで、深くて長いため息が聞こえてくる。

 たっぷりの沈黙のあと、いつもより数段低い声とともに『……はぁ』と再びため息があった。


『……なるほど』

「ノイくんにしか頼めないんだから、よろしく頼むよ」

『わかりました。ちょうど研究も一段落したことですし、やってきます』

「あと、ついでにご両親とお兄さんにも顔見せてきなよ。実家、帰ってないんでしょ?」

『それはそうですけど、この間魔道具越しに……』

「魔道具越しは会ってるとは言わないの」


 ノイくんの『……はーい』という渋々な返事が聞こえる。


「じゃ、よろしくね~」


 そう言ってノイくんとの通信を切った。

 ひとまず、家庭訪問の仕事も無事に完遂したし、村の危機もなんとか救えたし、十分でしょう。

 ぼくはそばに置いたお皿から、パンを手に取り頬張った。


「んー! 美味い!」


 シルヴィアさんが持たせてくれた大量のパンだった。

 さすがに常温放置してたら腐っちゃうから、多くはお手製保存用魔道具に入れてあるけど、やっぱり焼きたてかつ保存しないのが一番美味しいよね。


「さて、次は何するかな~」


 口の中いっぱいにパンを詰めると、芳醇な小麦の香りが鼻に抜ける。

 そんな幸せを感じながら、ぼくは次にやることを考えはじめたのだった。

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