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そこに居たはずの誰かへ  作者: 作者でしゅ
9章 デートと文化祭
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7話 剣道の果て



 中庭に剣戟が木霊していた。


 空間の歪みで顔の見えない兵士は〖特攻〗してきた俺に対し、そっと両手剣を動かして尖端を向けてきた。このまま突っ込めば自分から刃の餌食になる。


 〖無色の滑車〗を出現させて〖鎖〗を放ち、地面を蹴ると同時に〖巻き取って〗剣先を避ける。


 〖幻影〗が真上より〖無断〗を仕掛けるが、一歩後ろにさがって回避された。


「神崎さんっ」


 〖大きな牛〗が兵士を通り抜ければ、姿勢は崩さなかったがHP減少の光が発生。


 〖細鎖〗と〖鎖〗に繋がれた神崎さんが、〖岩〗に覆われた〔鉄塊の大剣〕を抱えたまま飛びかかる。


「〖火炎斬りぃぃ!〗」


 〖半壊した滑車〗から鎖が吐き出され、燃え上がった〖修羅鬼〗が彼女の《体温を上昇》させ、頭を叩き割ろうと空間を歪ませる。


 兜が地面へと落ちた。

 兵士は振り向きながら横に回り込み、神崎さんの前腕へと斬撃を命中させるも、〖大剣〗は中庭に減り込んだ。


「浦部くん!」


 俺は即座に〖包丁〗を突き刺し、〖闇に紛れる〗とメイスで兵士の側面を狙った。


「なんでっ!」


 原型を留めていない兜が、大剣と地面の間にわり込んでいた。重力場が不発となってしまい沼も怪物も出現せず。


 姿を現した俺はそのまま攻撃を仕掛けたけど、両手剣の柄尻でメイスを弾かれたのち、肩からの体当たりで遠のけられる。追撃の斬撃を〖盾〗で受け止めるも後ろに吹き飛ばされた。


 地面から〔鉄塊〕を浮かせた神崎さんが、横凪で兵士を狙うが一歩前にでて避けられる。


「まだっ」


 〖横断〗が相手を前傾に崩す。


 現在。神崎さんは屈辱の角と鬼姫をセットしていない。


 修羅の〖叫び〗と共に〖縦断〗が兵士を吹き飛ばす。俺は即座に二重の〖青〗と〖白の鎖〗を放つ。


 青鎖《属性デバフは並みから始まって強になる・悪寒の強弱で命中位置の凍結強度が変化》


 徐々に背中と足が凍り付いていくが、兵士は【剣を銀色】に光らせて、無理やり〖鎖〗を断とうとする。


 対角にいた俺も〖縦断〗を喰らっていたが、渦の耐性を風に特化させていたので、兵士よりも姿勢を立て直すのが早かった。


「させるかっ!」


 低い姿勢からの〖一点突破〗で接近して、〖防護膜〗に守られながら突きを仕掛けるも、足を持ち上げて〖氷〗で防がれる。

 衝撃波にはあえて続けず。


「浦部くん転がって!」


 一足で迫った神崎さんが〔大剣〕を振りかぶるが、研ぎ澄まされた殺気が突き刺さり、彼女は武器の重さに耐えられず転倒。


「それは幻です!」


 神崎さんは片手で喉を押さえていた。


《滑車の出現距離延長(大)・牢獄の方面数ごとに身体強化(中)》

〖黄と黒の滑車〗から鎖を放ち、3方面から兵士に射出する。


《属性ダメ強化(大)・牢獄からの属性ダメ大増加》

《滑車数ごとに牢獄の動作阻害強化(中)・属性デバフの数ごとに属性ダメ増加(大)》




 俺たちはHPに守られている。それでも今日まで属性デバフで幻の痛みには耐えてきた実績があった。


 神崎さんは短刀を咥え、〖蛍火〗により精神を安定させたようだ。


「少し休んでてください」


 それでも喉を貫かれた衝撃は計り知れず。


「沈んでくれ隆明!」


 メイスを握りしめて接近するが、兵士はただの殺気を飛び散らせる。


「これなら、問題ない」


 いや。


「あ”あ”ぁぁぁっ!」


 目を血走らせた神崎さんが無理やり大剣を持ち上げ、姿勢も整わないまま走り出した。


 ただの殺気は相手の性格により効果が違う。


 臆病なのは怯み、強気なやつは逆に奮起させて引きつけてしまう。


「神崎さん駄目だっ!」


 動作阻害と凍結で足を引きずりながらも、兵士が俺を無視して振り向きざまに〔大剣〕を弾き退ける。


 後ろからメイスで殴りかかるが、身体を屈めて背中の〖氷〗で受けられた。


 いつの間にか剣士がこちらを向いており、俺に両手剣を上段から振り落とす。咄嗟に〖盾〗で受け止めるが。


「くそ」


 幻が消えた。兵士は振り返りながらこちらの足を斬り払い、脛に切断線を残して俺は倒れ込む。


「神崎さん、黒の滑車だ!」


「……」


 すぐには駆けつけられない巻島さんより借りた〔滑車破壊〕により、〖黒の原罪〗が出現。


 剣士は俺に斬りかかるが、〖岩の腕〗が間に挟まり斬撃を受け止めるも破壊された。



 その隙に身体を起こして、一点突破のために脇差を構える。


 岩腕は俺がセットしているスキル玉だ。事前動作を終えた〖原罪〗が渡り廊下に向けて走り出した。


 殺気による出現位置の把握。


 牢獄の呪縛が解かれた剣士は、ものすごく低い構えを取る。


 闇より出現した〖牛魔角〗の振り上げを両手剣で受け止め、靴底を削りながらも腰を捻って横へと流す。

 ボルガの脇腹に蹴りが減り込み、そのまま原罪は闇に散った。


 神崎さんがつぶやく。


「スキル無しで凌いだの」


 〖雪が降る〗


 俺は〖一点突破〗で〖闇に紛れ〗ると、本体より〖幻影〗が分離する。


「来たか」


 〖メッセンジャー〗が加速すれば、一足先に俺は闇を抜けた。



 出現したのは兵士の正面。

 地上スレスレより接近し、〖無断〗を叩きつけるが両手剣で脇差を弾かれ、肩を地面に打ちつけながら転倒して芝生を削る。


 直前に分離した〖幻影〗が追撃を仕掛けるが、片膝を大きく折り曲げると、兵士は鉄靴の底で下から〖分身〗の腹を蹴り上げて闇に散らす。


「来い」


 死角となる位置より〖伝令〗が迫る。


 突き出した足をそのままに、全身を捻じりながら倒れ込めば、踵落しが〖メッセンジャー〗の脳天に直撃するかと思われた。


 小さな身体が空中でクルリと回転し、蹴り落しを寸前で避けながら地面に着地すると、再び飛びかかって〖無断〗が兵士の側頭部に打撃を喰らわせた。


 HP0。


「〖炎の斬撃ぃいいっ!〗」


 兵士は咄嗟に剣で防ごうと身体を動かすが、姿勢もできてなく。


「武器ごと壊せっ!」


 〔武具〕が破損することはあまりないのだけど、一応耐久値はあるんだ。非活動時に回復しているものと思われる。


 この兵士はスキルを殆ど持たないから、そのぶん減りも早かったりするかも知れん。なにより、これまで何度も〔鉄塊〕と刃を重ねてきたんだ。


 咄嗟に彼は受け止め位置を前腕へと変更していた。


 叩き落とされた両手剣の切先が地面に刺さり、柄には左手が掴まれたまま。


『特殊条件[隻腕]を満たしました。ユニーク形態に移行します』


「……」


「……」


 左手と両手剣だけをそのままに、剣士の身体が闇に呑まれる。


 俺は神崎さんに〖各色の鎖〗を放ち、彼女は出現後にすぐさま叩き潰せるよう位置どってから大剣を構えた。


「魔物が……村を襲った」


 大剣を振りかぶろうとしたので。


「まだですっ!」


 寸前で堪える。


 兵士は未だ闇の中。


「魔力のない私だけが、唯一無事な大人だった。動けない住人をその場に残し、せめて子供たちを近隣の村に避難させようと」


「神崎さん、聞いちゃ駄目だ」


「……」


 苦悩を象徴するような闇の中から、ボロボロの兵士が出現する。まだ透けていた。


「道中。私は切り伏せられ、子供たちは山賊に連れてかれた」


 神崎さんの目が泳いでいるので、〖蛍火〗を使うように指示をする。


「誰か教えてください」


 怒りが赤い炎となって男の身体を焦がす。


「神崎さん、今だっ!」


 一瞬のためらいが隙となり、大剣を振り落とす前に首を掴まれ、彼女は地面へと叩きつけられる。


「なぜ、私はこんなにも弱いのか」


 兵士は神崎さんの首から右腕を離すと、両手剣に向けて歩きだす。


「させるか」


 〖岩の腕〗を背後に出現させ、そのまま叩き込むが、側面から殴りつけられ岩腕は砂に帰る。


 兵士が愛剣の目前に到着し、残った前腕で柄尻を固定すると、未だ握られたままの左手を剥がして放り投げる。


「……」


 一層に燃え上がる肉体。


「た……い、しゃく……」


 天を焦がす怒りの炎。


「と…どか……ぬ」


「隆明っ!」


 〖一点突破〗で仕掛けるが、〖岩の壁〗が行く手を塞ぐ。


 次の瞬間だった。熱が壁を溶かす。


 背後の〖守護盾〗が青く輝き、俺の前方に〖光十字〗を出現させる。


 両手剣が振り抜かれると同時に炎は消えたが、男は未だ燃え続けていた。


「お前が勇者の護衛をしていた世界の兵士ってのは、皆こんな感じなのか?」


「んなわけない、ボルガとこの人が特殊なんだよ」


 神崎さんは何とか身体を起していた。


「うぅ」


 もう戦意喪失気味だよ。


「赤と白の鎖に意識を向けて、叫ぶんだ!」


「大丈夫だ、俺の守護盾もあるぞ!」


 《戦意高揚》《精神保護》《精神安定強化》


「〖こなくそぉっ!〗」


「火耐性に変更」


 もう渦の属性耐性は(大)まで成長している。


 宮内が前進しながら〖憎悪の触手〗を放つが、【銀色の剣】で断ち切られるも、今度は燃えてない。


 神崎さんも〖大剣〗を構え、兵士に向けて〖牛〗を走らせる。

 重力場。


「直接は狙うな、兵士が範囲外でも良いぞ!」


 〖黒と青の鎖〗を宮内に放てば、〖細鎖〗が敵へと伸びるも、再び銀色の剣で断ち切られる。


「銀光の時は剣も炎をまとえない!」


 宮内が兵士と接触すれば、彼の《マントと鎧が輝く》。


 俺は神崎さんの〖赤い滑車〗を破壊。


「神崎さん行けっ!」


 一段階目の〖重力場〗が発生すると同時、〔包丁〕を〖武器操作の鎖〗で範囲内に突き刺し、〖偽りの怪物〗を出現させる。


 各スキルの説明欄には記載されてない情報もある。


 〖沼〗の範囲内に〖黒の滑車〗を出現させれば、中にいる神崎さんがそれを〖破壊〗する。〖偽りの怪物〗が左右の〖肩腕〗を出現させ、両腕も〖黒く巨大化〗して宮内と切り結んでいた兵士を捕らえる。


「俺がさらに足止めをします!」


 原罪が消えても〖怪物〗は束縛を続けていた。


 〖雪が降る〗


 〖一点突破〗で闇の中に消えると、上空より俺は出現。


「ひっ ひぃいっ!」


 恐怖に叫びながらも、地面へと〖メイス〗を叩きつけて、兵士へと〖重力場〗を発動させた。


「来い神崎っ!」


 宮内も自分の〖肩腕〗で押さえつけるが、燃え上がる兵士は未だに動きを止めず。


 両手剣が〖障壁〗を突き破り、〖時空盾〗に減り込む。


 〖戦槌の闇〗が顔面に到着して、充血していた瞳が赤く光り、宮内はギリギリで堪えていた。


 〖白の鎖〗を敵に射出。


「命中成功」


 〖巻き取り〗でさらに姿勢を崩せば、神崎さんの《赤い鎖》が強化された。


「〖燃える、斬撃!〗」


 大鬼が《叫び》ながら燃え上がり、剣士は全身を捕縛されながらも咄嗟に得物で受け止めるが、ついに限界を迎えて折れたようだ。


 彼の肩に〖鉄塊〗が減り込む。


「なおも……届かぬ」


 怒りの炎が衝撃と共に爆散し、俺たち全員が吹き飛んだ。




 そこに居たのは燃え尽きた男。


 両膝を地面につけ、肩が抉られてもなお、右腕の剣は手放さず。



 人気のない寂しい山には人の姿は見えず。

 ただどこからか人の声が響いてくるだけだ。

 夕日の光が深い林の中に差し込んできて。

 青苔の上を照らしている。



 いつしか無常な蛍が舞っていた。


「川が流れ、人は生まれ死ぬ」


 声が澄んでいた。

 

「この苦悩も、怒りも、移ろいの中で糧となる」


 黒も赤も消えた先。


 鳥肌が危険を告げる。

 兄の刺青に彫られた日本語。

 帝釈天という発言。


「私はこれを……アシュラと説く」


 俺は叫ぶ。


「神崎さん、横断と縦断で吹き飛ばせ! 宮内はその直後に合体させた仕込み短剣!」


「でもっ!」


 悩んでちゃ駄目だ。


 男はなおも呟く。


「2人とも……私も、君たちと、共に」


 満身創痍の兵士が立ち上がり、ゆっくりと歩きだす。


「今、行きます、ので」


 頭の中で文字が浮かぶ。


『対象が移動を開始しました、大鳥居への到着を阻止してください』


 行かせちゃ駄目だ。


「神崎さん、早く」


 麓の拠点。


「なんで、行かせてあげようよ、誰かが待ってるんでしょ!」


「俺もボルガもここに居るんだ!」


 彼の最後は、そのまま山中に消えた。


「わかった。神崎、今は浦部に従え!」


「もう分かんないよ、もうっ!」


 神崎さんは〖縦断〗を放つが、動かない腕を動かして兵士は風撃を薙ぎ払う。


 宮内が続けて仕込み短剣で相手を狙えば、足を斬られて男は転倒するも、また立ち上がって歩きだす。


「行くな」


 俺は〖一点突破〗で接近し、脇差の切先を彼へと突き刺す。


「グレンさん、無事でしたか」


「あんたのお陰でな」


 ずっと彷徨っていた魂が、やっと帰ってこれたんだ。


「私も……戦場に」


「ああ、一緒に行こう。イザクさん」


 汚染された魂ってのは、無念も含まれているんだろうか。

 

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