1話 運営より御活躍の皆様へ
修学旅行が終わり、土日を挟んだ月曜日。ケンちゃんは部活だけど、俺らはいつものファミレスに集合していた。
「最近は冷えてきたな」
「だねぇ」
宮内くんはホットのコーヒーを一口含み、手鏡に目を通す。
「意見をくれか」
「ますますベータテストだわこれ」
手鏡からのメッセージで改善点やらあれば書き込んでくれとのことだった。全て反映できるわけでないとの一言を添え。
ご丁寧にスマホみたいな文字打ち機能が追加されてました。
「手鏡でメッセージ送り合えないんすかね」
「まずはそれですね、兄ちゃん書き込みお願い」
「了解」
神崎さんは頬張っていたポテトを呑み込むと。
「運営さんってすごい力持ってるけど、妙に人間臭いよねぇ」
「だから神のごとき種族を名乗ってるんだろ」
失敗もするし、思い悩みもするってことだろうか。
「とりあえずだけど、手鏡が壊れる機能はいらないっすよね」
「うんうん、あれなくてもお金普通に減ってくしさぁ」
巻島さんはストローをいじくりながら。
「このシーズン限定コンテンツってなにさ」
「たんにレベル1にするだけじゃ客は寄りつかないわけっすよ。だから今回は大幅なスキルの強化や、装飾品にショップといった要素を釣り餌にしてるわけっす」
なんの旨味もなければ人は寄りつかない。
「今後もそれじゃだめなんですか?」
美玖ちゃんは紅茶か。飲む姿も様になってますな。
「強くし過ぎればインフレを起こします。強化要素が増えすぎてもシステムパンクしちまう」
だから自動で報酬を拾ってくれるペットとか、見た目のスキンを用意したりするわけだ。
「映世内を移動できる乗り物。今期の限定はお馬さん、来期の限定はバイクとかどうっすか。同じ動物とか乗り物でも見た目を変えりゃ良いし」
「そっか、月ごとのログインボーナスみたいなもんね」
ソシャゲやってたりすればわかるもんな。ていうか運営、あんたら既存のゲームとか絶対プレイしてるよな。でなけりゃこんなハクスラ的システムは準備できねえだろ。
「ある程度活動したら入手できるって感じかなぁ」
「〇〇回以上戦闘をするとか、条件を定めるんね」
「スキンって見た目だけなんで、俺としちゃそんな魅力ないんすよ。だからシーズン限定の強化要素にしか反応しないプレイヤーもいますわ」
初期のままで良い。
「えぇ 見た目重要だよぉ」
服装やメイクをするのが目的のゲームもあるか。
「浦部さんオシャレ興味ないですもんね」
「あるけど酷評されるんです」
「アハハ」
巻島さん、なんか笑いが渇いてますよ。
「シーズン専用の強化要素か。真っ先に思いつくのは、合成を2種まで可能にしてくれると嬉しい」
「クロちゃんに〖武器操作の触手〗と〖肩腕〗を混ぜれるってこんね。ずっとそうして欲しいんだけど」
もし〖闇に潜む〗を合成すれば、〖闇豹〗も消えれるようになるらしい。現状だと巻島さんと妖精だけだからな。
「スキル玉とスキル玉の合成も私は欲しいかなぁ」
確かにな。
「シーズン中じゃないと敵のスキルや武具はでないんですよね。これだけでも十分だと思いますけど」
「せっかく強敵と戦ってんのに、報酬でないなんて悔しいもん。だから私は絶対に毎回シーズンにするもん」
「あとは金を稼ぎたいってのもいるはずだから、そのままだと換金率が低下するとかも必要か」
「それをするなら上級のビー玉に限りってした方が良いかも知れん」
ここで忘れちゃいけない点かある。
「自分で言うのもあれですけど、俺らって上澄みなんすよ。映世での活動は、始まる時点で個々人に差があるんだ」
美玖ちゃんもポテトをつまむ。
「三好さんたちって、あまり強いスキル持ちの人はいないんでしたっけ?」
「彼ら目線でも考えるべきか」
たぶん〔武器〕があったとしても。
「〔天使装備セット〕みたく、攻めや守りのバフだけなんかな。一般の敵もスキルってそんな感じっすよね」
「武具すらない人もいるって、前に浦部いってたよね?」
前世が動物だったりすれば、ミノタウロスの【牛特攻】や、動物召喚的なスキルを持ってるかもだけど、人間より弱い生物も沢山いる。
「その場合は自分にHPMPが設定されてるんで、ボス戦で負けても二軍装備に切り替えやすいってのはあるけど、デメリットの方が多いっすね」
「通常難度って強制脱出だから、復帰にも20分かかるしねぇ」
スキルも使用不可にはならない。
宮内兄は腕を組み。
「まず上級まで到達可能な装備を揃えるのが厳しいな」
前世の技術を得られてるから、俺らって最初からけっこう戦えてたけど、この面も他の連中だと薄いかも。
「アタシらも序盤を抜け出すの大変だったわ」
「夏休みになってから参戦した私とケンジ君は、皆さんのお陰で苦労はしませんでしたけど」
「姉ちゃんたちが手伝ってるんかな。経験値は歩合制なんすけど、まったく入らんってことはないですしね」
ショップの武器やスキル玉を買えるようになれば、来期にも持ち越せるけどレベルは1になる。
「序盤の脱出か」
「皆さんが修学旅行中に経験した海賊のイベントって、そんな難しくなかったんですよね」
「序盤から中盤ってとこでしょうか」
〖伝令の幻影〗だけど、攻撃力は手持ちスキルじゃ一番高いし、〖選択しなかった行動〗の枠組みからも外れている。俺の分身は実現可能な動きしかできないからさ。
「ボスに直撃したのは〖転移突進〗と〖ゴブさんの無断〗だけで、生身にもならんままHP0で消えてましたんで」
〖幻のゴブ〗は〔脇差〕のレベルに合わせたもんで、本物の【幻影】とは比べるまでもない。
「そういや浦部って砲弾に直撃してたけど、HPダメはどんくらいだったん?」
「1発目は盾で防いで、2発目がもろでしたけど、それで全体の4割くらいっすかね」
俺が優秀だって感じてたのは連射速度であって、攻撃力とは違う。ボスは水属性だし時の要素があったんじゃないかな。砲員の素早さ強化とか。
あと闇にも空間の要素はあるかも知れん。黒の原罪って転位使うしさ。
「もしイベントの発生元が斉藤先生でなく、船長の方だったら難易度は上級だったか」
神崎さんはうんうんと頷きながら。
「大波のスキルそのものは厄介だったよ。水中だとうまく動けないし」
「海の中で武器扱うのも大変そうでしたね。太志のは文句なしに上級イベだわ」
皆で旅装束のゴブリンを思い浮かべる。
「状態異常治癒でも、回復妨害治らないのは辛いっつの」
「軽減はされるんだけどな」
デバフの名称からして、状態異常治癒も妨害してんだろう。回復妨害が(最強)から(並)くらいには出来てたか。
それはさて置き。
「特定の場所を指定して、序盤向けのイベントを用意するとかどうっすかね?」
「なるほど。でも頻繁過ぎてもあれだな、3日に1回くらいで良いか」
既存のゲームでよくあるやつだから、俺が考えたってわけじゃない。
「運営さんたちって、自力でも敵は用意できるっぽいかなぁ」
「弱いのだけじゃなくて、めっちゃ強いのだって可能なはずっすよ」
「彼らの目的は迷い人を減らすって感じで良いのか?」
「自分たちじゃ直接対処できないから、アタシらに頼ってるんだっけ。なんか制限とかでさ」
だから映世なんてシステムを苦労して作ってるわけだ。
「私たちは活動でお金を稼げてますよね。仕事としてなら、無理に面白くしなくても続ける人はいるんじゃないでしょうか」
「占いや呪いで生活費を稼いでる人は今でもいますけど、全盛期ってこんなもんじゃないっすよね。GHQの政策で日本人が宗教離れした面もありますが」
安倍晴明とか蘆屋道満だけでなく、もっと日本に宗教が根づいていた時代。
「異世界の汚染された魂が輪廻を通ってくるのは、大小の波があるんじゃないっすか。だから運営としては映世の必要性が薄くなっても、継続するシステムを構築したいとか」
「これまでも俺たちみたいな者はいたけど、そのたびに廃れていた」
爺さんの時代と俺らの現代。
「かなり大きな波が押し寄せる前兆を、運営が感じ取ってる可能性もあります」
恐ろしい話だけど。
「狼男とか吸血鬼、平将門に法徳天皇でしたっけ。人が化け物になる伝承は今も残ってるから、映世に隔離してんじゃねえっすか」
「映世でなく現世でもってこん?」
「さすがにそれは無いと信じたいなぁ」
神のご加護をってか。
いつの間にか美玖ちゃんがジト目を俺に向けていた。
「浦部さん……どうしてそういう面を日常に活かせないんですか」
「アハハっ そこが浦部クオリティ」
映世の時だけは頼りになるって評価か。
「意識して切り替えてるわけじゃないんで。というか自分普段から真面目に生きてますもん」
人込み苦手とか飛行機怖いとか。
「そういうとこじゃなくて、なんと言いますか」
だから美玖ちゃん何で心読めんのさ。
「でもバカなとこも憎めませんし、アホな浦部さんも嫌いじゃないんで、やっぱそのままで良いです」
「良かったね浦部」
「デートで良い所みせなきゃねぇ」
なんで知ってるんすか。
「女の子に慣れるためなら、アタシともする?」
「私も良いよぉ」
もう両手で顔を隠すことしかできない。
「良かったな浦部、これもお前の人柄故だ」
神崎さんも巻島さんも、あれ完全に面白がってる目ですよ。
「自分、前世で徳を積んだようです」
「咎人ですけど、そう思ってるの浦部さんだけかもですね。だって原罪さん属性デバフあるけど、味方してるじゃないですか」
そういう見方もできるんだな。
「雫ちゃんだって、浦部くんに力貸してるもんね」
「……」
「そういや彼女の時空剣ってさ、身隠や幻影なん?」
違う。
「〖黎明の剣〗〖真昼の影〗〖黄昏の斬〗ってのが、雫さんの時空剣っすね」
・剣が青く銀色に光る。
・影の触手が攻撃のたびに連鎖する。
・最後に触手を断ち斬れば、夕焼け色の光が弾け、生身であれば血が飛び散る。
これが黎明から黄昏までの流れだ。
「姉ちゃんが言うには夜だと弱体化するそうです。そんで晴れてると強化されるんだったかな」
「あんま遅い時間に活動しないから、夜に強化されるよりそっちの方が良いね」
「ケンジ君は使えないんですか?」
宮内は手鏡に文字を打ち込みながら。
「今のとこ時空剣っぽいのは、空刃斬と残刃だけだったよな」
こんなもんかと顔を上げ。
「とりあえず書き込んで見たんだが、みんな確認を頼む」
「さすが兄ちゃん、仕事が早い」
「ありがとー」
「どれどれ」
「……うん、良くまとめられてんじゃん」
あとはそうだな。
「チェストの共有枠は信頼関係が成り立ってるからこそ、みんな自分のをそこに入れて、参加できない時に仲間内で使ってるわけです」
「人が増えてくればそうもいかんな」
モラルの低い人って何処にでも絶対いるからね。
「でもスキルのレベルは上げたいじゃん」
「だから借りパクの対策をすりゃ良いんすよ。優先権ってのがスキル玉やチェストにあれば、日付が変わる時刻に自分の枠へ移るって感じで」
「0時にセットから外れるって事前にわかってれば、事故も防げるな」
設定のし忘れ対策もあると良いけど、そこからはプレイヤーの責任だ。間違えて売っちゃった、破棄しちゃったはどのゲームにもあるからさ。
「自分の感がでるから、私は大賛成」
「肉切り包丁、基本は巻島先輩かケンジ君が使ってますもんね」
「貸し出す時にポイントを支払うってのがあると、神崎みたいな例でも徳はあるかも知れん」
宮内君が追加で書き込む。
さてさて例の物は頂けんのか。
「これでスキルの割引券もらえるんだっけぇ?」
「サトちゃんすぐ使っちゃダメだかんな、今後も販売許可証は増えると思うし」
「浦部さんずるいですよね、私たちより多めだなんて」
「〖伝令〗がナーフされましたんで、そのお詫びだそうっす」
幻影が1体増えて、そのぶんゴブさんの出現率が上がってさ。
「確かに今までの2倍出てくるのは強力すぎたか」
「昨日の一般駐車場戦、ちょっと浦部くんヤバかったもんねぇ」
強力な前世はいなかったので、連戦のボスはバフを盛られた一般の敵を多め。
「正直いえば校庭初挑戦の方が苦戦したっすよね」
「たしかにあっちの方が楽しかったかなぁ」
「俺たちが強化されたのもあるが、運次第で数値が当てにならんこともあるわけか」
巻島さんが手を叩き。
「じゃあ最後にギルド名を考えんとね」
チェストに共有枠というのを入れるに当たって、これを決めてくださいとの通知があった。
映世全体の枠を作るのはもうちょっと時間が掛るらしい。
「ケン坊からは、心のお助け隊だって」
「中二とは思えませんな」
「映世活動部でどうだ」
「えー そんなのつまんないじゃん」
宮内の意見は却下だね。
「燃えよ闘魂で決まりっ!」
「それ著作権的に駄目です」
もっと独創的なのをですね。
「放課後〇外活動部、または自称特別捜〇隊、あとは心の怪〇団とかどうでしょう」
「なにそれ、ちょっと格好良いじゃん」
「うぅ なんか負けた」
「浦部さんにそんなセンスがあったんですね」
「それペル〇ナだろ」
しまった、宮内は知ってたんだった。
皆に説明されてしまった。
「人のこと言えないじゃん!」
「浦部さん最低」
「やっぱ浦部だわ」
巻島さんはコホンと咳ばらいをして。
「アタシの案はストレスバスターズね」
「巻島さん、幽霊退治の映画からですか?」
目を背けられた。
残るのは美玖ちゃんだけ。
「イチョウの花言葉が鎮魂なんです。英語読みだとGinkgo (ギンコウ)だから、ギルド名としては変かな」
銀行と勘違いされてもあれだし。
「レクイエムは格好良すぎるっすね」
「格好良い方がいいじゃん」
中二病明けの高校生は拒絶反応がでるんですって。
宮内がスマホを手にして。
「長寿の木でツリーオブロンジェビティ、すこし長いか」
中々決まらなかったけど。
「魂鎮め隊」
「うぅ、もう良いよそれで」
神崎さんはちょっと不満そう。
「いつでも変更できますんで、また考えましょう」
「有料だけどな」
運営さあ、金集めてどうすんのよ。まあ無課金なんですけどね俺ら。
・・
・・
こうして俺たちは今日の活動に移る。
体育館にて。
「……ゴブリン!」
姿を見た瞬間にテンションが上がったらしく、神崎さんが〖屈辱の角〗を発動させた。
「浦部は何時でも咎人メイスできるように、宮内は私以外に守護盾、美玖ちゃんは真・雷光剣の準備に入って!」
「……え?」
「早くしろ美玖!」
皆に〖鎖〗を放てば、滑車や命中対象から〖細鎖〗が伸びる。
巻島さんが精霊合体を発動。
宮内が〖憎悪の触手〗をゴブリンに伸ばす。
「当たった?!」
〖触手〗だけじゃなくて、まさか〖細鎖〗も命中するとは。
「うそっ!」
神崎さんが〖叫び〗を上げながら飛びかかり、大剣を振り落とす。
「〖炎の斬撃ぃっ!〗」
修羅鬼が燃え上がる。
手鏡が壊れる機能は作者も不要な気がします。
とりあえず区切りの良い文化祭前まで。4話ですね。
文化祭はちょっと時間開くかと。




