天使さんといっしょ♡
宗教法人・天使さんといっしょ。
活動目的はあれだ。もうすぐ厄災が起こるから、天使さんと一緒に頑張って乗り切ろう。
私は社会復帰支援施設にいるのだけど、テレビでは[天使さんといっしょ]って子供番組が流れている。
『さあ皆、一緒に歌おう!』
まあこんな感じで手広く商売してるから、色んな所にコネがあって、実はけっこう発言権は強いんだ。
でも政党とかはないよ。映世でも宗教施設としては認められてなくて、今のとこ数値が上昇したりもしないしさ。
「さてさて、皆の様子を見にいくとするかな」
ここで暮らす子たちは社会に馴染めない可哀そうな人ばかりだから、私たちが食事や生活に運動と管理してるんだ。
牢獄だなんて言われてるみたいだけど、そこらへんは右から左に聞き流そう。
扉の小窓には蓋がされているので、それを持ち上げて中の様子を確かめていく。
「みんな元気げんきぃ」
スポーツから始まって、格闘技から武術とか。
そうやって頑張ってるとさ、満足できなくなっちゃう人も出てくるわけで、私たちはその望を叶えるために動いているんだ。
互いに50万ずつ出し合って、勝ったほうが80万を受けとる賭け試合。残りは活動資金でこちらが貰ってる。
これでけっこうなお金持ちになってる人もいるけど、それで満足しちゃう子は此処にゃいない。
勝ってもお金は貰えないけど、生きるか死ぬかの戦いを経験できる。
この施設で暮らしてるのは、そんな愚か者だけさ。
・・
・・
一通りまわったら、最後に彼のもとへ向かう。
パンツスーツに乱れがないか確認して、ネクタイを締め直す。
「有狩くん、おっはよーう」
こいつ本当にやばいの、賭け試合なのにうっかり殺しちゃったりするから。
本人が名前を捨てたいって言うからさ、私が新しくこの名前を考えてあげたんだ。
「ハチベイくんってば、ちゃんと挨拶返さないとダメじゃないかもう」
鍵を開けて中に入れば、真っ白な部屋に刀台とベッドだけ。こんなとこ居て気が狂わないのだろうか。
「……俺は黄門様のお供じゃない」
「起きてるんじゃないかぁ、まったく」
有狩くんは私の顔をみて。
「誰だ」
「ちょっとぉ、私だよコバエルだってぇ。長い付き合いなんだから、忘れちゃダメでしょ」
ほらこの通り、朝から社会不適合力を発揮しちゃってる。
「小林は男だって記憶してるんだが、お前は女装癖でもあったのか。そもそも化粧って、そんなに化けるものなんだな、いつもの細目は何処にいった」
さては信じてないな有狩くんめ。
「性認識が女になっちゃったから、お偉いさんに義体を新しくしてもらうって伝えたでしょ」
天使のままでも地上には存在できるんだけど、時間制限があるから人の肉体がないと不便なの。
まあ間に合わせでつくってもらったから、性能めっちゃ低いんだけどね。そこらの人間にも勝てんよこれじゃ。
ちなみに本体は天上界で眠ってます。
「なんの用だ、死合でもあるのか?」
普段は死んだ魚の目をしてるのに、こんな時ばっか輝かせちゃってさ。
もう戦いしか残ってないから、普通もっと自我みたいなの薄くなるんだけど、見ての通り彼ってちゃんと自分を保ててるんだよね。
偉い偉い。
「京都行くから、一緒に行こう」
「そうか……始まるのか」
これ以上年齢を重ねると肉体も衰えてきちゃうんで、本当に始まってくれてよかった。人って死ぬの早すぎるんだよ。
「三好ブラザーズが動きを活発化させてる、近いうちに起ると思うよ」
「地元が京都なんだったか、あの兄弟は」
有狩くんはベッドから立ち上がり、自分の身体を確かめる。
「メインは刀で行くとして、サブ2つはどうしよっか?」
「障壁と身体強化付きの防護膜で頼む」
サポートと防御だけなら、両方とも鞘に組み込めるかな。
彼は使い古された打刀をケースに移していた。
「もうそれ限界だよ。あと数回研いだら使い物にならなくなる」
「わかってるけど、持って行きたい」
そっか、宝物だもんね。
「じゃあついて来て」
扉を開けたまま部屋を出れば、私の後をワンちゃんみたくついてくる。可愛くはない。
「俺だけなのか?」
「とりあえずは君だけで良いよ」
今の格好で外に出すのもあれなんで、着替えてもらおう。
・・
・・
更衣室に案内して、黒のつなぎに革ベルトをしてもらった。
「装備は向こうの支部で用意するから」
「了解した」
私の姿を見ても、これといって反応なしかい。本当に小林なのかとか、疑問も口にしないとは。
「サブの防護膜に精神系もあった方がいいかな。保護と安定どっちが良い?」
「安定」
殺気の技術は心を削るから、対策しないと不幸な人生しか歩めなくなっちゃうからね。
「じゃあ車行こう」
「わかった」
小さくため息をついてから、施設の外を目指す。
駐車場に到着して、車のドアを開ける。
「さあさあ乗って乗って」
「……お前が運転するのか?」
なに文句あんの。
「君は免許証持ってないじゃん」
「いつも運転手いるだろ」
そんなこと気にするくらいなら、私の変化を気にしろって。
「たまにはドライブ気分でも満喫しようと思ってさ」
「そうか」
後部座席に乗ろうとしたので、そっちじゃないだろと怒らねば。
本当にどうしようもない奴だね。
・・
・・
高速道路に入ったので、横目で彼を確認しながら。
「なにか話をしようとは思わないのかい?」
「天気が良いな」
そうだねで終わっちゃうよ。
「もうすぐやっと社会復帰できるじゃないか、前はニートだったもんね」
「コンビニでバイトしてたぞ」
週1回か2回でしょ。そこらの高校生の方がバイトしてんじゃん。
「俄かには信じられないんだが、本当に化け物が出てくるのか?」
いやいや、私が女になってる方が信じられないだろ。
「封印で抑圧されてるから、解除と共に弾けるわけさ。空間に歪みが生じる」
映世で戦っている者たちは現世だと弱体化するけど、実はけっこう簡単な対処方法がある。
手鏡の設定を死んだら終わりにするだけで良い。蘇生じゃなくてね。
「今後、そういうことは続くんだな」
「仏教的に言うなら、もうすぐ末法が終わるからさ。やばい世界の魂が押し寄せて来やすくなるんだ」
戦闘能力の平均値だけで言えば、この世界の人間は低い方だ。そのぶん化学が発展してるから、総合的に見れば弱いわけじゃないんだけど。
「人払いは私らでするんで、当日は君たちに戦ってもらう」
三好ブラザーズと接触する予定。
「できれば映世で戦っている連中みたいな駒が欲しいんだけど、管轄が違うんだよね」
日本の現世を対応するのは天使さんといっしょ♡。
日本の映世を対応するのは運営。
連中は良い子ちゃんぶってるけど、最近とんでもないことをやらかした。
魂を前世ごとに分割するとか、始源の意志に目をつけられたらどうすんだって話さ。もし執行者が来たらお終いだよ。
ただなぁ、理由が理由だから納得も出来ちゃうけど。
「鏡を通さなくても、君が映世に移る手段は私らにもあるんだが、今後参戦者が増えれば罪を犯すのも出てくるはずさ」
運営も厳選してるはず。でも私らは神じゃあない。
「たくさん殺して来たんだ、今さらだね」
「頑張るさ」
私たちは褒められたことはしてきていない。後ろめたい内容も沢山ある。
「そういえばあの子は、もう高校生になったんじゃないかい?」
「……」
彼は歪な家族の一員だった。
母親は同い年の幼馴染。
小さな娘が1人いて、有狩くんは年の離れたお兄さん役。
彼を日常に戻そうと一番頑張っていたのが、父親だった。
「洋一くんはまだ、君を待っているのかな?」
「もう、その話は止めてくれ」
止めるわけにはいかないんだ。
「……帰りたいかい?」
「お前らがそれを言うのか」
やっといてアレだけど、君の感情を揺さぶれるのは、もうこの話題しか残ってなんだよ。
「今回の仕事が終わったらさ、久しぶりになんかご馳走しようじゃないか。いつも管理された食事ばかりじゃ飽きるだろう」
味も栄養バランスも申し分ないんだけどね。
「ならそうだな、カップラーメンを頼む」
「はは、またそれかい」
続く言葉を私は知っている。
「元祖だぞ」
「用意しとくよ……一郎くん」
まだ駄目だ。
「その名前は、あそこに置いてきた」
苦悩を抱え。
怒りに身を焦がし。
無常を。
「そうだったね、悟くん」
この名前にしたことを少し後悔していた。
君はまだ人間だ。
11月編はボチボチ進めてますが、まだしばらくかかります。とりあえず文化祭前まで終わったら、一度投稿しようかと思っています




