4話 上級マップ・浅草雷門付近
各自のスキル内容は麗人戦時と大きな違いはありません。
決して有料チャンネルなど観覧することなく、東京での朝を迎えた。1人だったら絶対に見てました。
宮内君は洗面所でハミガキをしながら、鏡を指で操作している。行儀が悪いですよと母親なら怒っていたかも知れないが、俺もよくやるので文句は言えず。
「はいはいお邪魔しますよ」
備え付けの使い捨て歯ブラシを取る。こういうのなんて言うんだっけ、ユニバーサリーグッツ。いやアメニティだったか。
彼はうがいをしたのち。
「これを見てくれ」
言われて覗きこめば、それはなんてことないショップ画面。指で操作してかなり下までスクロールすると、そこには鞘が売られていた。
「もし買えたら、美玖が居なくても真・雷光剣を使えるんだけどな」
「……1千万超えてますよあんた」
性能は美玖ちゃんのと同じなんだろうか。
「例の武器を買ったあとは、これ目指すのかい?」
「いや、しばらくは他にするよ。ただ妹がいないと最高火力だせないのは不便だなと思って」
あのビー玉も溶かしちゃったしね。
「美玖の方が雷光剣は使いこなしていた気がしてな、たぶん鞘を入手してもアイツほどには扱えんよ」
咎人のメイス時に意識が混ざったのと同じ現象が起こったんかな。そういや美玖ちゃん、真・雷光剣の準備中も感電なしって説明欄に記載してあったな、終了後のHPダメはあったけど。
「君の場合はタンクに特化してるから、無理して火力をだす必要もないんじゃ」
俺の好きなハクスラってのは、ソロでも戦えるのが全キャラの特徴だ。攻撃守り回復など、誰かと組んでも役割を分担することはあまりない。
「あの盾、なんかヤバイのを封印してたね」
「そっち系が生身に通じる攻撃スキルってことか」
うなずいてハミガキを始める。
「ビー玉での調整は必要になってくるよ」
敵の攻撃に耐えられる防御や回避手段を用意して、敵を削れる攻撃手段を用意する。魔法使いも戦士も両方同じことが可能。
「ただ超火力スキルってさ、疲労みたいなデメリット付なんだよね。上級ソロを目指すなら(小)にはしたい」
赤く染まった空。
「俺は安定したタンクを選んだ方が無難か」
その方が助かるのは確かだけど。
「選ぶの宮内君だよ」
1日じゃそこまで伸びないけど、せっかくなので髭剃りもしちゃおっかな。グッツあるしアメニティ。
・・
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ホテルの朝食をいただき、準備を済ませ女性陣と合流する。
今日は活動が目的なので、皆はオシャレよりも動きやすさを重視した服装だ。
「よく眠れましたかな」
「はい、昨日歩き回ったし、けっこう疲れてたみたいです」
俺も肉体的には疲れちゃいないけど、気づかれした所為かすぐに寝ちまった。
まだ眠そうな神崎さんを揺すっているマキマキ。
宮内と2人で朝の挨拶をする。
「ほら全員揃ったよ、そろそろシャキッとしなさい」
ふへぇ おはよ~ ってな感じの可愛い挨拶を期待していたのだが。
「……おはようございます」
テンション低。
「昨夜中々寝付けなかったみたいでね」
「はい。興奮が冷めず、お見苦しい限りです」
神崎さん最近は何時もハッスルしてたから、少し新鮮な気分になった。
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ちょくちょく東京に来てるお二人も、寺社観光の経験はないようでした。
俺は最初に巣鴨を思い浮かべたんだけど、客層の年代的に魂の汚染は少ない。
「ふへぇ 大きいねぇ」
「一度は展望台まで行きたいよね」
「エレベーターがすげぇ豪華らしいっすよ」
「へえ、そうなんですね」
「夕方になると太陽を背に、タワーの影が街に描かれるんだってな。もしいつか行くならその時間帯が良いか」
目的地の最寄り駅はそのまんまだけど浅草駅という。革ベルトを装着してから、リュックなどはコインロッカーに預ける。
マキマキは手に持った袋を握りしめ。
「うぅ、私大丈夫かなぁ」
「堂々としててください、逆に怪しいっすよ」
すぐには取り出せないようにしてあるけど、彼女は鉈を持ち歩いていた。
俺らが目指しているのは雷門前の広場だ。
ここからでも大きく映るスカイツリー。
「まずはトイレっつうか鏡の場所を把握しときましょう」
「はーい」
そこら辺の一般客が入れる建物に行き、男女別で便所がある位置を数か所探し、そこを進入兼脱出地点の候補とする。コンビニとかだと少し狭いかな。
・・
・・
事前の確認作業を終えた俺らは、予定どおり門前の広場に到着する。時刻は9時半をまわり、段々と熱くなってきた。
立ち止まっても邪魔にならない位置を探す。
「おぉ テレビなんかでよく見る奴だぁ」
左右におっかない像を侍らせた、雷門と描かれているでっかい提灯。
「これなんの石碑ですかね?」
広場には柵に囲われた細長い四角の石が設置され、漢字でなにか書かれていた。
「坂東礼所第十三……すんません、俺にもよくわかんないや」
「他には緑屋根の交番」
「見るな、職質されたらどうする」
宮内の冗談にアハハと笑うマキマキ。目は笑ってない。
「浦部さん大丈夫ですか?」
「ありがとう。でも昨日で大分慣れましたよ」
もちろん超有名なスポットだ。世界中からの観光客が集まって、もの凄い人込みとなっている。
異国の地に旅行ってのは楽しいから訪れているんだけど、やっぱストレスも多いはず。
「ここで戦って石碑や交番が壊れたら困りますね、車道のほうで活動しましょうか」
同じ理由で雷門は潜らない。だって向こう側には土産物店とか並んでるんだもん、危ないじゃん太志みたいのに壊されたらさ。
宮内は手鏡をすでに確認していた。
「数値はマイナス8だ」
寺が近くにあるからこそ、この数字で済んでいるのだろうか。浅草駅で確認した時はもっと低い数字だった。
「活動けってーい」
嬉しそうな神崎さん。
「緊張する」
「私もです」
その反応が普通ですよ、俺だって上級は始めてでドキドキしてるもん。
「じゃあ行くか」
皆でうなずき、近場のトイレつきの建物を目指す。
・・
・・
映世に移ると、洗面所の鏡にメッセージが表示される。
『雷門の前にボスが出現しますので、そこを目指してください』
なるほどね。
「運営が指定してきましたか、報酬期待してますぜ」
「いよいよ上級本番だな」
雷門から少し離れてしまったが、数値はマイナス8のまま。
「こっち無事なのあるよ」
「男子トイレも曇りだけだ、これならシート使わないで済む」
曇り取りも持参していたので助かった。
美玖ちゃんが恥ずかしそうにこちらへ顔だけ覗かせると。
「雷門前にボス出るってありましたけど、男子トイレにもメッセージでましたか?」
「適当に動き回るより、目的とかあったほうが動きやすいんで助かりますよ。そこまで行ったら、脱出って感じっすね」
巻島さんが緊張した声で。
「じゃあさっさと外にでよ。店内で敵が出現したら大変だもん」
「りょっうかーい!」
活き活きしてますね神崎さん。
「待ってください、HP0時の項目もあります」
「どうするか。敵が強くなるとかじゃないんだよな」
「報酬増えるんだし入れようよ!」
「えぇ 上級初挑戦でいきなりぃ」
「うーんどうしましょう」
腕を組んで悩む美玖ちゃん。
「明日はさすがに休む予定ですし、まあ問題ないんじゃないっすか」
「こことは別のリスポーン地点に飛ばされるってのを避ければ良いか」
「それならまあ、いいかぁ」
「そうですね」
「やったー!」
そこまで大きい建物じゃないので、敵が出たら普通に品物が壊れそうだ。
「じゃあこのHP0になったら、1日報酬半減ってのにしましょう」
皆の了承をもらったので、さっさと外に出ようと伝える。
「歩道じゃなくて車道を進むぞ」
「見てください、車道からのほうがタワーよく見えますよ!」
「誰もいない都会の町並み。最高っすね」
「浦部はそっちなんね」
こういったノンビリなやり取りは、もうさせてもらえなさそうだ。
皆で車道に出ると、さっそく複数の影が車や歩道より出現した。
「美玖さん、蓄電をお願いします」
「はい、了解しました」
〖蓄電の浮鞘〗 鞘に帯びる雷が徐々に強烈なものへと変化する。完成までに30秒を要する。
最大電撃数15。
敵のもとに鞘を移動させ、弱か並の感電とHPダメ(小か中)。
雷光剣に落せば10秒のあいだ感電確率を上昇。
自分に落すと素早さ関係強化(小)。
〖白銀の鞘〗使用不可。
ソケット1
《味方に落すとHPダメ軽減(中)と素早さ関係強化(中)・鞘の飛行範囲増加(中)》
「宮内君、守護盾を俺以外の3人に頼む」
「了解」
精霊の装飾品はすでに3人が買ってしまっており、全員に憑依させることもできないので、今日までに美玖ちゃんが用意したのは〔守護者のブローチ〕だった。
ちなみに彼女のやつは。
〔蓄電鞘の装飾品〕《〖蓄電鞘〗の範囲内にいると疲労回復(小~大)・ランダム効果》
「ええっと、強度が中で一回防げるんだっけ?」
「そうだ。お前の鞘よりも性能は低いから、あまり過信するなよ」
残りの効果は《〖浮鞘〗盾型障壁の物理・属性強度中増加》
「みんな来るよっ!」
数は全部で7体と、俺らよりも多い。
「一番遠いのを精霊で足止めしてくれ。宮内は近い数体にヘイトスキルを頼む」
「わかった。クロちゃん行って」
〖黒豹〗がオーガに向けて走り出す。確かに大きさは修羅鬼と同じだけど、威圧感が神崎さんとは全然違う。
「無視して抜けてきたらナイフ転移させるで良い?」
「それで頼んます」
宮内は人狼と鈍器使い、弓使いへ向けて〖触手〗を伸ばす。本当に追尾機能は便利だよな、俺も欲しいわ。
「狼には避けられた」
「神崎さんはそいつを頼んます」
彼女に〖赤と白〗を1つずつ。
「任せて!」
〖叫び〗と共に〖修羅〗を背負い、一気に駆け抜ける。
「美玖さんは巻島さんの護衛。帯電完成後はどんどん落としてください」
「はい!」
俺は歩道に佇む文官風の男に目を向ける。
「珍しいな」
マキマキは俺の発言を受け、そちらに気づいたようで。
「戦闘職が優先されるんだよね、普通は」
「よっぽど活躍したってこんだ」
戦の裏方を担当していたのか、彼は他の連中にサポートスキルを使っていた。
大鬼は【豹】を無視せず交戦開始、巻島さんはいつでも〖ナイフ〗を転移できるよう備える。
「オーガへの対応はトリ兵衛さんとクロちゃんを交互に当ててくれ、青大将は神崎さんに憑依でお願いします」
「OK」
〖青人〗が神崎さんの後を追う。
【赤い矢】がもの凄い速度で宮内に放たれたが、〖青い仕込み短剣〗がそれを防ぐ。鈍器使いが回り込んで得物を振りかぶるも、難なく〖障壁と時空盾〗で弾き返した。
「宮内は黄色で良いか!」
「それで頼む」
動体視力と素早さで凌いでくれ。
ここは車道。
宮内や神崎さんが戦っているのが雷門方面だとすれば、その逆からも敵は迫る。
背後から短剣と突剣を左右にもった二刀使いが迫って来た。銃持ちの軍人も控えている。
「俺も出ます」
〖白〗と〖青〗の鎖を両者へと放つが、やはり遠距離だと簡単に避けられてしまう。
左手に握った脇差を構え、俺は二刀使いに向けて〖一点突破〗で駆け抜けた。鎖を回避してすぐの隙を突き、心臓部に銀色の光が発生。
〖衝撃波〗が相手を吹き飛ばす。
軍人の銃口が【茶色】の火花を連続で発する。〖法衣〗の渦により軌道がそれるかと思ったが、【重い弾丸】に変化したのか俺の身体に何発か命中。
ダメージもそれなりだね。
前方に無色の〖滑車〗を出現させ、それを俺へと打ち込み〖巻き取り〗を起動。
姿勢安定の効果もあり、引き寄せられた勢いを利用して一気に軍人へ接近。
〖無断〗で相手の守りを低下させたのち、〖メイス〗を銃ごと胴体に叩きつけ、脇差の柄尻を側頭部へとぶち込む。
遠距離の敵だけあり、先ほどの攻撃でHPを0にしたらしく、柄尻で殴ったカ所からは出血を確認する。
一度蹴って遠ざけたのち、重くした〖メイス〗でヘルメットを叩き落した。
振り返ると、すでに2刀使いは起き上がり、美玖ちゃんへと駆け始めていた。
【突剣】が黄色に輝くと、両足も光って一気に接近されたが〖守護盾〗で受け止める。そのまま短剣で彼女へと斬りかかるも、〖片手剣〗で押し返す。
巻島さんの姿が〖消えて〗いた。
背後に回り込んだと思われ、2刀使いは背中を鉈で叩きつけられ姿勢を崩した。片足を踏みだして耐え凌ぎ、振り向きざまに〖突剣〗を押し出すが、すでにそこにはいなかった。
攻撃したらすぐに離れる。これがマキマキのポリシーだ。
もう30秒は経過していたようで、〖鞘〗を操作して〖雷〗を落とす。
「任せられるな」
俺は全体を見渡す。〖鞘〗や〖剣〗の感電を受けても敵は問題なく動ける様子。
宮内は2人相手でも問題ない。時々弓使いは神崎さんに意識を向けるが、けっきょく矢を放つのは〖憎悪〗の対象だけ。
遠距離攻撃には〖青い浮剣〗が自動で対応してくれるらしい。
〖青人〗の守りを得た神崎さんに、人狼は片方の爪を砕かれている。すでに敵はHP0だし、こっちも彼女が押してるな。
オーガも〖クロちゃん〗と〖とり兵衛さん〗さんが順番で対応しているため、宮内に接近はできていない。
それでも敵はまだ崩れていない。
全ての敵が【青い防護膜】をまとっており、もしかすると属性や状態異常の耐性が付いてんのか。
「裏方は重要な仕事だからこそ、野放しにはできんわ」
前方に〖無色の滑車〗を出現させ、〖巻き取り〗の勢いで歩道へと急加速。
文官姿の敵は俺に気づいて身構えるけど、戦闘能力が低く倒すのは簡単だった。
闇に包まれた相手は地面に倒れたまま。
「こりゃまた珍しい」
高齢の男性。こんな歩道が印象深いのか、それとも近くの建物か。
「浅草って場所なのかね?」
彼はそのまま闇となって消えた。
問題の改善解消はできなかったか。
・・
・・
明らかに敵の動きがそれからは悪くなった。〖蓄電〗の完成もあり、こちらが一気に優勢。
俺の〖重力場〗がオーガを押えつける。修羅鬼なら動作阻害を受けても、無理やり大剣を振るっただろう。
動こうと【赤い光】をまとうけどもう遅い。
毎度お馴染み、神崎さんの歓喜乱舞で最後の一体を仕留める。
「ひゃっはぁー!!」
額当から発生しているツノが、一瞬モヒカンに見えた。
宮内は肩で息をしながら。
「さすが上級だけあるな、中々に強敵だった」
質より量って感じだったな。こっちより2体多いだけでけっこうキツイ。
「ほいこれ使え」
〖黄色の鎖〗を放つ。
「浦部くん、私もハシャギ過ぎちゃったよぉ」
宮内ほどじゃないけど、彼女も少し疲労したようだ。
「喜んで。あともしかしたらさっきの文官、迷い人かも知れない」
「えっ、そうなんですか?」
確証もないんだけど、そんな気がした。
「相手が戦闘職じゃなかったのが幸いだったか」
「そもそもこのメンバーが強力な前世持ちってだけで、本来は迷い人もそこまで強いとは限らないんじゃねえかな」
ストレスの蓄積度合いで強化されてはいたけど。
「なるほどぉ」
「たしかに大堀や細川の方がやばかったよ」
鎖の制限時間が終わるのを待って、俺たちは移動を再開させた。
・・
・・
2から3分ほど経過しただろうか、巻島さんは引きつった表情で。
「スタミナ系のポーション飲んだ方が良いね」
「えっ もうですか?」
今までは10分に一度遭遇すれば早いという認識だった。
宮内は〖浮鞘〗に挿入されている剣の柄を握り、〖黄剣〗を発動させる。
「雷門までたどり着けるだろうか」
「姉に言われて、買っといて正解だったな。脱出時はあれを使おう」
人口密度の高いエリアなので、それだけ連戦になると教えられた。
敵避けの香水。爽やかな香りをあなたに。
30分間、敵の出現確率が減る。使用回数は30回で、お値段なんとお手頃の39800円。
「5人だから6回ぶんかぁ」
皆で乾いた笑みを浮かべた。
「ほら、気を持ち直すぞ。敵は全部で6体、見落としがないか探してくれ」
補助が主なんで戦闘中は俺が指示だすけど、もちろん僕らのリーダーは宮内くんさ。
あと今回の東京遠征で気づいたけど、現世では巻島さんかね。
まあ俺がそう思ってるだけで、誰が仕切るとかは特にない。




