3話 皆で歩こうハイキング
太志の部屋で天然堂のレースゲームをしていると。
「隆明はともかく、お前も残るんだっけか?」
「俺? あぁホタルのことか」
てっきり二人とも自主解散を選んでいたのかと思った。隆明は帰らんのか。
「駅までけっこう歩くから、学校まで送ってもらうでも良かったんだけどね。でもあんな空間は御免だよ」
「隆明もホタル見るん?」
「……うん」
携帯ゲーム機を操作しながら。
「ああ浦部は知らないのかぁ」
対戦相手の誰かが雷を落としやがった。HPダメは喰らってない。
「こいつの蛍好きは凄いんよ、小学校の時からこの時期は欠かさず行ってるもんな。中学なってからは1人で電車に乗って通うくらいの筋金入りさ」
「まあ確かに好きなんだと思いますよ。子供のころ両親に始めて連れてってもらってから、なんでか毎年行かないと落ち着かなくて」
そうか。なんか意外な趣味だな。
あっ そうでもないか。
「去年の夏にやった昆虫採集も、お前けっこう楽しんでたもんな」
「ええ楽しかったですよ。でも前に言いましたが、僕らが外遊び覚えたのは、君と会ってからなんで」
それ以前から好きだったってことか。
「暑い中しんどかったけどなぁ」
「ぶうたれながらも、付き合ってくれんのがお前の良い所だよ太志ちゃん」
5位でゴール。我ながら健闘した。
太志はゲーム機を床に置き、ふんっとそっぽを向く。
「俺は残らんぞ。どうせお前あれだろ、最近仲良くなった神槙シスターズや、イケメン王子に誘われたんだろ」
お茶を一気飲みして。
「いつからそんな風になっちまったんですかぁ! 俺にはないもん全部持ってたのに、アンタ本当に全部持ってたんだぞ!」
おい。
「オークが如くの名シーンを、こんな所で再現すんじゃねえ」
「羨ましくなんてない。羨ましくなんてないじょ!」
俺たちがもっとも恐れているボスだとは思えない。
「でもありがたいよ。君が噂撒かれた時も庇ってくれたんですよね」
「ああ、感謝だよホントに」
君らにも感謝してるんだけどさ。
・・
・・
6月を迎え、俺たち2年はついに行事の日を迎えた。
今日までそれなりに活動し、神崎さんもけっこうレベルが上がった。
そんで当時より俺ら3人は余裕があるんで、金銭的な苦労も少ない。
バスの車内にて。
「歩きたくない。歩きたくない。歩きたくない」
太志うるさい。あと狭い。苦しい。
地獄のバス内は俺の横だけ熱気に満ちていた。
クラスごとなんで細川も3人もいない。あっ、神崎さんはいるか。通路向こうの離れた席だけど。
前席の芝崎が椅子の隙間からこちらを見て。
「ほら太志くん、これやるからちょっと静かになさい」
「うんわかった」
ガムを口に放り込む。ベリー味にうっとりですねぇ。
「浦部もいる?」
「こいつ黙らせるように一個くれ」
ご苦労さんと言われガムを受けとる。委員長と話せると良いな芝崎。
・・
・・
バスを降り、もの凄い解放感に伸びをした。肉の重圧が凄まじいったらない。
「おしっ じゃあ班ごとに別れてくれ!」
海賊もとい斉藤先生が指示を飛ばす。委員長と副委員長に促され、俺たちは駐車場に整列すると、軽く今後の説明を受ける。
「はいこれ」
「あっ ありがとう」
熱中症の対策で、塩の飴を1人何個かずつ配られる。委員長に貰った彼は、それを大切そうに握りしめていた。
芝崎はもし症状でても絶対舐めなそうだな。
「おい太志、まだ早いだろ」
「えっ なんで、貰ったんだから良いじゃん」
飴を舐めてる。
「しょっぱ」
「お前どうしようもない奴だな」
委員長が見ていたようで。
「もうしょうがないなぁ、ほいっ ちゃんと道中で舐めてね」
おい芝崎、舐めようとするな。恋愛成就が遠のくぞ。
太志に付き合うのが疲れたので、俺は駐車場を見渡す。
我が校のバス4台だけでなく、他の車もあるにはあるが、まだ夜でもないので少ない。
その後、俺たちはトイレなどを済ませて一旦ばらける。運動部の奴もいれば、太志みたいな動けないのもいるんで、そこら辺を考慮してるみたいだ。
でもクラスごとじゃなくて、仲良いのと歩けるのは助かるけどね。
「じゃあ行くぞぉ 2列で進めよ!」
整列をそのままに、運動部の連中から山中の駐車場を後にする。
・・
・・
そこは普通の道路であり、なぜかけっきょく坂道を太志と並んで歩く。おい、肩がぶつかるんですけど。
ガードレールの向こうには沢が流れ、その先は鬱蒼とした急斜面。1年のころに同級生だった加藤はそっちが気になるようだ。
「加藤君は釣りが好きなんだっけか?」
「そうそう」
「もう解禁されてんのかぁ」
太志食いついたな。
「ヤマメやイワナは3月から9月だね」
「ここら辺は蛍いるだけあって、水質も良さそうだから気になるんだ」
爪先立ちで歩きながら、沢の方を見て。
「幅が狭いから、やるとしても道路上かぁ。うーん難しそうだね」
みんなそれぞれ色んな趣味あるんだね。
15分ほど進むと、ホタルの絵が描かれた看板が見え、人が集まれるスペースが確認できた。
「ここが見学場所なんだな。普通に道路沿いなのか」
後ろを歩く細川がこっちを向き。
「集まっても毎年20人くらいなので、けっこう余裕もって眺められます」
「さすが詳しいな」
ええまあと苦笑いを浮かべる。好きだから来てるんだよね、毎年。
太志は800円までのお菓子を口に運びながら。
「わざわざ此処までこなくても、駐車場あたりで見れんじゃないか」
「ダイエットはどうしたよ」
けっ と唾を吐き。
「食べなきゃやってられんわ」
「すぐになくなっちゃいますよ」
ゴマせんべいのバリバリ音を聞きながら、俺らは歩き続けた。
背後の先生が大きな声で。
「もうすぐ山道入るからな、無理な奴は速めに言えよ!」
ここからは2列じゃなくてもよく、けっこう自由に歩ける。
本格的な山登りじゃなくて、車の通れない少し狭い道を進むが、地面は土じゃなく整備されたものだ。
でもひび割れてたり、補修あとが目立つ。
先に登ってた先生が道中に小型のイベント用テントを設置しているので、そこで休むことも許されている。
歩く時間は1時間あるかないか。
山頂ではなく、中腹くらいに展望台公園はある。そこから頂上を目指す場合は、けっこう本格的な山登りになるんだと。
そして我が校の行事が始まった。
先を進んでいる先生が周囲を見渡してから。
「じゃあそろそろ始めますよ! はい、せーのっ 追い込めー!」
「おいこめー」
背後から声が聞こえる。
「おら、声が小さいぞ!」
「「追い込め―!」」
ハイキング。別名、ツチノコ狩りが始まった。
別に皆々が山中に広がって、対象を一カ所に追い囲む狩りではない。
小学生の遠足みたいなことしたくない。そんな生徒の声が多かったようで、じゃあハイキングじゃなくツチノコ狩りだと、数年前に名前が変わったらしい。
うちの教師陣って頭おかしいんじゃないだろうか。
もちろん目撃証言はこれまで一度もない。
「追い込めー!」
馬鹿らしいと思いながらも、俺たちは叫びながら進む。
「おい、隆明大丈夫か?」
「ええ問題ありませんよ。なんか少し変な感じがするだけでして」
その声に振り向けば、確かに少し顔色が悪い。
・・
・・
予想だと最初にへばるのは太志だったんだけど。
俺は普段から活動しているし、スキルで強化されてるして余裕はあるんだけど。
「もうじき休憩所だから、ちょっと頑張れ」
「既視感と言いますか、デジャブと言いますか」
「どっちも同じ意味だぞぉ……はぁ はぁ」
あっ、太志も声色が疲れに変わってきた。
「お前なぁ」
息切らしながらお菓子食ってやがる。
まだ6月だけど、もう30度越えてる日もあり、今日だって昼過ぎはかなり暑くなりそうだ。
その後、けっきょく俺は太志の背中を押ことになった。
隆明はキョロキョロと周囲を見回し、どこか落ち着かないが、ちゃんと自分の足で歩いている。
「こりゃあ楽だぁ」
持参した団扇で煽ぎ始めた。
お前ってやつは、本当にもう。
「ふんふんふ~ん♪ って痛いぃ!」
「せめて俺にも当たるように煽ぎやがれ!」
周りでも笑いが起きた。
「おい大堀、ちっとは感謝しんと駄目だろ」
「俺も煽いでくれよ」
「しゃあないなぁ」
太志は俺ではなく、他の連中を煽ぐ。
「ぬるいけど良い風だわぁ」
「良いな良いな、うちもおねがーい」
「ふぁっ、ふぁい」
押していた俺の手から背中が離れ、真剣な表情で団扇を振る。
・・
・・
視線の先に休憩所が見えてきた。
太志は女子相手に頑張りすぎて、もう完全にへばっていた。
「すんません先生! この二人は休んできます!」
「追い込め―! 了解した、きつい奴は叫ばなくても良いからな!」
そう言って名簿にチェックをする。恐らく休んでいる奴が誰か分かるようにしているのだろう。
少し開けた場所には、陽を遮る天井だけのテントと、ブルーシートが引かれていた。
「田沼先生、お願いします」
「はいはい」
クーラーボックスから冷却剤を二人に渡してくれた。ケーキとか買った時についてくるのだ。
すでに何人か座っている。
「あれ、巻島さん」
「浦部お疲れ。ほいほい、お二人はそこ座って。飲み物は残ってる?」
保険委員かなんかで、此処の手伝いをしているらしい。
「真希ぃ 暑いねぇ」
同じクラスの神崎さんも追いついたようだ。
「ほれほれ、アンタらは余裕でしょ。行ったいった」
「少しくらい良いじゃんかぁ 寂しいなぁもう。あっそうだ、真希めぇ!」
このこのぉ と巻島さんの髪や肩をわちゃわちゃして。
「結果最悪だったぁ!」
「暑いって。もうっ アタシに当たるなって言ったでしょ!」
精霊のネックレス《1体を自分に憑依でき、精霊に応じた強化(小)・総MP減少(極小)》
なんとか間に合ったと、昨日グループで彼女の初ガチャを皆で見守ったのだが、とても悲しいムードになりました。
今はけっこう吹っ切れたようだが、やはり使った金額が金額なので、かなりのショックを受けていた。
「もういいですよーだ」
「あとつかえてるんだから、さっさと行け!」
うへへ、神崎さんと歩けるんだ。
「ほら聡美、真希ちゃんに迷惑かけないの」
お友達も一緒でしたか。
「浦部君はけっこう平気そうだね、帰宅部だっけ?」
「あっ はい。委員長は吹奏楽部ですよね」
彼女も余裕そうだね。運動部並みに走り込みや筋トレしてるらしいからな。
「すごく上手なんだよぉ」
「本当にそうなら良いんだけどね」
これまで何度か戦って来たけど、やっぱ根本である悩みを解決しないとあれか。
「でも最近はちょっと自信ついてきたかな。なんとかなるさって思えることも時々あって、そういう日は思うように演奏できるんだ」
「……なるほど」
神崎さんが肘でつついてきた。
「ちゃんと効果あったね」
「はい」
応急にしかならんって思ってたけど。そうかぁ、意味もあるんだな。
ふと視線を感じて周囲を見渡すと、芝崎がじっと俺を見つめていた。
・・
・・
公園につくと、俺らは昼休憩になる。
木製の展望台が組まれており、そこには幾つかベンチも設置されていたが、すでにそちらは占領されておる。
二人ともまだ来ないので、芝生に座って同級生と飯を食べ始めた。
加藤はアルミホイルのお握りを開きながら。
「浦部くん、最近なんか神崎さんと仲良いよね」
「どっちかつうと宮内繋がりだね」
「なにはともあれ、上手いことやったなぁ」
俺が自慢するのは2人だけなので、さすがに此処では。
「ありがたい縁を築けたよ本当」
「俺も紹介してくれよぉ」
雰囲気からして本気ではなさそうだから。
「だから繋がってんのは宮内だって、そっちなら紹介するぞ」
「1年のときにクラス一緒だから、もう面識あるわ」
そんなやり取りをしながら飯を食べ終わる。
芝生で寝転んでいると、神崎さんに告白した彼の姿を発見する。同じクラスのサッカー部のやつと飯食ってる。
宮内が頼んでくれたりしたのかね。まあ孤立してないようで良かった。
少しすると問題児がやっとこさ到着したようで。
「まったく、大堀はどうしようもねえ奴だ」
「細川くんに押されてここまで来たのかアイツは」
皆は呆れながらも笑っていた。
「やっと飯だぁ~」
「その前に細川くんに感謝でしょ」
「本当ですよまったく」
にへへと笑ってから、隆明サンキュと礼を言う。
自由時間。
アスレチックがあるとのことで、2人が食べ終わるのを待つ予定だったが。
「運動なんて今日はもうしたくないね。俺は景色でも眺めてるから、君たちは楽しんでくると良いさ」
「僕も太志に付き合うんで、気にせず行ってください」
じゃあ遠慮なくと、俺らはアスレチックゾーンへ向かう。




