22 集落
『行くぞ』
蒼銀色の身体は流れるように風を切る。
「せっかちだねぇ」
おばば様が呆れたようにぼやくと、パチンと指を鳴らした。
すると遠くから弾丸のように、凄い勢いでおばば様目掛けてホウキが飛んでくる。
(まぁ! 魔法のホウキ!?)
エヴィが瞳をキラキラさせていると、同じくしてフラメルは携帯用マジックボックスからホウキを引っ張り出した。
簡単かつ合理的であるが、なんだか興ざめである。
マーリンはタクトを取り出すと指揮者のように軽やかに動かし詠唱する。
「我が元に求めん。出でよホウキ!」
最後に大きく輪を描くと、キラキラと魔力の粒が発生し次第に輪郭となりホウキが出現した。
三者三様のホウキ召喚である。
ルシファーは漆黒の豊かな羽根を背中から生やし、羽ばたいている。色こそ黒いが紛れもない天使の羽であった。
ハクは妖力で浮遊し、魔人はいつもの如くにょろろんとしたしっぽ、もとい足をプロペラのように回していた。
『ブヒ、ブヒヒンッ!』
ユニコーンが自らの角で背中を示す。
飛ぶ術のないエヴィを背に載せて走るつもりなのだろう。
以前なら躊躇したが、最近気持ち悪さが減って来たユニコーン。
場合が場合のために拒否されても困るからか、表情は至って真剣であった。
「ありがとうございます!」
迷っている暇も選択肢もないエヴィは礼を言うと、マンドラゴラを抱えてユニコーンの背に乗る。
『待ッテ待ッテ!』
置いて行かれては堪らんと、タマムシがユニコーンのたてがみを掴んだ。
「さ、追いかけるよ!」
おばば様は号令をかけると、跨ったホウキが浮き上がった……と思った瞬間、煙を吐き出しながら爆走しだした。暴走ホウキだ。
「エヴィ、気をつけてね。しっかり掴まって」
ハクが楽しそうにふわふわのしっぽを大きく動かした。対照的にルシファーは心配そうにエヴィとユニコーンを見ている。
魔人は無の境地でエヴィが振り落とされないように小さな防護膜を張る。
そして全員がフェンリルとおばば様に続くように空へと向かう。
ユニコーンが暫し俯くと、身体の周りが丸く球体のような光が包み込んだ。うっかり手を放してマンドラゴラやタマムシも振り落とさないよう、念のため防護膜を重ね掛けをする。
そして白く細い脚が地を蹴り、一気に屋根程まで跳び上がると滑るように空を駆け出した。
(ひ、ひえぇぇぇぇ!!)
体感したことのない凄まじいスピードに、エヴィはユニコーンの首にしがみつき、心の中で叫び声をあげた。
『……ぐぁぁぁぁぁ……っ!』
『ヒャッホーイ!』
既に涙目のマンドラゴラと、対照的にノリノリなタマムシと共に空を滑って行く。
周囲にいる人間からはかける姿は見えず、疾風が吹き抜けていくようにしか感じないことだろう。
流れる景色を見る余裕もなかった。下を見ると落ちそうなので、ただひたすら前を見ている。
風がエヴィの長い髪をはためかせていく。
時折見るつもりがなくとも見えてしまう遥か下にある人々の姿が、小さくしかしイキイキと動いているのが見えた。
*****
賑やかな街や閑静な住宅街、活気ある職人街に長閑な農業地帯。
次々と変わる景色にエヴィは碧色の瞳を瞬かせた。
フェンリルが一度振り返り、軌道を斜め下に変えた。
その後ろをホウキに跨ったおばば様が身体を上下に回転させながら急降下して行く。
次々と後続も地上に降り立つ。
「……これ、関所完全無視していませんか? 大丈夫なのでしょうか、だぜい」
やっと地上に足を着けたエヴィがユニコーンに礼を言った後、誰にともなく訊ねた。
幾つかの国を跨いだように見える。ルシファーとマーリンを見れば微妙そうな表情をしているが、それ以外はどこ吹く風といった様子である。
「別に旅行するわけでも買い物するわけでもなし、問題ないだろ」
「空には国境も関所も無いよ」
魔人とハクが何でもないように頷き合う。
『件のふたり組はこの先の家にいる』
フェンリルが幾分大きくなった前脚で小さな家を指し示した。
人気のない小さな集落は、どことなく淀んだ空気を感じさせる。半開きのままの扉や枯れた背の高い雑草が目に入り、住む人がいない場所なのだと感じさせるに充分であった。
「ちょっと様子を見て来いよ」
『エエ~?』
魔人がタマムシに言うと、面倒そうに返事をしながらも仕方なしに飛んで行く。
『誰モイナイヨ~』
「逃げた後か……」
大して残念そうでもなく魔人が言うと、全員で小さな家に入った。
「……最近まで人がいたことは確かだな」
火の気はないものの、転がる酒瓶や水の入った水瓶を見てフラメルが言った。
「形代を飛ばして追跡させよう」
ハクが袂から白い紙で出来た小さな人型を取り出す。
人差し指と中指で挟み込むと、何やら短く呟いては放るような仕草をした。すると紙は意識を持つように小さく羽ばたいては飛んで行く。
エヴィは初めて見る術に、丸い瞳を瞬かせた。
「何も残ってないねぇ」
おばば様が奥の部屋から出て来る。
「他の空き家に潜り込んでいる悪党を選別しようか」
フラメルはそう言いながらタクトを取り出して複雑な魔法陣を描き出す。
「善悪のジャッジメント。悪は拘束を」
それに呼応するようにマーリンもタクトで幾つもの魔法陣を描く。
「真実の女神よ、彼らに守護を!」
小さな魔法陣がキラキラと輝きながら飛んで行く。
程なくして戸惑うような声や怒鳴り声が聞こえ始める。
外へ出れば十人近い男たちが宙に浮きながら怒声をあげていた。ベッドで眠っていたのだろう、下着姿や寝間着のままの者も複数いる。
「何だこれは!」
「放しやがれ!」
フラメルの魔術によって悪事を働いている人間が拘束された状態で宙に浮いている。
一行に気づいた男たちが睨みながら悪態をつき出した。
「お前たちがやりやがったのか!?」
「解け、コラ!」
唾を飛ばさんばかりの勢いに、ルシファーが眉を顰める。
「……煩いな」
そう言って眉をギュッと寄せたまま右手を払うように動かすと、全員の口に猿ぐつわが噛ませさせられる。そして首には『私は罪人です』と書かれた木札が首からかけられた。
「飛んでけ悪人、餡・ポン・端!」
「ンーーーーッ!?」
駄目押しとばかりにおばば様が詠唱し指を鳴らすと、凄まじい速さで拘束された男たちが四方八方に飛んで行った。
「あわわ……凄いのですわ……」
モノの数秒での出来事に、エヴィは呆然と飛んで行く男たちを見送るばかりだ。
「こってり取り調べられるな! 他の悪い奴らに利用されないよう、選別の結界を張って置かねぇとな」
そう言って人相悪く笑った魔人が、ぱん! と大きく手を打つ。サラサラと聞きなれない言葉の詠唱をすると、花火のように光の玉が打ちあがっては周囲一面に弾け、キラキラと粒子が降り注ぐ。
「これで新たな悪人はここに入れねぇ」
「ほえぇ……」
感心しかないエヴィが何とも間の抜けた声を出した。
全員が苦笑いをすると、ハクがそれぞれに視線を向ける。
「さ、捉えたよ。急ごうか」




