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16 カラクリ

「おや、随分凛々しい顔をしているね」


 エヴィが力強く話をしていると、部屋の片隅がキラキラと光を放ち始め、ハクとフェンリル、そして見慣れないローブを着た青年が転移魔法陣から一緒に現れた。


 普段エヴィの周りにいる妙齢に見える男性(?)がハクだったりルシファーだったり、まあ魔人もだったりするのでその線の細さに思わず碧色の瞳を瞬かせる。


 柔らかそうな薄茶色の髪に平均よりもやや低い身長。瞳は菫色だ。派手さはないものの可愛らしい雰囲気の男の子である。顔立ちが愛らしい造りのため幼く見えるが、多分エヴィよりは年上であろう。

 見た目に似合わず落ち着いているので、ルーカスと同じくらいの年齢だろうか。


「おや、()()()()。珍しいね」


 男の子はクラウスという名らしい。知り合いなのか親し気な口調だ。

 おばば様に呼ばれて、クラウス青年は非常に険のある表情で眉を顰めた。


「……何で今日に限って名前で呼ぶ?」

「いや、本当の恰好だからねぇ」


 そう言われて首を傾げると、頬の辺りを触っては納得した。


「ああ、聞き込みだからこっちの方がいいと思って解いていたのか」


 そう言ってサラサラとエヴィには聞き取れない言葉で詠唱する。

 ボフン! と言う音と煙と共に現れたのは、南の大魔法使い・フラメルであった。


「!?」


 エヴィはびっくりして声にならない呻き声のようなものをあげた。


 一瞬にして儚げな可愛い系男子が禿げ上がった白髪頭の、もふもふなお髭のお爺さんに変化したのである。

 身長こそ変わらないものの、ぷっくりと膨れ上がったお腹と禿げ頭を交互に見比べる。


 するとエヴィの顔を見ながら、指をさして笑う。


「ふはは! フナみたいな顔だな!」

「…………」


 この口の悪さは間違いなくフラメルである。

 根は面倒見の良いイイ人であるが、如何せん正直者なのだ。思ったことをほぼストレートに口から出すのだ。


 幾ら身なりに気を使わないとはいえ、川魚に例えられて嬉しい女の子もいないであろう。微妙な表情をしているとハクがフラメルに向き直った。


「フナはないだろう、せめてもっと可愛いウナギとか!」

「……いや、ウナギも可愛くはないよ」


 おばば様が突っ込むと、そうかな? とふたりして首を傾げている。

 ハクのことも微妙な表情で見つめていると、豆の筋を取り終えた魔人が口を開いた。


「それより、揃ってどうしたんだ?」


 ハクは出来上がった回路を届けに魔塔へ出ていたのだ。最近魔力を安定させようと自主練をしているフェンリルは、ハクについて行き体毛を餌に、魔力の仕組みについて詳しい魔法使いのところに話を聞きに行っていたのだ。


「最近変な占い師と薬師について、魔塔に問い合わせが来ていてね。どんなんか見に行ってきたんだよ」


 そういうとおばば様に向かって小さな瓶を放った。

 中には水薬が入っている。


「『毛が抜ける毛生え薬』だ」

「『禿げちゃう()()()』だろ?」


 魔人が訂正すると、フラメルは肩を窄める。


「どっちだって同じだろ?」

「タイムリーだねぇ」


 おばば様は振ったり透かしたり、最後には蓋を開けては匂いを嗅いで確認した。


「……ふん……、確かにぱっと見は育毛剤だね」


 指を鳴らして細長い紙のような物を出すと、瓶に半分ほど差し入れてはすぐに引きぬき、紙を振る。

 薄い紫色をしていた紙は濃い緑色に変化した。


「やっぱりねぇ。ある種毒だね」


 おばば様の言葉に同意するようにフラメルが頷く。


「禿げている部分には薬だが、健康な髪や地肌に塗ると成分が蓄積して過剰摂取になり、毒になるんだ」


 禿げている部分に使うとはいえ、周囲に全くつかないというわけにもいかないであろう。

 人によってはこんなに効くならと、頭全体に塗る者もいるかもしれない。


「多少は周囲にもつくからねぇ。毎日続けるうちに蓄積して、ハゲが改善してもその周りがハゲるっていう……薬の無限ループだね」

「それだけじゃない」


 今度は魔人に向かって小石を投げる。

 造作もなくキャッチして手を広げ見れば、魔人が首を傾げた。


「……護符?」

「呪いを跳ね返す護符だそうだ」


 魔人はまじまじと護符らしきものを眺める。


「これデタラメな魔法陣だな……せめて本物を描いてやりゃいいのに。魔力も充填されてねぇだろ」


 本来は呪われてはいないのだから、本物の魔法陣を渡したところで何も起きないのだ。

 ましてや魔力が込められていないのだから、効力も発揮しようがない。

 ……いわばただの小石に、一体幾ら支払われたのであろうか。


 フラメルによると、占い師が髪や体型にコンプレックスを持っている人に近付き話を聞き、『良く効く薬がある』と話を持ち掛ける。有名な薬師に出会わせ薬を買わせるという方法らしい。


「その際に占いで予知をして教えるような素振りをするそうなんだ。まあ、イカサマなんだけど」


 何度も薬師の出現する場所を当てる事によって、占いや予知に信憑性が増す。


「そして症状が改善しないことを『呪いをかけられているからだ』と言って不安を煽り、何回も繰り返すうちにすっかり信用して呪いをどうにかしてもらおうとする……」


 おばば様はゲンナリした顔でフラメルの後を引き受ける。


「占い師は本当は高名な魔法使いだとでも言って更に信用させるんだろ? そしてガラクタな護符を買わせて儲けるわけだ」

「典型的な霊感商法だな」

「フッヒン!」


 魔人が言い、マンドラゴラとユニコーンが頷く。


『そんなわかり易い嘘に騙されるものなのか?』

 フェンリルが訝し気な表情でフラメルに尋ねた。


「そこは引っ掛かりそうなカモを狙うんだろうね。改善する成功体験を味合わせた後に突き落とすをくり返し、かつ占いや予言もくり返し成功させて……まあ普通なら怪しいと思うんだけど、心理的なダメージを負って焦っているからね」

「そこに不安を煽って更に別なモンも売りつけるわけだ……『溺れる者は藁をもつかむ』って心理だな」


 何重にも搾取する、なかなかアコギな商売だ。

 勿論占い師と薬師はグルである。


「健康被害は出ていないのですか、だぜい?」

「今のところは。成分的に体調不良になるようなものは入れていないと思う。せいぜいつるっ禿げになるくらいだよ」


 フラメルは自分の頭を顧みることなく言った。


「健康被害が起こったら、金を搾り取れなくなっちゃうからね」


 健康に被害がないのは何よりだが、それにしても。


「まともな占い師や薬師の風評被害が本格化する前に、何とかしないとだね」


 おばば様の言葉に、全員が顔を見合わせた。



 そしてふと、フラメルがテーブルの上でひっくり返っているタマムシを覗き込む。


「何でタマムシが伸びてるんだ?」


 ああ……、全員が何とも言えない顔でいびきをかいている元・悪魔を見遣る。

 プライドが高い悪魔のこと、さぞ恥辱に塗れて暮らすかと思えば意外にも順応して山小屋ライフを満喫している。

 どこまでも図太い性格らしい。


「いろいろあって。中身は悪魔だよ」


 ニコニコしながら説明にもならない説明をするハク。

 フラメルは釈然としない顔をしながらもう一度タマムシを見遣る。


(悪魔って、高位魔族じゃないのか? タマムシに変化中?)


 心の中で呟いては首を傾げた。


「……何で?」

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