15 噂話
「そういえば、変な薬が出回っているらしいよ」
旅の一座の姐さんこと、踊り子からの情報だ。
定期的に飛んでくる通信の魔道具だが、今日はぴょこんと跳ねた冠羽と紅いほっぺが愛らしいオカメインコ型である。
腕に覚えのある魔法使い、特に大魔法使いともなれば大概辺鄙な場所で暮らしているのが常。
伝説の大魔法使い・フランソワーズと呼ばれている(らしい)おばば様も、御多分に漏れず人里離れた山の麓で暮らしている。
そういった場所は噂話も聞こえて来ないわけで……こうして各地を転々としていたり、情報ツウな人物から色々と教えてもらうのが常なのである。
また面倒そうな言葉が出て来たところで、おばば様は仏頂面を更に不機嫌に歪めた。
「変な薬だって?」
「うん。何でも『禿げちゃう育毛剤』と『痩せない瘦身茶』らしいよ」
おばば様の仏頂面など見慣れている踊り子は、何とも思わずに話を続ける。
「……別に普通じゃないのかい? 毛生え薬なんて、まあ気休めだし。第一お茶で痩せたら世話ないよ」
「そりゃあそうだけど、薬師がそれをいっちゃあお終いだよ!」
言いながらも笑っているのは踊り子も同じである。
(『禿げちゃう育毛剤』と『痩せない痩身茶』……)
話を聞いていた訳ではないが、隣でひたすらに薬草を粉にしていたエヴィは心の中で呟いた。
育毛剤がないわけではない。育毛を促すために血行を促進したり栄養を補給したり、頭皮を柔らかくしたりといった成分が入っている薬があるのである。
痩せるお茶も然りだ。
代謝を促進したり、余分な水分などを輩出し易い成分が入っていたり。糖や油分を包み込んで排出を促すようなお茶はある。
それらを摂取しながら食事をバランスが良いものにしたり運動したりしなければ、効果は半減するであろう。
ただ飲んだだけでは痩せない――それどころか安心していつもより余計に食べたのでは痩せる筈などないとおばば様は言いたいのだ。
「ただ、禿げ薬に関しては一時は効果があるようなんだよ。生えて来たと思ったら、別の場所が抜けちまうんだって」
踊り子の話を聞いて、豆の筋取りをしていた魔人とおばば様が顔を見合わせた。
「効果がなくなれば高い薬に置き換わって行って、かなり注ぎ込んでから結局改善しないんで『詐欺だ』って話になっているらしいよ」
「ふうん……そいつは厄介だね」
対して効かない薬をさも効くようにうたって売りつける詐欺紛いな商法は昔からよくあることだ。規制したところでなくなることはなく、新手の方法を考えては次々と繰り返される。
それは特に育毛剤や痩身茶に限ったことではない。
おばば様は何かを考えるように眉を寄せては口を開いた。
「こっちでもちょっと調べてみるよ。他にも何か解ったら教えておくれ」
「了解だよ」
愛想良く了承すると、オカメインコは翼を広げて飛んで行った。
「……見た目に関する薬は需要がなくならねぇからな」
魔人は再び豆の筋を取りながら呟く。
マンドラゴラと、人型と言ってよいのか微妙な首の長い形状のユニコーンもうんうんと頷いている。こちらはエヴィの手伝いをすべく、薬草を運んだり粉にしたものを丁寧に振るってから紙に包んだりしている。
ちなみにさっきまで部屋の中を飛び回っていたタマムシな元悪魔は、疲れたようでテーブルの上でひっくり返って眠っていた。
「その育毛剤とやらは、もしかすると毒なのかもしれないね」
おばば様の言葉に、エヴィは驚いて聞き直す。
「『毒』ですか?」
「ああ。毒物が、使い方によっては薬になることは知っているだろう?」
エヴィは頷いた。
例え毒でも、いや、毒だからこそ薄めたり何かと混ぜ合わせて変化させることで、薬として効果があるものが多数存在するのだ。
「ある程度育毛効果がある薬なんだろうねぇ。禿げていた場所は改善されて発毛するけれど、元々問題ない場所に使うと効果が過剰過ぎて禿げ散らかす……過剰に摂取したり健康な場所に付着すると毒になるんじゃないのかね」
おばば様の言葉にエヴィは顔を青くした。
「そんな……! 身体に害はないのでしょうか!?」
「実際に中身を見て見ないと何とも言えないよ」
万が一にも健康被害などがあるとしたら、禿げているよりも太っているよりも大変である。
「綺麗になろうとして、より酷くなるなんて……何だかやるせないですぜい」
効かないよりも、効いてから余計に酷くなる方がダメージが大きそうでもある。
騙された人が酷い被害に遭ってないと良いのだが、噂が出回っている時点で言わずもがなであろうか。
(騙される方が悪いなんて言うけど、やはりどう考えても悪い嘘は騙す方が悪いのですわ……)
薬師見習いとしても、自分が携わる『薬』を道具にされるというのも何とも業腹である。
「その詐欺師さんを何とか出来ないものなのでしょうか?」
エヴィがそう言って全員の顔を順番に見つめた。




