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14 抜け毛エレジー・後編

 小姓からは苦言を呈されたが、心ここにあらずのままで三日を過ごした。

 占いなど適当に口から出まかせを言っていると思っていたが、本当に判るものもいるのだろうかと疑心暗鬼であった。


(しかし、あの時は帽子を被っており相手には見えなかった筈……)


 しかし占い師は間違いなくクリストファーの頭に視線を定めていた。意味深な言葉と共に。どう考えても髪のことを解っている言い方である。


(年齢がもっと上ならそういう人間も増えるだろうが、まさかこの年で……とは思うまい?)


 気持ちはほぼ『信じる』に傾いている。

 もしも治るのであれば、何としてでも治療したい。



 二日間考えに考えた上で、市を見に出ると言い昼前に出掛けることにした。

 小姓もついて来るというので仕方なく了承する。そうでないと外へ出れないからだ。


 そして中央広場について見回せば、薬師らしき人間が小さな天幕を張っているのが見えた。

 行商の薬師は大きな薬箱を担いでいるのですぐ解る。薬師らしき中年の男が、大きな引き出しのついた箱から何やら出し入れしているためにすぐ見つけることが出来た。


 市を移動しながら暫く薬師の様子を目で追っていた。

 それ程忙しくはないようでポツリポツリと客がやって来ては薬を受け取り帰って行く。


「おい」

 クリストファーは小姓に声をかけた。


「しばらくの間、好きに市を見て来るといい」

「しかし、王子様をひとりにする訳には」


 小姓は訝しそうな目でクリストファーを見遣る。


「大丈夫だ。少し疲れたのでここで休んでいる」

 そう言って幾ばくかの金を渡してやる。


 小姓はしばらく迷っていたようだが、断って機嫌を損ねるのも良くないと思ったのだろう。ひとりで動かないようにと念を押して見物へと出かけて行った。


 何度も振り返る小姓が見えなくなり、戻って来たり物陰でクリストファーを伺っていないことを確認してから動くことにした。



 丁度誰もいない薬師の天幕へ向かう。


 何屋なのか解るように日除けの屋根しかない天幕は、他の者の目にも就くわけで。

 クリストファーは小声で話し掛ける。


「育毛剤はあるか」


 クリストファーは己の顔が恥ずかしさで熱を持つのを感じた。人に髪の話をする時に、酷い羞恥が伴う。

 しかし背に腹は代えられない。


 急に問いかけられた薬師は琥珀色の瞳を瞬かせたが、少しして頷く。


「はい、勿論ございます。種類がありますので状態を拝見させていただけますか?」


 ――占い師ではなく薬師であるため、もちろん相手の状況をピタリと当てるなんてことはないであろう。

 クリストファーは嫌々ながらも帽子を脱ぎ、薄くなった後頭部を薬師に晒した。


 薬師は薬師で勿論気にする筈もなく、失礼しますと言っては薄くなっている部分と周囲を触り比べ、頭皮の状況を確認しているようであった。


「なるほど……もう被っていただいて大丈夫です」


 そう言うと手早く引き出しを開ける。そして幾つかの薬草の粉を取り出しては混ぜ、液体――水薬の入った瓶に静かに入れて差し出した。


「これを朝晩二回、良く振ってから患部につけてください。」

「どのくらいで使い切るものだ?」

「お客様のご様子だと一か月くらいで使い切るようにしてください。もし効果がございましたらまたおいでください」

「次は何処で店を出す?」

「……隣町の予定でございます」


 あの占い師の言う通り、一か所で商売をするのではなく様々な場所で行っているのだろう。詳しく効けば王都は広いため、六ケ所程をひと月ごとに巡回しているのだそうだ。


 面倒なのでまとめ買いしたいといえば、それ程日持ちしない上に合わない可能性もあるので、取り敢えずひと月使ってみてからと言われる。


「解った。幾らだ」

「三千エーンでございます」

「……うむ」


 意外に安いなと思いながら料金を渡す。

 知人や小姓にみつかると良くないために足早に立ち去った。



******


「……生えてきている……!」


 謎の薬師から購入した塗り薬に替えて半月ほど過ぎた頃。見えていた地肌が短い髪で覆われ始めた。

 クリストファーは震える手で髪を掻き分け何度も鏡を確認す。確かに薄っすらと髪が戻っていた。


 購入して一か月後、隣町を訪れては薬師を探し出し、大喜びで報告をする。

 喜ぶ患者を見ては、薬師も嬉しそうに微笑んだ。


「それは良かったです。念のためもうしばらく使って安定したら問題ないでしょう」

「本当か!?」

「はい。ただ髪は心理的なダメージが現れやすい場所ではありますので……心穏やかに過ごすことが大切かと」

「心穏やか……」


 クリストファーが言葉を繰り返すと、薬師は神妙な顔で頷いた。


「はい。自分では気づかないうちに心は疲弊いたしますので、お気を付けください」

「解った。心から礼を言う」


 一か月前に購入した薬と同じものを購入すると、クリストファーは嬉しそうに帰って行った。



 そして再び一か月後。クリストファーは心の中で驚愕の声をあげる。

 再び抜け毛が再発したのだ。


 正確には薄くなっていた場所は元に戻りつつあるが、その周辺の髪が抜け落ち始めた。


「……ど、どういうことだ……?」


 再び帽子をかぶり占い師を探す。

 占い師はかつて出会った裏路地に今日もひっそりと座っていた。


「おい! 薬師の居場所を教えてくれ!」

「おやおや、この前の……」


 クリストファーの勢いに押されるように顔を後ろへ引くと、首を微かに傾げた。


「おかしいですね……」

「何がだ!?」

「一度治られたのに、また再発されたのでしょうか……?」


 クリストファーは見えない筈の頭を押さえ、占い師を見つめた。


「なぜ知っている?」

「そういう過去視が見えるのでございますよ」

「過去視?」


 占い師は水晶玉に視線を落とす。


「占い師は星を詠み卦を立て、様々なことから真実を導き出しますが。時折見えるのでございますよ」

「……見える……?」

「はい」

 占い師はゆっくりと顔を上げ、クリストファーの青い瞳を見て薄く笑った。

「ええ。ふと、過去や未来がね」

「…………!!」


 クリストファーは驚愕に瞳を瞠る。


 占い師を名乗る者の多くが魔法使いだと言うのを聞いたことがある。

 強欲な人間に利用されないため、その能力を隠して別の職業を表向き名乗るのだという。


「あなた様は、誰かを深く傷つけたことがございますね? ……もしかすると、呪われているのでは?」


(の、呪い……?)


 すぐさま浮かんだのがアドリーヌ(エヴィ)である。『自分に今後関わればハゲの呪いをかける』――確かにそう言っていたが。まさか。


(だが、あれ以降関わってなどいないだろう!?)


 関わるどころか、居場所を捜してすらいないのだ。


 融通の利かない程生真面目なアドリーヌが約束を反故にするとは思えないが……しかし、国を追われ(売り言葉を真に受けて自分で勝手に出て行ったのだが)、身分を剥奪され(……正確には今でも自国では伯爵令嬢のままであり、『王太子の婚約者』でなくなっただけである)たのである。

 現在の生活が上手く行かず、恨んで呪ったとしてもおかしくはないわけで。


「何か、お心当たりはございませんか……?」

「…………!」


(それに、ミラだってそうだ……周囲に要らぬ圧力をかけられて嫌な思いをしたことだろう。……もしかしたら私を恨んでいるかもしれない) 


 苦言を呈したので疎遠になり、いつしか側を離れた側近たち。かつての自分付きの女官……環境や状況が変わり自分を恨んだり、逆恨みしている人間はいるかもしれないと思い至っては、背筋にゾッと冷たいものが流れ落ちる。


「…………。明日、西の街道を先日の薬師が通るようです。再度薬を購入されて見てはいかがでしょうか」

「街道を……? そ、それも見えるのか!?」

「ええ。別の街に向かう途中なのではないかと思います。それでも改善せず、藁をも縋る思いになりましたらお力になれることもあるかと……その時またいらしてください」


 何ともいえぬ占い師の雰囲気に、クリストファーは黙って小さく頷いた。


「……今回は幾らだ?」

「それでは、二千エーンいただきます」

 


 逃げるように帰って行ったクリストファーだが、翌日学校が終わった後に王都の西側にある街道に行けば、大きな薬箱を背負った薬師に出会うことが出来た。


(本当にいた……!)

 クリストファーは走り出して薬師に薬を所望する。


 薬師は再び違う色の薬を作って寄越した。

 今回は一万エーンということだが、躊躇なく支払う。



******


 薬師の格好をした男が王都から少し離れた寂れた村の家に帰って来た。

 狭いあばら家のような家だが、ぼんやりと窓に明かりが見える。


「今帰ったぜ」


 キイキイ耳障りの悪い音のする扉を開けば、粗末な椅子に座って肉を食っている男がいた。


「おお。昨日話した奴はいたか?」


 初老の老人が気安い雰囲気で声をかける。ローブを脱いでいるが、あの路地裏の占い師である。


「ああ。何だかもの凄くビビッているみてぇだったぞ」


 クックック。ひきつるように笑っては、馬鹿にするかのように言った。


「しばらく安心させてやってから、また同じようにすればいい。しばらく繰り返せば折れて呪いを解いてくれって言い出すだろう」

「今度のカモはすっかり信じ込んでいるから、案外早いかもしれねぇな」


 皿の上に載せられた肉をひとつ掴むと、薬師の男はひと口に放り込んだ。

 王都の総菜売り屋から買ってきたのだろう。


「あれだけの男前で身なりも良いと来れば貴族のボンボンだろう。何か身に覚えがあるんだろう?」


 ヒヒヒ、と卑下た笑い声をあげると祝杯とばかりに葡萄酒を棚から引っ張り出す。テーブルの上のゴブレットに注げば、勢いよく乾杯をして一気に煽った。


「しかし、禿げるほど何をやらかしたんだろうなぁ」

「さあな。儲けるだけ儲けてドロンすれば、俺たちには何でも構わねぇけどな」


 占い師の言葉に、薬師は違いねぇと言っては再びゴブレットを煽った。

 金持ちから余っている金をちょっとばかり融通してもらうだけ。貧乏人を騙したり襲ったりするよりずっといい。


 貧乏人は生きるのに精いっぱいで、そんな余計な物にかける金はない。


「『毛生え薬』と『痩せ薬』様様だぜ」

「『毛抜け薬』に『ただの茶っ葉』だろう?」


 がははは。陽気で豪快な笑い声が人気が無くなった村の家に響いた。



 先の伝染病のあおりだ。

 比較的軽く済んだ国や地域もあれば、大流行して多くの人が罹患した国もある。


 人が多ければ病の規模も大きくなりがちだ。

 大きな街の近くで蔓延した先の伝染病は小さな近くの集落も呑み込み、こうして廃屋と化してしまった場所があちらこちらにあるのだ。


 そんな場所を根城にしている小悪党たちが、以前よりも目立つようになって来た今日この頃であった。

お読みいただきましてありがとうございます。

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