07 変化
「…………!!」
観客席にいる魔族たちも、ルシファーの変化に息を呑んだ。初めて見た者も多いのであろう。
ざわざわしていた筈の観客席はいつの間にか、水を打ったような静けさが広がっていた。
その変化にやはり一瞬息を呑んでいた悪魔だったが、振り切るように渾身の力をぶつける攻撃魔法を放つ。
が、ほぼ同時に悪魔の身体は宙を跳ねるように、そして目に見えない速さで撃たれ続け枯葉が風に舞うかのようにゆっくりと床に伏した。
「……反射魔法だね」
「全力でボコりに行ったっぽいから、流石にダメージがヤバそうだな」
自らの攻撃でボコボコにされ吹っ飛んだ悪魔は、おもむろに顔をあげる。
美しかった顔は腫れあがり血が滲んでいた。
指を立て、反射魔法を解こうと短い詠唱を行なう。
「無駄だ」
まるで温度の感じないルシファーの言葉が、頬を叩くかのようであった。
圧倒的な実力差である。
「……くっ!」
諦めないとばかりに、悪魔は魔力を叩きつける。
するとどうだろう、姿がどんどん小さくなっていく。
青年から少年になり、幼児のような姿になり……
(……何でしょうか……幻視魔法? 変化魔法?)
エヴィは魔法で攻撃するたびに姿を変える悪魔を見て嫌な予感を覚える。
「叩きつけられた魔力を吸収してる……奪っているんだね」
「魔力を奪う……?」
ハクが不安そうな顔のエヴィに説明をした。
『……ぁぁぁぁぁ……!!』
カタカタと震えるマンドラゴラが小さく叫び声を上げる。
力比べ前の説明によれば、他の魔族を困らせたり、弱い者を虐げたりといった行動もあったと言っていた。それに対しての謝罪と、今後控えるようにという文言も添えられていた。
魔族は実力が、力や強さがモノをいう。
人間界に比べれば、暴力も、力を持ってして何かを奪い去ることもある程度は許容されている。
「今までやり過ぎたんだね」
「他の魔族への悪行を控えるようにと何度も勧告いたしましたので……魔族たるもの、実際は血の気の多い者も大勢おりますので喧嘩両成敗のことも多いのでございますが」
執事が頷きながらそう言った。
「まあ、揉めて喧嘩して強くなって……みたいな世界ではあるからなぁ。人間界のように暴力即禁止って世界ではない」
そうやって弱かった者が実力をつけ、のし上がって認められていく側面もあるのだという。
「魔力を吸収されるとどうなるのですか?」
エヴィはおばば様や魔人へ順番に視線を向けた。
「本人へ返して元通りってこともあるし、奪われたままのこともあるな」
そこは取り上げた者に依るのであろう。
「……吸収され尽くせば消滅するねぇ」
(消滅……)
「ですので、誰もが出来る魔法ではないのでございます。超高等魔法なのです」
「天界の極一部のお偉いさんだけが使える禁術の一種なんだよ。相手の魔力を奪うのは処罰のためだけなんだ。そうじゃないと奪うだけ奪って弱体化させて、なんて悪巧みする奴らが出てきちゃうからね」
「禁術……。使う側に害はないのですか?」
「あくまで『処罰』なら大丈夫だよ」
裏を返せば、私利私欲や悪巧みによるものなら害があるということか。
エヴィはハラハラと戦うふたりに視線を移した。
「くそっ!」
小さくなった悪魔は悪態をつくと、再び渾身の力を込めて攻撃魔法を放つ。
すると、姿がふっと消える。
「……どこに行ったんだ?」
「消えたのか!?」
再びざわざわとする観覧席。
ルシファーが悪魔のいた場所まで足を進め、何かを掴んだ。
二本の指で摘ままれたのは七色に光るタマムシ。
「!?」
全員が驚いて息を呑む。
そしてバタバタと手足を動かしてもがくタマムシを凝視した。
『エッ!? ドウイウコト? 何ダカ身体ガ変ナンダケド!?』
小さなタマムシ……になった、悪魔の焦った声が聞こえる。
「……潰せ潰せ!」
ひとりの魔族が声を張り上げる。
「散々やりたい放題だったんだ!」
魔力を吸収され虫に変化してしまった悪魔を見て、観客たちが口々に潰せという。
(いけないわ……!)
いつにない力を奮うルシファーを見て、観客たち魔族が興奮状態になっている。
強かった悪者が叩かれ弱くなっている状態。今まで敵わなかった者弱い者も、正義を建前に叩くことが出来るのだ。
「外に出ます!」
「エヴィ様!?」
エヴィは眉をググイと引き上げて勢いよく立ち上がると、ワンピースを翻して扉に向かって走り出した。




