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05 力比べ・前編

 魔族も人間と同じで穏やかな者、大人しい者、怖がりな者がいる。

 とはいえ好戦的であり力に訴えるところが大きく、強い者が上位であるという側面は大きい。


 現魔王であるルシファーは、若いながら力にのみに頼らない、落ち着きと知性溢れる賢王であると言われている。


 だがしかし、彼が弱いわけでも臆病なわけでもない。

 曲がりなりにも『魔王』を務める身である。




「闘技場で力比べが行なわれるらしいぞ!」

「おお! 誰が出るんだ!?」


 力比べ。

 どちらがより強いのか行なうものであるが、その理由は様々である。


 定期的に行われる試合や競技が主ではある。開催者から賞金が出るので、腕自慢・力自慢たちがこぞって参加する行事だ。


 不定期で行われるものもあり、競技場へ申請して許可が下りれば行うことが可能となっている。とはいえ、基本的には戦うことが好きな種族ではあるため、許可が下りないことはまずない。


 また強制ではなく、片方が受けないとし、力比べを不成立とすることも可能である。

 ……がしかし、基本的には力がモノをいう種族であり、腕力と魔力至上主義者たちであるために戦いを挑まれて、受けないということはまずない。


 受けないのは逃げであり、自らが弱いと認めたようなものである。

 プライドの高い魔族にそんなことは許されないのである。


 不定期で行われるのは純粋に力や能力の優劣をつける場合。立場が下の者が上の者に物申したい場合が主である――そう、力を持って屈服させるやり方である。


 決めたことをひっくり返されないよう、はたまた様々な事実を多くの人間に示す&晒すために行うのである。



「……それがどうも、魔王様らしいぜ」

「えっ!?」


 街角で『力比べ』の話を聞いた魔族たちが噂をしている。

 冷静で温和な性格で知られるルシファーの名を聞き、魔族の親父さんは驚いて目を瞠った。


「先日の、城下町で大穴開けた悪魔だろう?」

「せっかく人間と関係修復をしようとしているのに、人間に向かって攻撃したんだって?」

 魔族の青年たちが歩きながら話をしている。


「まあ、ぶっちゃけ人間と関係修復なんてしなくてもいいけどな~?」

 過去の争いの話を聞いたことがあるのだろう。嫌そうに眉を寄せた。


「人間は弱いし。そのくせこっちが強く出ると文句を言うらしいじゃないか。弱いなら大人しく言うこと聞いてりゃあいいのに」


 そう言っては鼻を鳴らすハイエナに似た風貌のノールに、ワーラットの青年が眼鏡をクイッと動かして口を開く。


「それはどうかな……種族によって様々に違いがあるんだから……力も魔力も弱い人間だから有無を言わず魔族に従えっていうのは横暴なんじゃないか?」


 闘技場に向かう子どもが、手を引く父親に聞く。

「人間は弱いけど賢いんでしょう?」

「そうだ。過去自分たちより強い魔族に知恵で対抗したんだそうだ」


 殆ど初めてといってよい現魔王の力比べ。その歴史的珍事(?)観覧をするために闘技場に並ぶ者たちは長蛇の列をなしていた。


「『通行証』を渡した女の子はとても優しい娘なんだって?」

「ああ。オークの親父がすげえ言ってるな」

「……っていうか、あれって許可証なのかな?」


 魔力をほとんど持たない人間が魔界にたどり着けるはずもなく……魔界に自由に出入りできるように渡されたという『通行証』。他種族に滅多に渡される筈もなく――というより、とんと聞いたことがない。


 ようやく席に座ることの出来たミノタウロスの親父さん達が酒を片手に、中央のアリーナを見下ろした。

「いや、違うだろ。ありゃ求婚の石だろ?」


 全員ではないものの、魔族が求婚する際に自分の髪や瞳の色を封じ込めた石を渡すことがある。

 魔族や魔獣などは自分の体内に魔石を宿しているのだが、自分の魔力を使い内ではなく外に魔石を作り出すのだ。

 当たり前だが魔力消費が大きく、そこそこ大変な作業であるためもちろん頻繁に行われるものではない。

 かなりロマンチックな求婚方法として知られる方法である。


 アンデッドの親父も苦笑いをしてカタカタと歯を鳴らす。


「まあ、勇敢な働きをした忠臣とかに授ける場合もあるから……な」

「普通はな、だけどエヴィ()は人間だから……俺たちに対して『魔王がそのくらい目をかけている』って知らしめたいってところもあるんだろうけど」


 ミノタウロス達とアンデッドが遠い目をした。


「……でもあの大きさだからな……」

「求婚だろ?」

「いや。求婚にしたって大き過ぎるだろ?」


 親父たちは気持ちを落ち着けるかのように、手に持っていた酒をグビリとひと口飲む。


「まぁ、求婚にしろ寵愛にしろ種族間の仲立ちの献身を讃えたにしろ、逆鱗に触れたことは間違いねぇだろ」

「違いねぇ」


 アンデッドは丸々とした鳥の丸焼きの肉を何とも言えない顔で見ると、ガブリとひと口かぶり付いたのだった。

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