24 魔塔からの召喚・終編
驚いたような顔をしてエヴィ達を見るが、どんどん魔法使いたちの様子がおかしくなって行くことに気づいた。
(きゃわたん……っ!)
むさいローブの集団が、口に拳を当ててキラキラ・うるうるした目でエヴィを見ている。
そう。元婚約者であるクリストファー王子は地味とか何とか言っていたが、エヴィは清楚な美しさを持つ少女である。
掃き溜めの中の白百合とでも言えばいいのだろうか。
山小屋のメンツがドン引きしていると、やたらと身体のごつい魔法使い(?)がユニコーンの前に立ちふさがった。
瞳はランランと光っており、何だかブルブルと震えている。
「自分、初めてユニコーン見たっすよ! さ、触ってもいいっすか……?」
ユニコーンが恐怖に慄きながら、二足歩行で前脚を懸命に振る。
「……ユニコーンって二足歩行だったんですね? 今まで四足だと思ってました」
ビン底めがねをかけた魔法使いがマジマジと、別の魔法使いに迫られて後ずさる様子を観察していた。
「それが普通だぞ?」
魔人は即答する。
筋骨隆々な身体(主に上半身)に戦々恐々なのか、にょろろんと動くしっぽ……魔人曰く足に釘付けの魔法使い・魔術師たちだが、誰も絡んでは行かない。
その横では。
「もしかして、どちらかの大魔法使い様ですか……? ちなみに、何歳なんですか?」
「煩いね。レディに年齢を聞くもんじゃないよ」
「レディ?」
窘めるおばば様の言葉に、フラメルと魔人、そしてフェンリルが口を揃えて疑問を呈した。
その横をピンセットと薬品瓶を手にした魔術師が、這うような低い姿勢でマンドラゴラを追いかけている。顔は必至な形相なのにもかかわらず、瞳孔が開ききった闇深い瞳に、どっちが魔物なのかわからない有様であった。
「マンドラゴラさん、根っこを! 根っこを数本いただけないでしょうかぁぁぁっ!」
『ぅぁぁぁぁぁ……っ!?』
ホラーである。
ガクブルと震え涙目にながら、マンドラゴラは懸命に短い脚(注:根っこ)を動かしては逃げ回っていた。
そんな様子を眺めながらハクはふさふさのしっぽをバッサバッサと動かす。
何名かの果敢な魔術師がしっぽの毛を採取しようとそっと近付いているが、逃げるように動くしっぽに悪戦苦闘していた。
「相変わらず非常識な連中だな。人間が殆どいないじゃないか」
フラメルは呆れたようにそう言うと、マーリンに向かって紹介をする。
「魔塔長、彼女が今回の諸々の発案者だ」
「エヴィと申します」
念のため家名は名乗らないようにとおばば様とフラメルに言われている。
ワンピースを摘まんで挨拶をすると、騒いでいた魔法使いと魔術師たちが一斉にエヴィを見た。
そして小さく呟く。
「……エヴィちゃん」
「……可愛い……!」
「天使!!」
「…………」
「気持ち悪い集団だねぇ」
おばば様はただでさえ不機嫌そうな顔を嫌そうに歪めた。
魔人とフェンリルが、じっとりとした目で静かに(?)盛り上がっている野郎たちを見る。ハクは口をVの字にしてニコニコしており、ユニコーンとマンドラゴラが肩で息をしながら恨みがましい表情をしていた。
「あなたが齎してくれた新しい攻撃治癒魔法も聖女の祈りを補助する魔道具も、どれもこれも素晴らしい発想でした。我々が思ってもみない方向性や解釈で、目から鱗が落ちるとはまさにこの事かと実感し通しでした」
マーリンの言葉に、整列している魔法使いや魔術師たちが皆頷いている。
「是非ともその能力を人々のために活かしてほしいと思っています。魔塔に採用したいのですけれど、いかがでしょうか?」
「えっ?」
(私が魔塔に入塔????)
エヴィは思ってもみない言葉に、碧色の瞳を瞬かせた。
「この子は魔力がないんだよ」
おばば様の言葉に、マーリンが微笑みながら頷く。
「そうですね。ですが魔術師としてなら、ちょっとばかり捻りを加えれば問題ないでしょう。大魔法使いと魔人、大妖に聖獣、神獣まで。使い魔にすれば問題ない」
強大な魔術を発動するために、魔族や精霊を召喚して行使することがある。
ユニコーンとマンドラゴラのみならず、ハクもエヴィが気に入ったからこの地にとどまっている訳で、マーリンはそういった存在から魔力を借りて術を行えば問題ないと言っているのだ。
「ちょいと、人を使い魔扱いにするんじゃないよ!」
マーリンは悪戯っぽく笑いながら肩を縮込める。
「叱られてしまいましたね。どうですか、エヴィ嬢」
「評価していただけるのは嬉しいのですが、私自身で出来ることは少ないのです。魔法陣や回路はハク様に教えていただき、一緒に考えながら作り上げたものです。回路を刻まれたのはおばば様や魔人さん、そして大魔法使いフラメル様なのです」
一生懸命自分の考えを伝えようとするエヴィを、マーリンは優しく慈愛に満ちた瞳で見つめていた。
「攻撃治癒魔法にしても、とあるお方から病気の原因のひとつを聞いて『こうしたらどうかな?』と思っただけで……実際には皆様や大魔法使い様方が努力してくださった結果なのです」
カチンコチンクッキーにしても同じで、どう足掻いてもエヴィひとりの力では成し遂げられなかったことであろう。
「それに私、やっと薬師見習いになれたのです! 沢山の方やいろいろなものの力を借りて勉強している最中です。作業が全く上手くならないのですが、それでも大好きなお仕事です。
魔術師もとっても素敵なお仕事で、まさか自分が誘っていただけるなんて夢のようですが……何も成し遂げていないのに放り出して魔術師を目指すのは違うと思うのです」
「……薬の調合も役目のうちですので、魔塔でも続けることは可能ですが」
「申し訳ございません。師匠であるおばば様のもとで修行を続けたいのです」
エヴィは心底申し訳なさそうに言っては頭を下げた。
「そうですかそうですか。それは残念ですが仕方ありませんね」
マーリンは解っていたのだろう、にっこりと笑って了承してくれた。
後ろに控える魔法使いと魔術師たちは、揃って残念そうに息を吐く。
「これだけは覚えておいてください。あなたはあなたが思うより、ずっと価値のある素晴らしい人なのです」
「……はい」
エヴィは困ったように眉を下げて返事をする。
(本当にそうかしら……褒め過ぎな気がします、ですぜ)
マーリンは続ける。
「結界の改修を願い出てくださったそうですね。フラメル様に伺いました。今まで沢山の者が挑戦して参りましたが、ことごとく失敗に終わっております。ですがあなた方でしたら、いつか改修することも可能かもしれませんね」
山小屋の一行がそれぞれ顔を見合わせる。
「その性質上魔塔の機密事項のひとつであり、外部に漏らすことは禁止されています」
「はい」
「ですのでどうでしょう? 入塔しないまでも外部魔術師見習いをされませんか?」
「……『外部魔術師見習い』?」
おばば様と魔人が口を揃えて繰り返した。
「はい。大魔法使いの皆様がそれぞれの場所でお力を貸してくださり、この大陸を守ってくださっているように、エヴィ嬢のお好きな場所でそのお力をお貸しいただきたいのです」
エヴィだけでなく、ユニコーンとフェンリルも瞳を瞬かせている。
「お好きな時に魔塔に来てくださって構いません。もちろん結界の改修もお願い出来ます。そして魔塔の者たちと一緒に、様々な魔法や魔術を学んだり、時にその発想力で彼らに刺激を与えていただきたい」
「魔塔に入るには契約魔法が必要だろう?」
おばば様がマーリンの出方を見るように指摘する。
「あれはある程度強い魔力を持つ者が安全保障のために結ぶものです。通常魔塔に入塔する者は、魔術師といえどそれなりに強い力を持っておりますので……しかしエヴィ嬢は極めて小量な……極小の魔力ですので、契約を結ぶ必要はないでしょう」
「魔塔始まって以来の珍事だな」
フラメルが面白そうに鼻を鳴らしながら言った。
茶番である。フラメルは元々マーリンや魔塔側の対応を知っていたに違いない。
もしくは、フラメル自身が提言した可能性すらある。
普段は皮肉屋を気取っているが、意外に面倒見のいい奴でもあるのだ。
「もちろん秘密は厳守いたします。いかがでしょうか?」
指を唇に当ててウインクするおじさんは、何だかおかしかったが妙に決まっている気もした。
(……何かの拍子に私に目をつける人が出たり、更に素性がバレても困らないように、匿って下さるつもりなのですね……)
もちろん新しい魔法の開発など副産物を期待することもあるだろう。
しかし一番はエヴィの存在を隠す側面が大きい。
今はまだ魔塔や大魔法使いたちが行なったこととしか思われていないが、このまま行けば、いつかエヴィが考えたことだと誰かにバレてしまうかもしれない。
葉を隠すなら森の中に隠せばいい。
魔塔は秘密に包まれている面が多い。魔塔の中である程度情報管理が出来れば、不味いことになる前に対処の仕様もあるというもの。
「そんな条件を提示していただいて、大丈夫なのですか?」
「はい。魔法を愛してやまない者たちは、同じ魔法を愛する者に寛容なのですよ」
にこにこするマーリンに、そうだと魔塔の者たちが頷く。
そして待ちきれないとばかりに一人が、エヴィに決死の表情で話しかけた。
「ここ。ここの、聖女様の魔道具のこの回路についてお伺いしたいのです!」
まだ若い男の子が、聖女の遺髪入れに刻んだ魔法陣と回路を書き写した羊皮紙を差し出した。
「俺はなんで攻撃と治癒を結び付けたのか、非常に気になっている!」
まるで雪崩のように集まっては、思い思いに疑問を口にする魔塔の魔法使いと魔術師たちに、エヴィは呆気にとられたように瞳を丸くした。
「ブフンブフン!」
『質問はひとりずつだそ!』
ユニコーンとフェンリルが、エヴィを守るように後ろに庇いながら文句を言っている。
その足元で、ギュッと目をつぶったマンドラゴラも短い手(根っこ)を広げながらブルブルと震えていた。
「……大丈夫だっただろう?」
フラメルが若干呆れながらもどうだと言わんばかりに肩を上げる。
「回りくどいねぇ。初めから目的を言えばいいじゃないか」
おばば様がフラメルとマーリンを不機嫌そうに見た。
「言ったところで怪しいって言って信じないじゃないか」
フラメルはそう言いながら眉を寄せる。
年寄りは意固地で嫌だと文句を言っているが、世の中ではフラメルも年寄りの範疇の筈だが。
「若い才能は大事に育てませんとなぁ」
何かを知っているのに知らないふりをしたマーリンは、賑やかな面々をみて満足そうに微笑んだ。
彼はなかなかに器の大きな上司であるらしかった。
お読みいただきましてありがとうございます。
明日、第二章完結予定です。
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