19 大魔法使い
「近隣から、どうして一部の街だけ罹患者が少なく、症状も軽いのかと問い合わせが来ているみたいだね」
「いよいよ近隣諸国の状況がヤバくなったのか」
おばば様のところに通信魔法の小鳥が飛んで来た。
魔人も話を聞きながら、珍しく難しい顔をしている。
近くに住む知人の安否確認と幾つかの土地を見回って来たハクによれば、日に日に流行病の状況が芳しくない様相を見せており、体力がない人々の中には拗らせてしまっている人々も増えてきているとの事であった。
「聖女が亡くなってだいぶ経つからね……結界が弱まっているんじゃないかな」
ハクがお茶を飲みながら呟いた。
エヴィが生まれる数年程前まで、聖女と呼ばれる聖魔法の使い手が大陸に住まう人々を守るために祈りを捧げてくださっていたのだという。しかし高齢のために亡くなってしまったのだそうだ。
最後の聖女様として、今では信仰の対象にもなっている有名な人物である。
「南の奴に魔塔から召喚状が届いたそうだよ」
通信を終えたおばば様がため息まじりに言った。
「……南の奴?」
「大陸の南の方に住んでいる大魔法使いだよ」
聞きなれない言葉に首を傾げたエヴィに、ハクが説明する。
大魔法使いと呼ばれる高位の魔法使いたちは現在大陸に三名おり、大魔法使い見習いが二名いるのだという。
昔はもっと沢山いたそうなのだが、すっかり少なくなってしまったのだそうだ。
大陸を守るために大きな結界を張る意味もあり、五芒星を描く位置にそれぞれ居を構えているのだそうだ。
「本来は中央に住まう筈の聖女を入れて六名なんだけどねぇ……聖女の適合者が発見されないから、どうしても完成度が低いんだよ」
「残ってる全員聖魔法が苦手だしな」
魔人が唸るように言った。
「どんどん強い魔力を持つ人間が減っているからねぇ。その穴を埋めようと技術……科学が発展すれば暮らしに役立つ。そうすればそちらに注力する。魔力なんて見えないものよりも確実な技術力を発展させる方が容易いからね」
「まぁ、元々魔力なんて殆ど無い人間が多いってことは努力して発展させていくっていうのが本来の人間の姿なのかもしれねぇけどな」
国の利害関係や、場合によっては戦争などに利用されるのを良しとしない大魔法使いたちは、その身を隠してひっそりと暮らしているらしい。
大魔法使いたちは悠々自適の隠遁生活を愉しんでいるという訳ではなく、表舞台に出ない代わりに、素の魔力を使って大陸全土に結界を張り、人々が穏やかに暮らせるように尽力しているのだそうだ。
「南の奴は聖女の親戚だからね。代々魔力が強い家柄の生まれだからねぇ。すぐに足が付いて、引っ込むに引っ込めなかったのさ」
不憫だと嘆くような口ぶりだ。
「他の四名の方は、居場所は解っているんですか? だぜい?」
「一応ね。結界のこともあるから、連絡は取り合っているさ」
エヴィは釈然としない表情で聞く。
「その南の大魔法使い様は、自分以外の方が表に出ないことにご不満はないのでしょうか、だぜい?」
「無いだろ。その分、結界その他の負担が少ないように取り計らってるよ。更に実情をよく知らない為政者たちには、何か表立って対応した場合、南の奴の手柄ってことにしているからね。地位と名誉が引き換えに支払われているさ」
「なるほど……」
表舞台から引っ込む代わりに、得られるはずの名誉も金銭も放棄しているのだという。
(それってタダ働きですわよね? ……面倒事に巻き込まれるよりはいいってことなのでしょうか)
戦争利用されたくないというのは良くわかる。普通の人々だけでなく動物達にも被害が広がるだろう。もしかしなくても、精霊たちの住処も失われてしまうかもしれない。
とはいえ、そうしても大魔法使いと見習いたちには、労力に見合ったものを受け取って欲しいと考えてしまう。
「召喚がかかったってことは、大魔法使いとして治癒魔法でもするの?」
ハクが耳をピルピルさせながら首を傾げた。
「そうみたいだね。それと被害が大きい国の重鎮なんかに説明したり、お願いされたりじゃないのかい? まあ、南の奴は聖魔力がないうえに、治癒魔法は苦手だからねぇ。他の奴らにポーションを山ほど作って寄越せってことみたいだよ」
「…………。その連絡が来たってことは、おばば様もその、大魔法使いなのですか、だぜい?」
比喩ではなく、本当の意味でだ。
三人と、クッキーづくりをしていたユニコーン、フェンリル。そして零れた粉を掃除していたマンドラゴラが一斉にエヴィを見た。思わずたじろぐ。
三人が人の悪い顔でニヤリと笑う。
「……さあ? どうだろうねぇ」
「まあ、ババアも治癒魔法は苦手だな」
「フランソワーズは攻撃魔法がお得意だものね」
魔人とハクに言われて、おばば様は思いっきり嫌そうに眉を寄せた。
ユニコーンが『ブシシシシ』と楽しそうに笑い、おばば様に睨まれていた。
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