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22 仲間が増えました

「オークに無理難題を吹っ掛けられたんだってね」


 ハクが心配気にエヴィに視線を移す。


 先日オークの頭領息子によるエヴィへの求婚は、魔界でも大問題になったそうだ。


 イメージ先行で荒々しいイメージのある魔族だが、意外にもきちんと統制のとれた人々なのだそうで。


 魔族という種族柄、どうしても人間に比べ戦いの際に獰猛なのは間違いないため、規律をきちんと守れない者はいざという時に危険だと考えられるのだという。

 無暗やたらと他種族・同族を傷つけないため、また自分たちの暮らす魔界の秩序を守るために必要なことなのだそうだ。


「彼がしょんぼりと魔界に帰って来たら、怒り心頭な面々にとっ捕まって絞られてたよ」


 あの日丁度魔界にいたというハクは、当時の状況を思い出したのか、しっぽを左右に揺らしながら金の瞳を細めた。


 何だかよく判らない訪問を受けた際、何かおかしいと訝しんだおばば様と魔人は、咄嗟に、魔界へ遠隔発現させた蝶を大量に放っていた。


 通信や通話が可能な魔法である。


 勿論無詠唱でも魔法を使えるふたりは、オークのあまりの暴言に頭にきて、実況中継を試みたらしい。


 エヴィの世話になった魔族たちや子ども達、ついでに魔王とオークの頭領の目の前に蝶を送り届けた。

 沢山の目撃者を作るために放たれた特に宛先もなく飛び回る色とりどりの蝶たちが、魔界のあちこちに行き来する。

 そして頭領息子の暴言とその様子が、幻視のように浮き上がって流れて……


 ふたりの目論見通り、魔界は一時騒然だったそうである。


「まあ、人間にいい感情を持っていない魔族も現実的にはいるけど……流石に親切な対応をしてくれている女の子に対して、失礼だし行き過ぎだと沢山の者に責められてたよ」


 一番驚いたのも怒ったのも、父親であるオークの頭領だった。

 まさか自分の息子が親切でか弱い存在の少女に対して、聞くも耐えない暴言を吐くとは。


 しかし哀しいかな、現実的に目の前で、魔法によって映し出された自分の息子が訳のわからんことを言っているわけで。

 すぐさま止めに行こうと思い扉を開けたのだが。


 目の前には無数の蝶と、蝶の映し出す息子の姿が外に溢れ返っていた。

 キラキラと光る美しい蝶の羽と、映し出され&聞こえてくる内容の差が酷い。


 オーク・父はなけなしの矜持で堪えたものの、恥ずかしさと情けなさで失神寸前だ。

 尖った視線に頭を下げながら魔界の端まで走って行った時、丁度項垂れた息子が帰って来たのであった……


「魔王も激おこだったしねぇ」

「そうなのですか?」


 ハクの言葉に、エヴィは不思議そうに首を傾げる。


(まあ……せっかく魔族と人間とが関わらなくなって数百年。やっと平静を取り戻して来たのですもの。オーク・息子さんの早とちりで今更揉めて、元に戻りたくはありませんよね)


 エヴィはそう考えて大きく頷いた。


(とはいえ、揉めたところで現在は平民の私ですから、人間側としてはそうそう大きな問題にもならないのですけど。見知らぬ平民の娘にも配慮して下さるなんて、やはりイメージと違って魔族の方々は話せば解る方が多いのですわね) 


 人によっては見当違いと言われそうなことをつらつら考えていると、おばば様と魔人、そして相変わらず窓の外にいるユニコーンまでもが、何とも言えない顔でエヴィを見ていたのであった。


 ハクは目の前のそんな様子を楽しそうに眺めては、髪と同じ銀とも見えるような白い耳をフルフルと動かしていた。


「本当に、エヴィは可愛らしいね」


 にっこりと笑うハクに、エヴィは再び首を傾げた。

 おばば様と魔人がジト目で今度はハクを見た。

 相も変わらず機嫌がよさそうに、ふかふか・もふもふのしっぽを緩やかに動かしている。


(…………。孫どころか玄孫と思っていらっしゃるのね)


 玄孫どころか雲孫よりももっとであろう。

 綺麗な顔のハクに言われると思わずドキッとするが……

 ついつい忘れがちだが、年齢はおばば様よりも遥かにお爺さんだと言っていたではないか。


「ヒヒン!ブヒン!」


 何やら焦りながらユニコーンが首を横に振っている。


「長く生きている奴らは、エヴィが思う程老け込んじゃいないよ。勿論老成して狡猾な部分もあるけれど、そもそもがゆっくりなんだ。余程偽ってる妖でもない限り、大抵見た目通りの精神年齢だよ」

「キツネは特に狡猾だぞ!」


 何だかおばば様と魔人が、真剣な顔だ。


「はあ……」


 頭の上に沢山のハテナが並んでいるエヴィを見ては、クスクスと笑い声を漏らすハク。


「本当に、退屈しなさそうだねぇ」


 そう言えばと前置きして、おばば様に顔を向けた。


「フランソワーズ。山小屋の前の畑(?)は、もう開墾しないの?」

「そうさね。今で特に困ってないからねぇ」


 おばば様は窓から庭先を眺める。

 現状でそれなりに収穫できているため、あまり大きくしても正直管理が大変だと言うのもある。


「じゃあ、隣に家を建てても構わないかな?」

「……家?」

「ブヒン?」


 三人と一頭が口を揃えて復唱する。


「しばらくの間、ここに定住しようかと思ってね」


 にこやかに、なかなかびっくりなことを言い出すハク。


「東の国へはお帰りにならなくていいのですか?」


 あちらの家はどうするのだろうかとエヴィは思う。


「……つれないねぇ。エヴィは私に帰ってほしいのかい?」

「そういう訳ではありませんが……!」


 哀しそうな表情のハクに、エヴィは焦って言い募る。


「帰れ帰れ!」


 魔人は嫌そうな顔でシッシッ! とした。ユニコーンも同じように蹄を動かしている。


 するとハクは、口をVの字にしてエヴィに頷く。


「十年や百年帰らなくたって、何も変わらないよ」


(そうなのでしょうか……ですぜ?)


 その大雑把な時の認識こそが、長く生きる者たちの感覚なのだろうかと碧色の瞳を瞬かせた。


「どうぜ嫌だと言ったところで自由にするんだろう? 勝手にしたらいいさ」


 おばば様はため息をつくと、引越しは手伝わないよ、と付け加えた。


「何も隣に立てる必要ねぇだろ!」


 魔人は太い眉を顰めて食って掛かる。

 が、ハクはどこ吹く風だ。


「魔人はつれないねぇ。せっかくお隣さんになるんだから、仲良くしようよ」

「うるせぇ! 何でキツネ野郎と仲良くしなくっちゃなんねぇんだよ!」

「ブヒ、ブヒブヒヒン!」


 おばば様は仏頂面に輪をかけて不機嫌な顔をすると、声を荒げた。


「もう、アンタたちは煩いよ! 喧嘩するなら外へ行ってするんだね!」


 こうして、白狐の大妖である白狐のハクが、人里離れた山の麓の仲間となったのである。


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