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15 魔族達もおばば様の薬を買いに来る

「エヴィ、こんにちは~」

「こんにちは!」


 子ども達の声がしたので畑から顔を上げれば、魔族の子どもたちが数人でやって来たようだ。

 この辺りは狭間の森にほど近いため、良く効くと噂を聞きつけておばば様の薬を求めに来る以外、人間は殆ど来ない。


 魔族の存在がお伽噺だと思われるようになった今でも、狭間の森は魔族が住む森として人々に畏怖されているのである。

 その魔族だが、現実には森に棲んでいる訳ではなく、森の中に魔界と通じる空間が存在するのだそうだ。


 よってこの前の手紙代筆を依頼に来た少年が非常に稀で、子供だけでおばば様の山小屋までやって来るのは、たいてい魔族の子ども達である。


「みんな、こんにちは! ちゃんとご挨拶出来て偉いです、だぜい」

「えへへ~」

「おばば様、いる?」


 ひときわ身体の大きいミノタウロスの子が小首を傾げた。

 気は優しくて力持ちを体現するような子で、まだ小さいサキュバスの子の手を引いている。


「お家の中にいますよ」


 初めは仲良く接してくれたのに、親や大人に言われてよそよそしくなってしまった子供たちだったが、最近はまた気さくに話してくれるようになった。


 過去に人間と色々あった(らしい)魔族たち。人間よりも長生きな彼等の中には、当事者だった人もいるのだろう。警戒する気持ちを責める気になんてなる訳もなく、残念ではあるがそういう態度をとられたとしても仕方がないと思っていたエヴィである。


 ……ところが、話したことがある子どもたちだけでなく、オークの親父たちやハクが色々と説明してくれたようで、最近はだいぶ軟化して来たように感じる。


「ほら、おばば様は山小屋の中だって。ちゃんと『お薬ください』って、自分で言える?」

「うん。いえりゅ!」


 初めてのお遣いなのだろうか。ご近所のお兄さん・お姉さんたちが見守るために一緒に来てくれたのだろう。見た目がちょっとワイルドな子もいるが、小さな子というのは可愛らしいものである。

 サキュバスの子は一度だけ振り返ると、とてとてと小走りに扉の前まで移動してノックをした。


「こんにちはぁ。お薬お願いちま~す!」

「入りな」


 おばば様の声を聞き、もう一度仲間たちを振り返った。

 ミノタウロスの子も、ハイエナっぽいノールの子も、大きなネズミの耳が特徴のワーラットの子たちも頷いた。


 サキュバスの子は、意を決したように開けられた扉に入って行く。


「じゃあ、お友達が戻って来るまでお庭で待ってましょうか」


 エヴィは町へ出た時に買ってきたドロップスの缶を出す。

 子どもたちが来ると思って買っておいたのだ。


「何味がいい?」

「ぼく、オレンジ味がいい!」

「あたしはブドウがいいなぁ」


 余り甘いものをあげると虫歯になるかもしれないので、ひとり一つとお約束をする。


「『ムシバ』ってなに?」


 ワーラットの子が不思議そうに首を傾げた。大きな耳も一緒に揺れる。


(……そもそも、魔族って虫歯になるのかしら?)

 エヴィも自分で言っておきながら首を傾げるが、なってからでは遅いので気を付けるくらいの方がいいだろうと思い至る。


「歯を虫さんに食べられて、痛くなっちゃうのよ?」

「えー! 歯を食べる虫がいるの!?」

「怖いよぉ……」

「痛いのイヤ!」 


 魔族といえ痛いのは嫌なのであろう。未知なる『虫歯』に怖がる子どもたちの様子は人間の子どもと全く変わりない。


 ほっこりしながら子ども達をみていたエヴィだが、列の一番後ろ見たことのない男の子がいることに気づいた。


 呆れたような顔をしながら子ども達をみており、今にもため息をつきそうな表情だ。年の頃は人間で言えば八歳位だろうか。まだふっくりとしたほっぺは白く、漆黒の髪に赤い瞳。耳の上にくるんと丸まった黒い角がある以外は人間の子と変わりなく、非常に整った顔立ちの子どもだった。


「ボクは何がいい?」

 エヴィはしゃがみ込んで缶を差し出す。


「…………。大丈夫だ」


 男の子は一瞬びっくりしたような顔をしたが、口をへの字に曲げてはまじまじとエヴィの顔を見ている。

 エヴィも目の前の子の不機嫌そうな顔を見る。

 愛らしい見目に反しておばば様並みのツンデレなのかと思い、微かに首を傾げた。


「甘いものは嫌い?」


 男の子は眉を寄せながら視線を左右に揺らす。


「そういう訳でもないが……」

「遠慮しなくても大丈夫よ。じゃあ、綺麗な瞳と同じ色のドロップで良いかな?」

「だ……!」


 大丈夫だ、というつもりだったのだろう。口を開いたところに一粒、コロンと優しく摘まみ入れる。

 欲しくとも素直になれない子に、いつもエヴィがそうやって口に入れてあげるのだ。


(初めはみんな遠慮するのよね。大人の魔族に人間はズルいって教わるらしいから、警戒しているのよね)

 エヴィは、ふふふ、と笑った。


「イチゴ味ですよ。美味しいですか?」

「…………。悪くはない……」


 苦虫を噛み潰したような顔でボソッと言う。

 尊大でまるで大人のような口調だが、可愛らしい姿とのアンバランスさが却って愛らしさが増すように思う。大人ぶりたい思春期という奴なのだろうか。エヴィはそう思い、微笑みながら頭を撫でた。

 サラサラの黒い髪は想像よりも柔らかく、そこから覗く耳が赤くなっていることに気づいては再び微笑んだ。


「ボクの瞳と同じ、綺麗な赤い色ね」


 エヴィは先程と同じ色のドロップを手のひらに出すと、イチゴ味の赤いそれを太陽にかざしてから自分の口に入れた。


******


 みんなで手遊びをしたり歌を歌ったりしていると、扉が開いておばば様とサキュバスの子が出て来る。

 大きな包みを持ったサキュバスの子は、頬を紅潮させて両腕と包みを上にあげた。


「できたぁーっ!」


 とてとてと走って来る子に、他の子たちが口々に褒めている。

 大人びた男の子だけ遠巻きにその様子を見つめていた。


(……見守っている感じなのかしらね?)


 魔族は種族によって身体の大きさがまちまちなため、見た目で年齢をはかれないところがある。もしかすると年長さんなのかもしれないと考えた。


 エヴィのところにやって来た女の子に、しゃがんで頭を撫でる。


「ちゃんと言えてえらかったですね! はい、ご褒美ですよー」


 ゆるいウエーブのかかった緑色の髪にリボンを結ぶ。初めてお遣いに来た子やお誕生日だという子に、ちょっとしたプレゼントをあげるのだ。


「ありがとう!」


 サキュバスの子は誇らしげな顔で笑顔を向けた。


「どういたしまして。とってもお似合いですよ」

「かわいい?」


 女の子は小首を傾げながらお友達に確認する。

 子どもたちは口々に褒めた。


「かわいいね~!」

「いいね! 似合ってるよ」


 仏頂面をしているように見えて、内心ニコニコ顔で見ていたおばば様が、ツンツンした男の子に気づいて二度見した。

 男の子は嫌そうな顔をすると舌打ちをし、凄むような表情でおばば様を睨みつけている。


「?」

 エヴィはふたりの様子に再び首を傾げた。



「じゃあ、気を付けて帰ってくださいね、ですぜ!」

「はーい!」


 今にも吹き出しそうな顔をしたおばば様。

 仏頂面をした男の子は口を引き結んでむっすりとしている。


 リボンをつけたサキュバスの子は、来た時と同じようにミノタウロスのお兄さんと手を繋いで、緑色のドロップを口の中でカラコロさせながらみんなで帰って行く。


 どうしてかずっとプルプルと震えるおばば様と一緒に、エヴィは子どもたちが見えなくなるまで見送った。



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