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14 初めての代筆はラブレター・後編

 聞けば少年は、幼馴染の女の子に手紙を渡したいのだそうだ。


 女の子はもうすぐどこぞのお屋敷に奉公にあがるのだそうで、なかなか会えなくなってしまうのだそう。ひとつ違いでご近所さんのふたりは、小さい時からいつも一緒に過ごして来た。


 ところが女の子が住み込みで働くことが決まり、ふたりは離れ離れになってしまうらしい。


 いつからか女の子に好意を持っていた少年は、このままずっとふたりでいられると思っていただけに、大変ショックを受けた。


 しかし、彼女の新しい門出も応援したい。そして、自分の気持ちを知っておいてほしい――


「きっと離れたら俺のことなんて忘れてしまうと思う。年頃になって、職場の男と恋仲になって結婚してしまうかもしれない。でも、俺はこんなに好きだったと知っておいてほしいんです」


 少年は挑むようにエヴィを見た。


「そして。仕事はきっと大変なこともある筈だ。心が折れそうな辛い時、俺やふるさとを思い出してもらえるように手紙を渡しておきたいんです」


 いまだ幼い少女のよすがにということなのだろう。

 まだ子供だというのにしっかりした少年で、エヴィは是非とも協力したいと強く思った。


「……それなら、代筆ではなくてあなたが書きませんか? 私でよれば字をお教えしますよ?」


 きっと少年の言葉で、本人が書いた方が良いと思ったのだが。

 少年は首を振った。


「お互い読み書きが殆ど出来ないので……それに、出来れば綺麗な字で書かれたものを渡したいんです」

「…………」


 綺麗な文字かどうかよりも、真心がこもっているかどうかの方が大切ではないかと思うが。そうでもないのか判断がつかない。

 エヴィがおばば様を見ると、おばば様は横に首を振った。

 ――依頼者の希望を叶えるように、とのことだ。


「わかりました。それでは、幼馴染さんの読める文字は知っていますか?」

「自分の名前と、気に入っているものの名前とかかな……」


 好物や身の回りの名前などならわかるものもあるそうだ。

 そしてゆっくりと確認しながらなら文字を追うことが出来るとのこと。長い文章は読めないだろうということ。

 それは少年も同じらしい。

 近所の教会で開催される休日教室で教えてもらったのだそうだ。

 小さなふたりが並んで文字を学ぶところを想像し、微笑ましさに頬が緩んだ。


「なるほど……それでは、幼馴染さんの好きなものとあなたが好きなものを教えてくれますか?」

「俺の好きなものもですか?」


 怪訝そうな少年に、エヴィは頷いた。

「それから、幼馴染さんのお名前を教えてください」


 いつごろまでに書けばいいか確認すると、十日後に出発のため一週間くらいで仕上げてほしいとのことだった。


「では一週間後。もう一度こちらに来ていただいた方がいいですか? それともお家にお届けしますか?」

「俺が来ます」


 少年は、見送りに立ったエヴィとおばば様の方を、何度も何度も振り返りながら帰って行った。


******


「恋文ねえ。それってつまりラブレターってことだろ?」

 見計らったように山小屋へ帰って来た魔人は、疑わしそうな瞳でエヴィを見た。


「小難しい書類より厄介じゃねえか。」


 (恋を知らないであろう)エヴィに書けるのか、と言いたいらしい。

 確かに、とは思うが少年の気持ちが伝わるように手伝いたいという気持ちはある。あるどころか満々である。


「読み書きが不自由ってところも難しい度合いを上げている要因だねぇ」


 おばば様は仏頂面でエヴィの手元にあるメモをのぞき込んだ。

 少年から聞き出したあれこれが書き出されている。


「長い難しい文章は解り難いでしょうから、短くてわかり易いものにしたいと思っています、だぜい」


少年は繰り返し読むことを仮定していたので、手紙よりはカードの方がいいだろうかと考える。


 エヴィは久しぶりに実家から持って来た書類カバンを開いた。

 そこには綺麗なメッセージカードや可愛らしい便箋、封筒が収められている。町で気に入ったものを見つけた時に、少しずつ揃えているのだ。


 自分が同じ年頃だった時にはどんな絵柄が好きだったろうかと考えながら数枚を選び、その中から少年に選んでもらおうと思っている。


 エヴィは優しい指先で淡い色合いのカードを選び取ると、大事そうに両の手のひらに乗せては、折れや汚れがないかを丁寧に確認した。



*******

「これがいいと思います」


 一週間後、再び山小屋にやって来た少年が一枚のカードを指差す。

 嵩張らないように便箋も選択肢に入れ、使い古したテーブルの上に並べた。一枚一枚吟味するように見比べていた少年が示したのは夜空を描いたカードだった。絵の具が滲んだような色合いの、濃紺の空と可愛らしい星と月が描かれたそれ。

 エヴィは頷いては、丁寧にカードを引き寄せた。


「では、こちらに先程確認していただいたメッセージを書きますね」

「お願いします」

「……署名……プレゼントされた方がわかるように、お名前を書くのですが。そちらは自分で書きますか?」


 少年は少し考えて、大きく頷いた。

 エヴィは少年が必要以上に照れてへそを曲げないように薄く微笑むと、一文字一文字、丁寧に書いていった。



『君がすきなもの 夜空の星とまるい月

 雨上がりの虹 春のあまい風のかおり 一面の花畑


 僕がすきなもの 君と見た星空も曇り空も

 雨上がりに一緒に歩く小径 いつか見た夏の木立 花のような君の微笑み

 

 そしてエマ』



 少年――テオは、丁寧に自分の名前を書いた。けして綺麗とは言えないけれども、真心を込めて書いたのだと解かる文字だった。


******


「……本当に三百エーンでいいんですか?」


 蜜蠟で封をされた封筒を持った少年が、困惑したような顔で念を押した。


「はい。私信用の代筆はひと文字一エーンですので。カード代と代筆代合わせて三百エーンです」

「……それじゃあ」


 納得できないような顔をしながら、エヴィの手のひらに百エーン硬貨が三枚乗せられた。


「毎度ありがとうございます」

「俺の方こそ、ありがとうございました」


 エヴィは深々と頭を下げた。少年もおずおずとそれに倣う。

 扉の外に見送りに立ちながら、テオが見えなくなるまで見送った。


 部屋の中に戻れば、おばば様と人間に変身していた魔人が呆れたような顔でテーブルについていた。


「……何だか割に合わない商売だね」

「諸々込みで三百エーンって。安っいクッキーしか買えねぇだろ」

「カードが二百エーンのカードだったのです、だぜい」

「そういうこっちゃねぇよ」


 商業用の書類代筆や提出物などはもう少し高い設定にしてあるが、元々私用の手紙については出来る限り安い値段でと設定してあるのだ。

 文字の書けない人や目が不自由になったお年寄りなどが、大切な人や必要な伝言などをするのをお手伝いしたいから。


「儲けは商業用の書類で取るのでいいんです! ですぜ!」

 鼻息荒く意気込むエヴィを尻目に、おばば様と魔人は顔を見合わせた。


「そんな依頼が来るといいけどねぇ」

「まあとにかく。乾杯でもしようぜ」


 そう言うと何処からかワインの入ったグラスをふたつと、ソーダ水の入ったグラスを手渡しては、高く掲げる。


「代筆屋初仕事完了を祝して」

「「「カンパーイ!」」」


 合わせたグラスから鳴る軽快な音を合図に、ささやかなお祝いの始まりだ。


「なかなか良い手紙だったじゃねぇか!」

「本当にねぇ」

 魔人は、やるなぁとエヴィを揶揄いながら、二杯目のワインを継ぎ足した。



 少年がはたしてどんな顔でカードを渡し、少女が飛びついて喜んだかどうか。そして数年後に幼馴染のふたりがどうなるのかは、三人には与り知らぬことである。

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