13 薬草を調達します・前編
「ピクニックですか?」
「そうそう。せっかく近くに原っぱやら川やらがあるんだから、みんなでのんびり薬草摘みにでも行こうよ」
ハクがにこやかに言う。
まるで日課のように山小屋へやって来る彼であるが、今日も当たり前のように年季の入ったテーブルにつきながら微笑みを湛えている。
そして本日の彼の服装はいつもとは違い、濃茶色のトラウザーズのようなものを穿いていた。
聞けば、東の国とは違った場所にある遊牧民が着用する服なのだという。
この辺りでは珍しい民族衣装に、エヴィは興味津々であった。
飾り立てることにそれ程の興味はないが、それぞれの土地や国の文化が詰まった民族衣装というのは興味深い。
そんなエヴィの視線に気づいたハクは、袖を彼女の前に出して見せる。
「この上に着ているものも、もっと丈の長いものが多いんだよ。動き易いように短めにしてあるんだ」
造りなど着物にも似ているようではあるが、ハクの説明通り丈が短い上に刺繍などの差し方も違いがあるようだ。
刺繍やビーズなどで豪華に装飾が施されているものもあるそうだが、今日ハクが着ているものは梔子色のシンプルな装飾の少ないものである。
それにブーツを合わせ、非常に動き易そうな格好をしている。
……ふわふわのしっぽと、ピルピルと動く耳はいつも通りだ。
エヴィはついついそれらを目で追ってしまうのだが、ハクは面白そうに微笑んで、しっぽを左右に振っている。
「行くんだったらもっと早くにお言いよ」
渋い顔をするおばば様。
「別に急ぎの用はないんでしょう? じゃあ別にいいじゃない」
ハクは全く懲りないようで、口をVの字にして微笑んでいる。全くめげない鋼メンタルである。
「妖怪は気まぐれが多いな」
「みんなそんなもんじゃないのかな? マジメな妖怪とか破綻しているでしょ」
それどころか自分はかなり真面目で温厚であるというのがハクの持論だ。
魔人は全く悪びれないハクを嫌そうな顔で見ている。
「あるものを持って外で食べるだけで楽しいじゃない」
それは確かにと思う。
何だかんだで急ぐ用事もない面々は、特段珍しくもないものをバスケットに詰めて
ピクニックに出掛けることとなった。
「私、ピクニックするの初めてです!」
魔人の焼いたパンに、肉とチーズ、葉野菜を挟んだサンドイッチを大事そうに持っている。エヴィが大急ぎでバターを塗り、彩りよく具材を挟んだのだ。
「それじゃあ、景色の良い所があるといいね」
「はい!」
スキップしそうなほどに軽やかなエヴィの足どりを見て、三人はそれぞれに瞳を細める。
魔人やハクがいるため、万が一にも人に会わないようにと裏山――狭間の森の近くにある湖のほとりに陣取ることにした。
「うわぁ……凄い」
季節外れの花が咲き乱れ、沢山の蝶が会話でもするかのように舞っている。
奥には狭間の森が静かに佇んでいる。夕方のおどろおどろしい雰囲気は微塵もなく、豊かな濃い森の色合いが自然と景色に溶けこんでいた。
美しい里山の情景。
「この辺りならほとんど人が来ないだろうから、このままで大丈夫そうだね」
懐からスルスルと敷布を取り出すと、広げながらハクが魔人に訊ねる。
ハクも魔人も、人前に出る時はしっぽやら耳やら肌の色やらを魔法や妖術で変化させる必要があるからだ。……彼等にとって術をかけ続けて行動したところでどうってこともないのであろうが、リラックスが目的ならば掛けないで済むほうが良いのであろう。
それぞれがサラサラと何か唱えると、空間に切れ目が入り、容赦なく手を突っ込んでは飲み物やお菓子などを引っ張り出した。
空間魔法だ。
「……便利なのですわ、だぜい」
「だから言ったじゃないか」
おばば様と魔人が声掛けしてくれたにもかかわらず、サンドイッチを自分で持つことにしたのはエヴィなのであるが。
余りにも重いものや大きなものが出て来ると、解っていてもその利便性に舌を巻く。
「まあまあ。言い出しっぺだから、今日はお弁当を作って来たよ。東の国の食べ物なんだけど、エヴィは初めて食べるんじゃないかな?」
ハクは漆塗りの大きな箱……お重箱の蓋を開けた。
「うわぁ! 綺麗ですね……」
白い粒々としたものが三角形にかたどられ、一部に黒い海苔というものが巻かれている。
色々な野菜が煮込まれたものは『筑前煮』というらしい。花の形に飾り切りをされた人参がとても愛らしかった。
お出汁を一杯に含んだ黄色い卵焼きに、皮の紫色と実の黄色が目に染み入るようなサツマイモの艶煮には黒ゴマがアクセントにつけられている。
緑色の菜ものの和え物。
聞かなくてもわかる赤いラディッシュは甘酢漬けにされ、これまた綺麗な飾り切りが施されていた。
インゲン豆と人参が肉で巻かれた『八幡巻き』、丁寧にひき肉を混ぜてケシの実を丁寧につけたものと青のりが振りかけられたものが真っすぐに並んで切りそろえられている。
間隔をおいて散りばめられているのは、『手まり麩』という美しい遊具を模して造られた食品で、出汁を利かせた調味料で煮含められている。
そして黒い色合いの煮物がキリリとお弁当を引き締めているが、昆布という海藻を炊いたものだそうだ。
「東の国では『お弁当』を持って花見などに出掛けるんだよ」
「これ、ハク様が作ったのですか?」
もはや芸術品といっても良いくらいの美しさに、思わずため息が漏れた。
「そうだよ。東の国では普通だけどね」
「……普通……?」
(……これが????)
だとしたら、東の国の人々は全員料理人なのではないかと思うくらいなのだがと心の中でぼやく。同時に、東の国に生まれなくて良かったとも思う訳で。
エヴィは釈然としない気持ちで美しいお弁当を眺め呟く。
「口に合うといいんだけどね」
視線でどうぞと進めると、黙って覗き込んでいたいたおばば様と魔人が一目散に手を出した。白い三角形の食べ物――おにぎりを両手に掴んだ。そして凄い勢いで齧り付いている。
「ははは。フランソワーズと魔人はおにぎりが好きだよねぇ」
「東の国って言ったら『おにぎり』だろ」
「……それは言い過ぎだと思うけどね。他にも美味しいものは沢山あるよ」
ハクは苦笑いをしながらエヴィに取り皿を手渡す。
「この、薄茶色のものは何ですか?」
育った環境からか、異文化に興味があるエヴィが薄茶色の細長いものを指差した。
王城で、近隣諸国の人々との交流会などで様々なものを食してきた為、未知のものを食べることにも抵抗が少ない。
「これは『いなり寿司』だよ。油揚げという食品を甘辛く煮て、酢飯という味の付いたご飯を詰めたものだね」
親しみを持って『おいなりさん』とも言われるそうで、庶民的な食べ物だと説明された。
「東の国では、キツネは油揚げが好きだとされているんだよ」
おにぎり二つをあっという間に咀嚼したおばば様が追加で説明をしてくれる。
東の国には五穀豊穣や豊作祈願、商売繁盛などの神様を祀った神社――教会や祠のようなものがあるのだそうだ。その眷属であるのがキツネなのだが、いつしか神様と眷属が同一視されて、眷属であるキツネを信仰している人々も多いのだそう。
なので、キツネの好きだという油揚げを供えるという風習があるらしい。
守護獣であり眷属であるキツネの好きな油揚げと、お米の神様でもある稲荷神の名前が組み合わさって『おいなりさん』ということらしい。
「稲荷神社に関しては複数の神を祀ってて、色々入り組んでるから、ちゃんと説明すると長い話になるんだけどな。……まあ、諸説あるってヤツだな」
おにぎりを飲み込むように食べた魔人は、全てのおかずをひとつずつ皿に盛ると、遠慮なくモリモリと口に運んでいる。
「そうそう。実際、神格化しているキツネもいるからね」
ハクは取り箸でいなり寿司をはさみ、エヴィの皿に置いた。
「せっかくだから食べてみて」
本当は手で摘まむか、箸という食器を使うのだそうだが、慣れないと持ちにくいのでフォークを渡してくれた。
進められたまま口に運ぶ。
ひと口齧ると、じゅわっと甘くてしょっぱい煮汁が口いっぱいに広がり、豆とコクのある油の味がする「油揚げ」の味わい深い風味が。そして後から甘酸っぱい酢飯が口の中でほろりとほどけた。
「!!」
エヴィは碧色の瞳を丸くしながら咀嚼する。
初めての味だが、とても美味しい。色々な味が渾然一体となって、滋味深い味わいだ。
そして酢飯。甘酸っぱく味付けをされているが、噛めば噛むほどに甘味を感じる。
ハクは悪戯っぽく笑った。
「お口に合ったみたいだね。良かった」
エヴィはコクコクと頷きながらもぐもぐと口を動かした。
「凄い美味しいです!」
瞳をキラキラさせて褒めちぎるエヴィに、ハクは穏やかに頷いた。
「じゃあ、一杯食べてね。早くしないとふたりに食べられてしまうよ。私にはエヴィが作ったサンドイッチをくれる?」
「具を挟んだだけですけど……」
パンはいつもの如く魔人が焼いたのだ。
余りの違いに恥ずかしそうに言いながら手渡すが、きっと言わずともわかっているのだろう。
「いや、ちゃんと彩りよく挟めるようになっただろ」
「言わずともバターもちゃんと塗れてたじゃないか」
いつの間にかエヴィの挟んだサンドイッチにも手を伸ばしていたおばば様と魔人が、大きな口で齧りつきながら言った。




