11 煮込みますよ・後編
「時間の回路と火を消す回路が干渉しあってどーにもなんねえぞ!」
「がたがた煩いね! 間に遮断の魔法陣でも埋め込みなよ!」
「回路の間にあんなデッカい魔法陣を、どうやって埋めんだよ!」
先ずは紙に回路と魔法陣を書き出し、ああでもないこうでもないと話し合う。設計図だ。
お互い魔力も魔術も溢れんばかり、お得意中の得意であるため、出来上がった回路を刻んだり魔法陣を描くこと自体は問題ない。
例の如く隅から隅まで舐めるように入門書を読み込んだエヴィが、描かれた設計図を覗き込んだ。
「……まず、こことここの回路を整理したらいいのではないですか?」
物質に回路は刻めないが、紙にペンで書くことは出来る。
エヴィはサラサラとふたりが思っていたのとは違う回路を繋いで描いた。
「そして、火は火、時間は時間で整理して、カテゴリー分けした方がスッキリするかと。そうしたら遮断の魔法陣は最小限で済みますし、何なら親和性の高い回路同士を隣接させれば……」
「ちょ、ちょい待ったっ!」
「ゆっくり、ゆっくりだよっ!」
焦るふたりにおっとりと頷くと、入門書と設計図を見ながら頭の中で精査する。
「パズルみたいですね」
数式のように、規則性を持った回路や魔法陣は美しいとエヴィは頬を染める。
「楽しそうで何よりだが……なんか気持ち悪りぃな」
「こんな面倒くさいことが楽しいとか気が知れないねぇ」
ふたりは、散歩中、うっかりとゲジゲジに遭遇した時のような瞳でエヴィを見た。
「計算と一緒で、出来る限り簡略化したほうがいいんですね」
物事はそぎ落とした方が動き易いのは道理である。
「その簡略化が難しいんだけどな、普通」
「入門書を読んだだけで、大物の魔道具を作れるだけの回路を作れる人間なんて居やしないよ」
魔力さえあれば、大魔法使いにでもなれただろうに。
本人も多分やる気はあるだけに、勿体ないことである。
そうして一週間ほど費やし、設計図が完成した。
……あっさり略したが、筆舌に尽くしがたい作業の連続であったことだけは言っておきたいと思う。
「これ、多分トンデモねぇ魔力消費すんな」
「魔石の塊でもくっつけとくかい?」
魔道具はその名の通り、魔力で動く道具である。魔力のあるものが魔力を補充するか、魔石をはめ込んで動力とするかの二択である。
時折両方の合わせ技を使った道具もなくはない。非常に魔力を食う魔道具か、万が一にも魔力切れを起こしたくないかの場合だ。
一応消費魔力を少なくするようにと注意しながら制作したが……したが……
「それなら、消費削減の研究をしますか?」
「もう設計図は沢山だよ! 魔人とアタシの魔力を垂れ流した方がマシだよ!」
おばば様が嫌そうに叫んだ。
設計図を作成中に、魔道具作り中級編・上級編・応用編を譲り受けたエヴィはこれまた舐めるように読み込んでいた訳で。
なんやかんやで二日ほどかけて消費削減をする為の回路をくっつけた。
凝り性な上に効率的を心情とするエヴィは、スッキリした表情で満足気に設計図を見た。
「……そういえば、最近ハク様を見ませんね」
「ああ。そう言やあ、何だか魔王にバレたから挨拶に行くとかなんとか言っていたねぇ」
魔王。
さらりと出た言葉に、エヴィは碧色の瞳を瞬かせた。
「……魔王、が、いるのですか……?」
「はあ? ハーピーのガキとか、豚の親父とかここに来てんだろ。そんなら魔王も居んだろ」
事もなげな魔人の様子に、エヴィは大いに首を傾げる。
「そ、そういうものなんでしょうかね?」
「イケすかねぇ狐野郎にクソ生意気な魔王か」
ゲンナリしたように魔人が首を振る。
「ガキって言っても、十万歳超えてるけどねぇ」
「十万歳!?」
お爺さんもお爺さん、ミイラか骸骨かではないかとエヴィは思う。
「そんな事よりも、鉄板やら石やらに刻んでたら埒が明かないよ。火竜の骨を削っておくれ」
おばば様が魔法で自室の扉を開けると、凄い勢いで大きな骨が魔人めがけて飛んでくる。
「あっぶねぇな!」
危うく尖がっている部分に串刺しにされそうになりながら、魔人は大きな骨をキャッチする。小声でぼやきながらも、文句を言っても時間の無駄と、口を尖らせながら魔法で削り出す。
「アタシゃ、サラマンダーの鱗を粉にでもするかね」
どっこいしょ、といいながら思い腰を上げると、メラメラと揺らいで見える鱗をすり鉢に入れ、ゴリゴリとすり潰し始めた。
魔道具作りは色々な方法があるらしい。
まず道具と魔道具の違いは、その名の通り魔力(魔石)を動力としたり、魔術で作った回路などによって動くものであるかだ。
道具に魔法を付与し、使い易くしたりパワーアップさせたものが魔道具である。
普通の皿は食器の『道具』だが、割れにくくする為に魔法が付与されている皿は『魔道具』に分類されることになる。
割れにくくする方法も、硬化の魔法を付与するのか、防御の魔法を付与するのか……制作者の得手不得手だったりコストの問題だったりと様々だ。
付与した魔法を効率よく動かすための仕組みや道筋を『回路』といい、その名の通り、道のような模様となって目に見える。
これは魔力を持った人が魔術で作る技というか、技術なのだそうだ。
魔道具によってはそれを補助するための魔法陣も用いられる。回路を更に強化したり、魔力が干渉しあって上手く作動しない場合にカバーする役目などもあるそうだ。
魔道具の特性――火を扱うものなら火の属性の力のあるもの――例えば火属性の魔石や魔力を持つ存在の髪や爪、骨といった素材を使ってより効率的に回路が働くように組み込んだりくっつけたり。時にはそのまま素材で道具を作ったりもする。
勿論素材にもランクがあるのだそう。
なので道具そのものに回路を付け、特性を付与するために素材をくっつけるもの。
魔石に回路を組み込むもの。
素材と言われる魔物や妖精・精霊の力のこもったあれこれを贅沢に使用するものなどなど……魔道具の内容や金額、作り手といった要因によって、それこそ千差万別なのである。
高度な魔道具は、強力な素材そのものを材料にするのだと本にも書いてあった。性能が間に合わないからなのだろう。
「はわわわわ~!」
火竜にサラマンダーと言いながら、エヴィは観察しようと顔をくっつける。
「火傷したら危ないよ!」
嫌そうな顔をしたおばば様にどやされた。
こうしてさらに数日掛け、『自動安全かまど』は完成した。
……おばば様と魔人は大の字になって無言で天井を見つめていた。
おばば様と魔人の多大なる努力と魔力の上に出来上がったのだと、涙・涙のお話しである




