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29 それは果たして本物なのか

 あまりの変わりように、念のためこっそりと真実判別の魔法を使ってみたおばば様だが、嘘偽りなく本心からの言葉であった。


 思わぬ副産物ということなのだろうか。全員がキツネに摘ままれたような表情でクリストファーを見た。


「……ここでのことや今回のことをしゃべられると困るから、悪いけど記憶を消させてもらうよ」


 取り敢えず今現在のクリストファーはまともであるが、またいつ元に戻るか解らない。そう考えたおばば様が仏頂面で告げると、クリストファーは王子らしく胸に手を当てて静かに礼をとる。


「御心配はごもっともなのですが、それには及びません。私は今までのことを忘れてはいけないと思います……心に刻み付け、常に浅慮を省みながら生きて行かねばならぬと思っております。誓って誰にも公言はいたしません、どうか……」


 うるうるとした瞳でおばば様だけでなく、魔人やハクを見遣る。

 絆されはしないがドン引いてはいる面々が、何とも言えない表情で思案した。


「……じゃあ、人に話したり邪な気持ちが戻ったら今回の記憶が消える魔法をかけさせてもらうよ」


 元のクリストファーを垣間見た身としては頭から信じる気にはなれず、万が一に備えて保険をかけることにした。

 にもかかわらず。クリストファーはいたく感謝しておばば様の手を取る。


「わかりました。私の意を汲んでくださり、我儘をお聞き届けいただきありがとうございます」


 目に前にいる人間はいったい誰なのか。


(……浄化魔法、恐るべしですわ)

 全員がエヴィと同じことを心の中で思ったのは間違いなかった。



 思ったよりも体力が落ちていないことと、留学先の人々をこれ以上心配させるといけないということで、クリストファーは留学先に帰ることとなった。


「シャトレ嬢の人生の幸運を祈っています。……私が言えた義理ではないが、どうかお幸せに」


 クリストファーが礼をとる。

 ……あのクリストファーがエヴィの幸せを祈って別れの挨拶をしているのである。


「殿下も、どうそお身体にお気をつけてお過ごしくださいませ」


 久しぶりに淑女らしく、丁寧に淑女の礼を返した。

 馬車で返すのも心配な為、おばば様が転移魔法陣を描く。


 初めての魔法陣に驚きながら見入っていたクリストファーであったが、丁寧に礼を言っては、魔法陣の中に消えていった。

 魔法陣の消えた空間を見つめながら、魔人がポツリと呟く。


「……まるで人が違っちまったな?」

「本当だねぇ」

「思ってもみない効果というか副作用というか……もしかすると、悪い彼はベリアルと一緒に消え去って、もうあれは違う彼なのかもしれないね」


 ハクが感想を述べる。


(今後大変でしょうが、頑張ってくださいませ)


 エヴィはかつての婚約者に、心からエールを送った。


******


 一方その頃。クリストファーの留学先の寮の一室で、消えてしまった主を心配していた従者が頭を抱えていた。


(どこを捜してもいらっしゃらない……いったいどこへ行ってしまわれたんだ……)


 クリストファーを最後に見たあの日。

 床に倒れ込んでいた従者であったが、気が付いてからは慌ててクリストファーを捜しまわっていたのだが。


 ……しかし、どんなに捜しても見つけることは出来ず途方に暮れていた。


 体調不良ということで周囲には通しているが、ばれるのは時間の問題であろう。自分の意志で出て行ったに違いはないだろうが、捜索願を出した方がいいのか、国際問題にならないかとヒヤヒヤを通り越してパンク寸前であった。


 頭を抱えて思案していると、視界の端が明るく光った。

 不審に思った従者が顔を上げると、いきなり部屋のなかに現れた魔法陣の中からクリストファーが姿を現したではないか。


 従者は瞳をこれでもかと瞠り、フラフラとクリストファーの方へ歩み寄る。


「……で、殿下!? 今までどこへ……いえ、ご無事なのですかっ!?」


 思わず責めるような口調で詰め寄ってしまい、しまったと思ったが。


「ああ、無事だよ。心配をかけてしまい、本当にすまなかったね」

「へっ……?」


 どやされると思った従者は肩透かしを食らったような顔で、穏やかに微笑むクリストファーを見た。


 そこには妬みや嫉妬が全て抜け落ちた、綺麗な王子様が立っていた。

お読みいただきましてありがとうございます。


次回にて本編は終了予定となります。

少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。

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