27 浄化と変化・後編
「最初は怖がっていた町の人たちも、最後はお礼を言ってくれてさ。今度来たら奢るとか言ってもらえたりして、何だかねぇ」
旅の一座の踊り子が、照れたように茶化した。しかし表情は清々しく喜びに満ちているように感じる。
加えて、町で一緒に防護壁を張った魔法使いや魔術師たちとはすっかり打ち解けたようであった。元々普通の人々に比べて魔獣やら魔族やらを見ることが多い職種であるため、魔族に対して拒否反応などはない。
鱗が欲しいと言われて若干引いていたが、気の良い踊り子は剝けたらあげると約束してやり、変わった素材収集が趣味の魔術師はルンルンで念押しをしていた。
「そりゃ、全員と解り合えるとか受け入れてもらえるとか甘いことは考えてないけど。このまま当たり前にいい関係を続けて行けば、魔王様がいう通り、いつか交流を持つ事も出来るのかもしれないね」
踊り子の話を柔らかい表情で聞いていたルシファーは、何も言わずにビックボアのサンドイッチを食べている。
「……きっと、近い未来にやって来ますよ、ですぜ!」
「そうかな?」
エヴィの言葉に首を傾げながら応える。
「……そうだといいね」
「はい!」
ふたりはにっこりと笑い合う。
庭先のあちらこちらで同じような話がやり取りされていた。
アロンは賑やかに笑い、シモンはジタバタするマンドラゴラを掴んでは矯めつ眇めつ観察をし、アビゲイルはそんなこんなな人々を見ながら苦笑いをしている。
おばば様は相変わらず仏頂面で、魔人はうるさいアロンをどやしつけていた。
「ユニコーンさんもフェンリルさんも、お疲れ様でした」
近くを通りかかった二頭にねぎらいの言葉を掛ける。
「ブフフン! フンフン!」
『……久々に気持ちが悪いぞ』
褒められて鼻息をバフンバフンさせるユニコーンに、フェンリルが容赦ない言葉を掛ける。その横をタマムシと精霊とサラマンダーが追いかけっこをしながら飛んで行った。
「取り敢えずはいつも通りの日常だね?」
ハクが、エヴィ達が心配で狭間の森からついて来た子ギツネを撫でながら穏やかに微笑んだ。ふわふわのしっぽが左右に揺れ、白い耳も相変わらず柔らかそうだ。
(本当に良かった、ですぜ)
野営飯の会は夕陽が沈むまで続けられた。
陽が沈む頃に魔塔の人間は次々と転移魔法陣の中に消えて行き、人間界に暮らす魔族たちは再び元の生活に戻って行った。動物たちは山へと帰って行く。
すっかり元の姿に戻ったルシファーが、心配そうに尋ねた。
「……エヴィ、途中で通行証が魔法陣に吸収されたと思うが。体調など問題ないか?」
「はい。元気です」
全く問題ないというように力こぶを作る格好をしたエヴィを見て、ホッとした表情をした。
だが完全には表情が晴れない。
「何か気になることでもあるのかい?」
「……いや……」
エヴィは自由自在に魔術を使える程の魔力を持たないため、大魔法使いたちと違って自らを守る魔術を使うことは出来ない。周囲におばば様を始め魔人やハク、聖獣たちがいるので彼らがカバーをすることが出来るが、咄嗟の場合には難しいこともあるだろう。
力が強い者の近くには危険が付きまとう。よってその為に反射魔法をかけてある通行証を持たせていたのであるが。
「まさか、石が魔法陣に吸収されるとは思わなかったからな」
「そのくらいギリギリだったってこったね」
おばば様の言葉に頷く。大陸全土に浄化と癒しを行き渡るような大魔法だ。一番重大な浄化と癒しの力がほぼほぼ欠如に近い状態で、である。
聖女役(?)のおばば様の負担は尋常ではなかったであろうと推測される。
エヴィの真剣な祈りが通行証と呼応し、大魔法使いたちをサポートするために使われたのであろう。
心配したルシファーが、今もエヴィに反射魔法をかけている。
どれだけ過保護なんだと言われそうであるが、心配は尽きない。
「ベリアルが最後、消える時に笑ったように見えた」
全員が顔を見合わせる。
「……消えるまでずっと防護壁を張ってただろう」
何か引っかかるらしいルシファーの様子を感じて、おばば様が確認する。
魔人も加わって魔法陣を起動する間、ベリアルからの猛攻を守っていたのは、ルシファーの防護壁だ。守られていた彼らが一番よく解っている。
「そうなのだが……」
「こっちでも奴の放つ瘴気から守るために、エヴィの周りを防護壁で包んでいたしね。変な感じはしなかったけどね」
アビゲイルの言葉にアロンとシモンも頷く。とはいえ魔王であるルシファーの言葉を無視することが出来ず、魔法でエヴィの身体の中を確認をしたようであった。
「僕らと一緒に『何でも浄化しちゃう水』も浴びてたよ。……仮に消える寸前のベリアルが何かしたとしても、そう心配するほどのことはないんじゃないかなぁ」
仮に瘴気を浴びたとしても浄化されてしまうということを言いたいらしい。
「瘴気が消えて防護壁を外した時から、アンタが反射魔法をかけるまでの間になんかしたっていうのか?」
魔人が腕組をする。そして、
「……時間差で発動するような魔法を、消える寸前の奴がかけれるか、だな」
「ただの杞憂だといいのだが」
ベリアルが人間との共存を望むルシファーを憎んでいたことは明白である。そして人間を蔑んでいることも解り切っていた。自分に楯突く大魔法使いたちも気に入らなかったであろう。
そんな者たちに一番ダメージを与えられる方法は?
(みんなに気に入られ、かつ一番力の弱いエヴィにしわ寄せが行かなければいいが……)
大丈夫な理由を幾つ重ねてみても、なぜかルシファーの引っ掛かりが消えることはなかった。




