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27 浄化と変化・前編

「……終わったね」

 アビゲイルが呟く。


「はい」


 空に大きく広がった魔法陣が消えていく。七色の光の残渣がきらめきながら大陸の至る所に溶けてゆく。

 同時に『何でも浄化しちゃう水』が光を通し多数の虹を作り出した。


 暫し全員で眩い空を見つめた。


「……大丈夫かよ?」

 ややあってから、気遣わし気な魔人がぶっきらぼうにおばば様を窺う。


「大丈夫なわけがあるかい! 途中で寿命が尽きるかと思ったよ……まさかこの年になって、こんな無茶をさせられるとは思わなかったよ!」

 おばば様がいつもの調子でぼやく。元気そうだ。


「もう魔力がスッカスカだよ! ご飯! 美味しいご飯が食べたい!」

 アロンが駄々をこねるように声を絞り出して笑いを誘った。


「しっかし、頭の上で爆風がドッカンドッカンしてるのにはヒヤヒヤしたね」

「鋭利な氷の刃が壁を突き抜けてきそうでハラハラしましたね」


 アビゲイルとシモンが全くだと言わんばかりに頷きながら語り合う。


 近くの街からは、役目を終えた魔法使いたちがホウキに乗って飛んでくるのが見える。その下を一緒に町を守るために尽力した魔族たちが馬車で追いかける。


「おーい!」


 同時に狭間の森の方向からは、ハク達が手を振りながら帰ってくるのが見えた。

 そして上空からはクリストファーを抱えたルシファーが、金の髪を風に靡かせながら飛んで戻って来る。


 ******


「つーか、なんで魔法陣を張った人員なのに俺が飯を用意しなくちゃならねぇんだよ!」


 ピンクのエプロンをした魔人が、またもブツブツと文句を言っている。

 あまりにも大所帯なため、庭先でガーデンパーティーならぬ野営飯だ。


お揃いのエプロンをつけたユニコーンとフェンリル、マンドラゴラが皿を順番に運んでいる。


 土魔法が得意なシモンが疲れているにも拘わらず、土塊で椅子やテーブルを作ってくれた。その上に貯め込んでいたお菓子やらパンやら前菜やらをアイテムボックスから出しては、皿に盛りつてけて並べた。


 更には発酵しなくても混ぜて焼くだけのスコーンを、かつてカチンコチンクッキーを量産するために使っていた竈で焼いていた。


 意外にも料理が得意だというアビゲイルが、自分のアイテムボックスからビックボアを取り出して、豪快に丸焼きにしている。


「……料理?」


 おばば様と魔人が疑問を呈す。

 なかなかの豪快さに、全員が引いているのはご愛敬である。


「いやあね、北の山を歩いてたら珍しく遭遇してねぇ。ひとりで食べきれないから取っておいたのよ」


 オホホホホと誤魔化し笑いをしながら、焼けたところから器用に削ぎ切りにしては皿に盛りつけていく。ドン引きながらも食料をゲットすべく魔塔の人間が列をなしているのが面白い。


 ハクもすぐ食べられるようにと、ふわふわの卵が浮いたスープを作ってくれた。他には細かく切ったネギと、春雨という透明でツルツルしたもの、ワカメという海藻が入っている。春雨とワカメはカラカラで保存してあり、水で戻してからスープに入れ煮込むと、あっという間に柔らかくなった。『かきたまスープ』というらしい。


 春とはいえ寒くないように、周囲を楽しそうにサラマンダーが追いかけっこをするように飛び回っていた。


「私は魔塔へ帰ります。多分各国から問い合わせが来ているでしょうからね……」

 マーリンが名残惜しそうにテーブルを横目で見ながら言う。


「僕も帰るよ」

 フラメルが怠そうに立ち上がる。


「それには及びません。あれだけの魔法陣を発動させたのですからお疲れでしょう。どうぞゆっくりお休みください」

「いや。煩いお偉方の対応をひとりでするのは大変でしょ。当事者がいた方がいいからね」


 何だかんだで世話焼きなフラメルは、ひとり対応に追われる後輩が不憫で手伝うことにしたのだ。


「せめてこれを……」


 近づいて来たエヴィは、ふたりにカチンコチンクッキーを渡した。栄養補助食品である。

 温かな料理と、もそもそ・カチカチの非常食との差が酷い。(しかし栄養はある)


「…………。……ありがとう」


 長い沈黙の後、マーリンとフラメルが横目で見ながら、不本意そうな顔で礼を言った。


「こちらこそ、改良しきれてない魔法陣を発動して下さってありがとうございました。マーリン様も、町の人々を守ってくださってありがとうございます」


 エヴィはペコリと頭を下げた。顔見知りも多くなった町の人は、大切な隣人である。


「いや。それが我々の仕事ですからね。エヴィ嬢もご協力ありがとうございました」

 マーリンがそう言ってエヴィを労う。


「それにしてもあのままだとヤバいから、早いところ魔法陣を改良してほしいんだけど」


 フラメルがため息まじりに懇願する。自分がしろと言われそうであるが……どう考えてもエヴィの方が適任なため、ある種彼女を一人前として認めるフラメルなりの叱咤激励である。


 暫くは浄化の魔力も癒しの魔力も大陸中に満ちていることだろう。

 だがしかし、いつ何時事件が起こらないとも限らないのが現実というもの。……どういう訳か、最近やたらと忙しいのは気のせいなのだろうかと思うマーリンとフラメルなのであった。


「善処します!」


 エヴィが眉をキッとあげて頷いた。そんなエヴィを見ては再び苦笑いをしたふたりは、全員に暇を告げて転移魔法陣の中に消えていった。



「動物たちは大丈夫だったか」

「うん。狭間の森も、魔界の結界も問題なかったよ」


 ハクが温かなスープをルシファーに手渡す。言いながら互いの無事を確認し合う。


「それならば良かった」

「君は元に戻っちゃってるね」


 ハクが金の髪と蒼い目を指す。


「……ああ。浄化と癒しの光と雨を受けたからだろう」


 元々は天界の住人であったルシファーは、ある時魔界の王となった。

 強すぎる聖なる力は魔界や魔族には不適合であるため、奥深くに封印されている。


「新しい聖女が現れたのかと大騒ぎだろうなぁ」


 自国、ひいては大陸全体の安全と発展のために、聖女の再来は人々の強い願いである。

 ハクとルシファーはおばば様とエヴィを見た。


「……残念ながらそう上手くはいかないものだ。まあ、それを収めるためにふたりが帰ったんだろうからな」


 大陸に聖女はいない。

 沢山の存在によって浄化と癒しに満ちた大地と空気が、春の光を受けて生き生きとあるだけである。 

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