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26 大陸中で

 とある国では、いきなり現れた突風のような黒い竜巻によって畑や村里に甚大な被害が生じていた。

 強い風が樹々や家屋を巻き上げたばかりか落下し、瓦礫の山と化していた。更にどういう訳か農作物が立ち枯れてしまっていたのである。


 ――ベリアルの放つ瘴気による被害であるのだが、そんな事など知る由もない。あっという間の出来事に人々は混乱状態となっていた。



「陛下! 伝令が参りました」


 被害があった国の王様のもとに早馬にて報せがきた。

 緊急事態が発生し、国王と大臣たちが会議室で顔を突き合わせている最中だ。


 情報の収集と被害への対応を協議するため、伝令はすぐさま受けるようにと指示していた。

 焦るように小走りで入室する騎士に、国王も大臣も悪い知らせを予感し、緊張が走る。


「申し上げます! 空に大きな魔法陣が現れ、それからすぐに農作物が蘇りました!」


 喜色を浮かばせる騎士の様子に、一瞬、何を言われているのか解らなくなり、会議室に沈黙が流れる。


「また、霧雨のようなものが降り始めたところ、その雨に打たれた怪我人の怪我が次々と治癒しております!」

「なっ!? ……それは誠か?」


 混乱のまま、取り敢えず疑問を発した国王に騎士は大きく頷く。


「誠にございます!」


 おお、とか、ああ、といった感嘆の声があちらこちらから漏れる。


 とても考えられない不思議なことであるが、考えられることは魔法――聖女の浄化と癒しの魔法であろう。


(聖女様が亡くなり数十年……浄化の力が弱まっていると感じていたが)


 いよいよ土地の実りも以前より薄くなって来たかと囁かれていた昨今。


 国王は立ち上がると、締め切ったカーテンを自ら開けて窓の外を見た。暗かった部屋に陽の光が差し込み、同時に七色に光を纏う広大な大きさの魔法陣が空に浮かんでいた。


「あれは……大魔法使いと聖女様か?」


 震える声が小さく漏れる。そのまま窓を開きバルコニーに出ると、神々しい魔法陣に王が膝を折り、祈りと感謝を捧げる。


「奇跡だ……」


 大臣たちも後に続くように立ち上がり王の後ろに膝をつく。中には自分の領地が甚大な被害を受けた者もおり、深く感謝の祈りを捧げていたのであった。


 同じようなことが幾つかの国と地域で確認された。


 更に不思議なことだが、雨を受けた者の中には怪我だけではなく、身体の不調や病気が治癒したという者まで現れたのであった。


******


 広い大陸の中では、今の今までそんな騒動があったことなど知らない国の人間もいた。

 いきなり現れた美しい魔法陣に驚く人々が溢れていた。


 そして、ルーカスとマリアンヌの結婚式の空にも大きな魔法陣が広がっていた。

 公爵夫人が整えた美しい庭の、チャペルで結婚式を執り行っていたふたりに、魔法陣の七色の光と雨が降り注いでいるかのように感じられた。


「……これは……」


 公爵家の庭で行われている、盛大でありながらも温かみのある結婚式の最中。

 おめでたい雰囲気も手伝って、出席者たちが興奮気味に言葉を掛け合っていた。


「吉兆でしょうか」

「天も祝福されておられるのか」


 続けて、優しく暖かな慈雨が降り注ぐ。本来なら雨宿りに急いで屋敷の中に走りこむ筈が、あまりにも優しく包み込むような雨であったため、誰もその場から動かず空を見上げていた。


 キラキラと雨を受けて露が光る。汚れたものが全て洗わたような、皮がむけたような感じだ。

 緑と花が溢れる公爵家の庭で、ルーカスとマリアンヌも手を取り合いながら空を見上げている。

 そして、美しく清楚に花嫁衣裳を纏ったマリアンヌがぽつりと呟いた。


「……アドリーヌ様でしょうか」


 確信に満ちたように呟く花嫁に、花婿であるルーカスが優しい笑みを湛えながら頷いた。


「きっと、そうかもしれませんね」


 ふたりして、薬師にして魔法使いという師匠に弟子入りしているという友人の顔を思い浮かべる。

(この優しい気配は、アドリーヌ様に違いないわ)


 文字にも個人で特徴があるように、魔法陣や魔法にも、作り手や施術者の個性が現れると言われている。

 もちろんマリアンヌに魔法の詳しい知識があるわけではないが、そう確信して空を見上げた。



「あなた……!?」

 戸惑うような信じられないというような公爵夫人の震える声が聞こえて来る。


 見れば、身体が衰弱し車いすに座っていた公爵が背筋を伸ばして、自らの意志の通りスムーズに開閉する手のひらをみつめていた。


「身体が動く……?」

「……父上……!」

 ルーカスが驚いて走り寄って行く。


「おお」

 奇跡だ、と誰かが言った。


(奇跡……)


 マリアンヌは両親を抱きかかえ、喜びと安堵が混じり合った夫の顔を見て小さく息を吐いた。自然と涙が浮かんで来て、慌てて目じりを拭う。


 いきなり父が体調を崩し、領政全てを取り仕切るようになったルーカスの苦労を間近で見て来た。また夫である公爵に訪れたいきなりの不幸に、大層心配すると共に看病と治療法を求め何人もの医師のもとを訪ねた公爵夫人の心労も良く知っている。


 よかった。心底そう思う。


(ありがとうございます、アドリーヌ様。そして魔法使い様)


 マリアンヌは手のひらを組み、感謝の祈りを捧げた。


(アドリーヌ様も、どうかお幸せでありますように……!)


 やがて雨が止み、空に大きな虹がかかる。

 そして大陸の端から端まで行き渡った魔法陣は、ゆっくりと解けるように消えていった。

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