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25 浄化

遅くなりまして申し訳ございませんでした!

「攻撃を中途半端に躱さず、ぶつかって来い!」


 ベリアルは火焔砲だけでなく、鋭い氷の刃も交互に繰り出してルシファーを攻め立てる。

 今も黒煙を上げながら目の前に迫りくる大きな火の玉を、水魔法で消化しながら打ち砕く。


 ベリアルとルシファーが遥か上空で激しい戦闘を繰り広げていた。


(……意外にも強いな)

 ルシファーがそう心の中で呟きながらベリアルを見た。


 人も魔族も、心の闇というものは深く大きくなり易い。消えゆく寸前だったベリアルは先々で悪意や悲しみ、怒りなどを吸収し、かなり強くなっていた。

 それらの感情はこれほどにも急速に成長するものなのだと改めて思う。


「魔王が、何を逃げ惑っておる!」

 焦れたベリアルが唸るように吐き捨てる。


 誤って攻撃がエヴィや大魔法使いたちのところへ飛んで行かないよう、足元に防護壁を張りながらの時間稼ぎだ。

 思いっきりぶつかってしまえるのなら話は簡単なのだが、同化で多少強化されているだろうとはいえ人間の肉体である。壊れてしまっては元も子もない。


(いっそのこと、縛り付けるか?)


 あまりのうるささにそんな考えも過るが、力を削いでからでないと無理やりにでも拘束を引きちぎろうとして筋肉を壊してしまいかねない。

 


 思ったその時、大きな魔力の増幅を感じた。そしてほぼ同時に七色に光る魔法陣が発動し、大きく上空に広がって行く。


 ホッとした表情を浮かべたルシファーとは対照的に、怪訝な顔をしたベリアルが憎々し気に舌打ちをした。


「……どこまでも貴様は人間どもの味方なのか! この裏切り者が!」

「共生・共存という言葉を知らんのか? そんな考えの魔族ばかりだったからここまで決裂することになったのだ」


 過去の苦々しい人間と魔族の戦いを思い起こし、ルシファーが唇を引き結んだ。


「うるさい! 強いものが弱いものを駆逐して何が悪いというのだ」

「そんなことをしては共倒れだというのだ。自然界を見て見ろ。弱いからと言って全て食べ尽くしてしまえば、結果、自分たちはもちろん全体に影響が出るのだ」

「……詭弁はいい」

「魔族は魔物でも魔獣でもないのだ。理性も情もある、同じ生き物だ」


 ふたりが言葉を交わす間にも魔法陣はどんどん広がっていく。同時に、周囲の瘴気が薄まり周囲に充満していた淀みが消えていくのを感じる。


 世界が清浄な空気に満たされ、浄化と癒しの力が満ちて行くのをひしひしと感じられた。


「…………」


 ふと黙り込むベリアルを見遣る。何も言わずに動かずにいる。


(瘴気の塊ともいえるからな、浄化の魔力が満ちて苦しいのか……)


 これなら大丈夫だろうと踏んだルシファーは、魔力の鎖を顕在させてじっと固まるべアリルを縛り上げる。


「……貴様……本当に、魔族にあらぬ外道めが!」


 先ほどまでに比べれば勢いの弱まった声で吐き捨てた。


「罪もないものたちを痛めつけようとする者のほうが外道であろう? 元の関係に戻るため、信頼を構築するために試行錯誤している魔族たちの邪魔をするな」

「クソが!」

「何とでも言え。元々お前は初代の勇者と聖女に封印された、失われた過去の遺物だ」


 ふわりと包み込むような、暖かな雨が降り注ぐ。


「……ぐっ、がぁぁぁぁぁっ!」


 途端、苦しそうに藻掻き出す。雨に濡れたところから黒い煙が立ち上り、腐臭を漂わせながら激しく首を振った。

 雨に打たれるルシファーも、塗り替わるかのように金の髪と蒼い目に変わっていく。


「魔族は魔物ではない。癒しは魔族にとっても癒しでしかない。そんなに苦しみ悶えるお前は大悪魔ではなく、ただの負の瘴気を貪る魔物に成り下がったのだ」

「なぜだ……っ! 聖女め!」


 言葉にならない恨みつらみを吐きながら、悶えるベリアルの遅すぎた最後をルシファーは静かに見守った。


 途中で、ベリアルに殺められたのだろう者たちの姿がクリストファーの身体から抜け出て行くのが見える。

 苦痛はすべて癒されたのだろうか。穏やかな表情をした者たちは浄化と癒しを受け、次々と静かに天に昇って行くのが見えた。


 死には、たとえ魔王とて干渉出来ない。

 正確には死者を蘇らせることは不可能であるが正しいのだが。


(……人を殺めた罰は重いな……)


 癒しの雨にどんどん解けていくかのように頽れながら、断末魔の叫び声をあげた。


 そしてベリアルは、最後に口の中で詠唱し呪いをかける。


(ただの人間には解らないであろう、長い長い孤独という呪いを……!)


 消える寸前にほんの一滴、誰にも気づかれないままエヴィに注がれた。




 全ての瘴気が消え去った後、力なく倒れ込んだクリストファーが落下しそうになり、素早く近づいたルシファーが支える。


「…………」


 もう一度空を見上げ、ちょっと違和感というか気がかりというか。引っ掛かりを感じつつも、取り敢えずみんなの元へ向かうことにした。

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