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24 祈り

 マーリンは自分たちの頭上をあっという間に覆いつくしていく虹色の魔法陣を見上げた。

 町の人々も窓から見える美しい光景にひとりふたりと外へ出ては、山の麓のほうからたなびくように流れる光をただただ見上げている。


 思わず見入ってしまう程に美しいそれであったが、マーリンは防護壁を消してタクトを握った。


「皆さん、魔力の応援を!」


 やはり空を見上げていた魔法使いと魔術師たちがタクトを取り出した。

 簡単な魔法や熟練した魔法を行うのに無詠唱が可能なように、よく知る魔法は素手で対応可能であるが、集中したい場合や難しいものの場合はタクトや杖を使った方がいい。


 魔塔の人間であれば知っている、大陸を守護する魔法陣。

 それを浄化と治癒に特化して改良した魔法陣だ。少ない聖魔力(主に聖女の遺髪などに残る力)を、他の五位の大魔法使いたちの力を借りて最大限に活かす魔法陣だ。


 水で洗えば汚れが落ちるように、他の魔力にも浄化や癒しに似た側面を持つ特色がある。それを利用して作られている。


 ……とはいえ省魔力化などの辺りがまだまだ改良途中なため、効率が悪く燃費も悪い代物なのだ。


「……あれを発動させたのか……」

 魔法使いが小さな声で漏らす。


「正気の沙汰じゃないな」

 隣の魔術師が引き気味に言った。


「大魔法使いに比べれば、まるで蟻んこのような魔力でしょうが」

「東の方のどっかの国では、『苔の一念岩をも通す』って言うらしいですからね!」

「苔……? なんか違うんじゃないか? どこぞの国の宗教用語だった気が」

 本の虫と呼ばれる魔術師が首を傾げた。

「『塵も積もれば山となる』だろ?」

「……間違ってはいないが、さっきのとは違うな」


 魔法たちは言いたいことを言いながらも、防護壁を張っていた先程とは違い、どこか柔らかな雰囲気を感じさせた。


 旅の一座の踊り子を始め、多くの魔族も優しく降りしきる雨を見上げた。

 冷たい筈なのに、どこか暖かくすら感じるのは、大陸中の生けるものを守り慈しもうという大魔法使いたちの心意気を感じるからなのだろうか。


 魔族たちは誰からともなく祈り始めた。祈りに魔力を乗せて、空高くに広がる魔法陣へ届くようにと。


 そしてそれを見ていた人々も、同じように心を込めて、感謝の気持ちを込めて祈る。

 


 また遠くの街や村でも、いきなり空に現れた神々しいまでの魔法陣に向かって膝を折り、誰かの幸せや己の幸福。家族や大切な人々の安全を多くの人々が祈った。

 



 森の動物たちを守るように固く閉ざされた狭間の森にも雨は優しく降り注ぐ。森の守りの樹々たちは、ゆっくりと枝葉を広げて浄化と癒しの光と雨を受ける。


「始まったみたいだね」

「……ブヒン」


 ハクは空に広がって行く魔法陣を見て微笑んだ。動物たちが口々に鳴き声をあげる。

 ユニコーンやフェンリルたち、聖なる存在も魔力を送る。


「凄いね凄いね!」

「キラキラしてるね」

「あたたかい」

「気持ちいいね!」


 精霊たちは楽しそうに乱舞しながら、澄み切った野山を乱舞する。そしてクスクスと笑いながら光の渦となって、空高く魔法陣へ向かって昇って行った。


『ブ~~~~~~ン!』


 タマムシもくるくると回転しながら飛び回る。

 マンドラゴラとトレントの坊やが、飛び跳ねながら精霊たちを見送っていた。



******


「……っぐ……、これは、久々に来ますね!」

 大魔法使いたちがきつそうにする。歯を食いしばり、頬には汗が伝う。

 

「うっへ~!」

 急速に魔力が消費されていくのを感じる。アロンは乱雑に薬瓶の蓋を噛んで引き抜くと、回復ポーションを呷った。


 おばば様は仏頂面の上に苦虫を嚙み潰したような様子で、黙ったまま目を瞑り詠唱を唱える。一番きついのは間違いなくおばば様であろう。頻繁にローブの中に手をやっては魔力回復のポーションをがぶ飲みしている。


 エヴィが自分も魔力があればいいのにと心底思う。唇を噛んで、危うく溢れてしまいそうになる涙を鼻の奥へと押しやった。


 魔法の本元の概念は願いであり祈りだ。


 おばば様から見せてもらった魔術の本の幾つもに、そう書いてある。

 エヴィには祈ることしか出来ない。願うことしか出来ない。


 きつく両の手のひらを合わせ組み、瞳を閉じて心から祈る。


(必要なところ必要な方々に、充分な浄化と癒しが齎されますように。おばば様とみんなが無事でありますように……!)


 クリストファーの無事と、願わくば、ベリアルにも安らぎと安寧がありますように――


 エヴィが懸命に祈り続けると、いつしかふわりと胸元の通行証が重力を無くしたように浮き上がった。


「!?」


 大魔法使いたちと魔人は、目を瞠る。

 紅と黒の混ざり合ったそれだが、みるみる蒼と金に色を変えていく。


「ちょ、エヴィ!」


 アビゲイルが声をあげた。

 瞳を閉じて祈るエヴィが、声に気づき瞳を開ける。


「……これは、どうしたのですか……?」


 目の前に浮かぶ、色の変わった通行証をまじまじと見る。

 言いながら、首から外して欲しいのだと感じる。また外すべきだとも。


「外すんじゃないよ! アタシたちと違って防御出来ないんだから!」

 おばば様が振り絞るように声を張る。


「でも、外して欲しがっています。……きっと役目があるのです」


 ですぜ、と呟きながら外して掌に載せると、回転しながら空高く上っては小さく砕け、雲の合間から差し込む陽の光を受け乱反射しながら大魔法使いたちが作る魔法陣に溶けて行った。

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