18 人間界の魔族たち
「何だい、ありゃ……」
旅の一座の踊り子が、遥か上空に渦巻く黒い渦を見た。一見竜巻のようにも見えるが、地上と上を繋ぐしっぽのようなものが見えないことから、全く違うものであると思われた。
周りの状況を確認し易いよう、馬車の幌はすっかり外してある。
過去に封印された魔族が力を取り戻し暴走するかもしれないため、至急魔界に戻るようにと、魔王直々に連絡があったのはつい昨日のことだった。
『魔族』という種族とされているものの、自分が悪い性質の者だと思ったことはない。
『魔物』に似た種族ということなのか、それとも『魔力』を持つ種族なのか。『悪魔』のような内面を持つ種族なのか――本当のところはどうなのだろうか。
とはいえ、元々は瘴気から生まれた種族だと言われる魔族は、悪魔がそうであるように力に偏る傾向があるとは思う。人間に比べて腕力も魔力もある上、ケガや病気に対する耐性も強いため、往々にして乱暴になりがちだ。気性も荒い者が多い。
その辺りが過去、人間と軋轢を生む結果となったのだろう。彼女を始め大半の魔族はそう思っている。
踊り子は人間が嫌いではない。優しくて、時にちょっとズルくって。弱いくせに勇敢で臆病で気高くて卑屈でもある人間は、魔族とそう変わらないと思っている。
「魔王様に連絡をするか?」
一座の軽業師であるケット・シーが、ご自慢の帽子を押さえながら声を張り上げた。
「いや、おばば様の山小屋に近い場所だから、既に報告が行っているだろうよ」
「……どうする、迂回して狭間の森を目指すか?」
御者を務める団長のオークが後ろを向いた。人化しているので見た目はただの太ったおっさんである。
魔族はその性質から、瘴気を取りこみやすい。
瘴気と相性の悪い人間が過剰に取りこめば命を落とすが、魔族は理性を無くし、心と身体のリミッターを外して魔力と身体能力を開放してしまいがちだ。
「……近隣の町に被害が出たらマズいからね。町中を突っ切って助けが必要ないか確認してから向かうよ!」
踊り子の言葉に、団長が苦笑いをした。
「ははは、尋常じゃねぇな! お前ら、瘴気吸い込むんじゃねぇぞ!」
そう言って、スレイプニルに鞭をくれる。
「全速力だよ!」
踊り子は馬車の縁に手をかけると、立ち上がって周囲を見渡した。
すると、前後左右、あちこちからから馬車や馬に乗った魔族たちが町に向かって走っている姿が目に入る。考えていることは同じなのであろう。
(人間界でお世話になっている奴らは、みんな人間が好きだもんねぇ……)
そう思った時、町を包むかのように大きな魔法陣が展開し、膜のような防護壁が張られるのが見えた。
小さくどよめきが広がるのを感じる。
(おばば様なのか他の魔法使いなのか……町を守るために壁を張ったんだね)
市街地から離れたこの辺りは、長閑な緑が溢れる田園地帯だ。大きな街と別の街を繋ぐかのように、小さな町がぽつんと存在している。
小さいとはいえ町全体を包み込む防護壁である。見たことも無いような大規模な魔術は、さぞかし魔力の消費が激しいであろう。
踊り子は声を張り上げる。
「さあ、助太刀するよ! 魔族の心意気、見せてやろうじゃないの!」




