17 防御の魔法陣
確かめるかのように次々と外に出る。
何かを探すまでもなく何かが遠くの空に浮かんでいるのが確認出来た。
大きな黒い靄のようなものが竜巻のように、大きく回転しながら上空を移動しているのが見えた。
「…………」
全員がどんな状況であるのか見極めようと空を見上げるが、まだだいぶ遠いためか詳細は知ることが出来ない。
フェンリルが遠くをも見渡すことの出来る千里眼を発動させ、遠くに飛行するそれを確認した。
『何か、人型の周りを黒い靄が覆い尽くしているようだな……』
「今はかなり上空を飛んでいるね。もう少し高度が下がれば地上に影響が出てしまう」
高い山の近くを飛行するたび、枯れ木や小石が舞い上がり、渦巻く強風に巻き込まれているのだろう。土埃が山と靄とを繋ぐように立ち昇っているのが目視出来る。
「何処に行くつもりなんだ?」
誰も答えられる筈もないと知りつつも、魔人が独り言のように呟く。
その時、山小屋の中から遅れて飛び出して来たマーリンが、珍しく声を張り上げた。
「こちらへ誘導しましょう! 魔塔から魔法使いたちを呼びました、近隣の町へ転送してください! 防護壁を張らせます!」
返事をする時間も惜しいのか、頷くルシファーが大きく魔法陣を出現させた。
「さあ、魔法使いたちよ飛び込め!」
黒い立派な角を生やすルシファーを見て驚く魔塔の魔法使いと魔術師たちだが、状況が状況のため躊躇している暇もなく、次々と虹色に輝く移動陣に向かって走って行く。
最後にマーリンが振り返って山小屋の山小屋の面々と大魔法使いたちに声をかける。
「町の人々は我々が! そちらはお任せいたします!」
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一方町では、いきなり出現した光の紋様から人が飛び出して来たのを見て酷く驚いていた。
呆気に取られながら、長いローブを着込む団体を見ている。
一番最後に転移陣をくぐったマーリンが、魔法陣を消して声を張り上げた。
「大きな竜巻のようなものが近付いています! 安全のために堅牢な建物の中に避難してください!」
……得体のしれないものが、凶悪な魔族だなどと言ったらパニックになるのは必至だ。それよりも彼らがわかり易い危険を連想させ、確実に迅速に避難させるのが先である。
今ですら、いきなり現れたマーリンの言葉に疑心暗鬼になりつつも、逃げ惑うように走り出す町の人々の姿が見えるのだ。
「魔塔長、使ってください!」
ひとりの魔術師が大量の通信の魔道具を袋から出す。
魔術師たちは魔力が少なめな分、魔道具や魔法陣の研究に余念がない。少ない魔力で動くそれらは大変に効率的である。
「助かりますよ!」
そう微笑みながら言うと、マーリンは一気にそれらに魔力を込め、鳥や蝶、てんとう虫といったありとあらゆる形のそれらを、未だ晴れ渡る町の青空に飛び立出せた。
キラキラと光る魔道具を見送る間もなく、別の人間に声をかける。
「教会の鐘を鳴らすように伝言してください。緊急事態用の鐘を!」
教会の鐘は刻を知らせるだけでなく、瞬時に広い地域にまで伝言を知らせる役目も担っている。慶事の鐘に弔いの鐘などが有名であろう。
それらと同じように緊急事態を知らせる鐘の音も存在する。
殆ど使うことがないので、きっと戸惑いと混乱があるだろうと推測されるが。
「解りました!」
ホウキを携えた魔法使いが頷いては、勢いよく飛んで行く。
「いったいどうしたのですか!?」
騒ぎを聞きつけたのだろう、近くの詰所にいたのだろう自警団と警備機関の人間が走って来た。
(よかった!)
大急ぎで、なるべく広い範囲に防護壁を展開したいため、人々の誘導は土地感がある人にお願いしたいのだ。
「魔塔の者です。……大きな竜巻のようなものがこちらに近づいています。人々の安全のために防護壁を張りますので、皆さんは人々の避難誘導をお願いしたい」
「竜巻ぃ!?」
ローブを纏った男の言葉を胡散臭そうに繰り返しては顔を見合わせる。
「ええ。お疑いになるお気持ちは重々解りますが、怪我人が出てからでは遅いので。あとで幾らでも文句は聞きますので、今は一刻も早く人々の避難を!」
普段は温厚なマーリンからは想像も出来ない程の鬼気迫る表情で口早に説明すると、厳しい顔を向けた。
静かながら威圧感を滲ませるマーリンに自警団と警備機関の人間は思わずたじろぐが、人々を守りたい気持ちは同じである。納得しかねながらも嘘とは思えない様子に、おずおずと頷いては戸惑う人々の誘導に動き出した。
「さあ、魔法使いの皆さんはホウキで遠くに移動してください! 魔術師の皆さんは町中で、人々に近いところでの補助をお願いいたします!」
「了解しました!」
次々にホウキを取り出しては、出来る限り遠くへと飛び出して行く魔法使いたちを見送る。魔法を生業にする者たちの暗い色のローブが、青空の下、はためきながら飛び立って行く。
そしてそれらと呼応するかのように教会の鐘が鳴り響いた。
いつもは刻を告げる鐘の音が、何処か不穏な音を孕んでいるように感じたが。
それらを振り切るようにマーリンはタクトを取り出すと、サラサラと聞きなれない言葉で詠唱をする。
キラキラと滑るように光る軌道がどんどん大きく膨らみ、奇々怪々な魔法陣を魔力で書き出して行く。
大きく両手を開いて上空へと魔法陣を展開させると、大きく叫んだ。
「守護の壁よ、展開せよ!」
一気に広がる魔法陣に向かって、魔法使いと魔術師たちが自分たちの魔力を込めはじめた。




