15 同化・後編
「いつまでおかしなことをしているんだい」
ため息まじりのおばば様がジト目で北の大魔法使いを見た。
「あらぁ、だっておばば様が可愛がっている愛弟子だもの。ちゃんと挨拶をしないとね?」
そう言ってウィンクをするアビゲイルに、エヴィは瞳を瞬かせる。
いちいち仕草がコケティッシュで感心するばかりであるが、肝心の男性陣がハク以外は及び腰であるのは何故なのか。
「あら。ユニコーンにマンドラゴラ、そしてキツネさん?」
ハクは口をVの字にして北の大魔法使いを見ていた。
「そいつは東の国の妖怪だ。九尾の白狐、大妖のハクだ」
魔人が説明すると、アビゲイルは瞳を輝かせた。
「妖怪!? うわ~、本物を初めて見たよ! …………本当だ、尾っぽが九本あるね!」
西の大魔法使い見習い・シモンと同じように不思議生物に目がないのであろう。ふわふわのしっぽを数えては、嬉しそうにまじまじと観察している。通常通りに見えるハクも思うところがあるのか、耳をピンと立てては、細かく神経質そうに動かしていた。
その横ですっかり人間の坊やに変身しているフェンリルが、頭とお尻を触っては、耳やらしっぽやらが飛び出していないか確認している。
面倒そうなので絡まれたくない、そう顔に描いてあるような気がするのは気のせいか。
「……おや」
アビゲイルがそう言って天井を見遣る。エヴィ以外の全員が同じように上を向き、扉の方向に顔を向けた。
つられてエヴィも同じように視線を動かす。
同時にノックの音がした。
「開いてるよ、みんな揃っている」
おばば様がダミ声でそう言うと、魔法で扉を開けた。
躊躇なく入って来たのは魔王ルシファーだった。今日は子ども達がいないため、本来の姿である青年の姿をしている。
「……ちゃんと扉から入って来るのが魔王だけってどういうことなんだろうね」
おばば様の言葉にルシファーは小さく首を傾げ、魔法使いたちは揃って視線を左右に揺らした。
「ほら、勝手知ったる他人の家って言うしねぇ」
「言わねぇよ!」
愛想笑いをするアビゲイルの言葉に、魔人が言い捨てた。
「挨拶は後だ。タマムシは何処にいる?」
相変わらずと言うべきなのか、気の抜けたようなやり取りをするふたりをまるっと無視して口を開く。
問うたルシファー以外が、床に落ちているタマムシを見遣る。
ややあって全員の視線を辿れば、何故かぐるぐる巻きにされたタマムシがルシファーの足元に落ちていた。危うく踏みそうになっていたと知り、慌てて足を引いて摘まみ上げる。
「……なぜ縛られているのだ……? まあいい。タマムシよ、悪魔が契約者、もしくは憑依者に完全同化するにはどのくらいかかる?」
魔族も種族によって様々な特色がある。同じ魔族でも他の種族については弱点にならないよう、また己に優位となるように秘密としていることもそれなりにあるのだ。ましてやルシファーは元々天界の住人であるため、尚のこと解らないことも多い。
うごうごと動いていたタマムシがやっとの事で口元の縄を緩める。
『現状ノ力ニモ依ルト思ウケド、弱ッテイテモ大悪魔ナラ半月クライカト……』
「意外に時間がかかるんだね」
素直に感心したように言うアロンに、ルシファーが頷いて説明をする。
「吸収するならすぐだが、同化となるとじっくり時間をかけねばならない。人間は壊れやすいので、気を抜くと壊れて同化できない」
嫌な予感を覚えながら、シモンが確認をする。
「……そもそも、『同化』とは何なのでしょうか? 字の如しではあるのでしょうが、具体的にどういう……?」
ルシファーは全員の顔を見て、口を開いた。
「今回、初代の勇者と聖女に封印されたのが大悪魔ベリアルだとして、流石に長い年月封印され、かなり力を奪われていると考えられる」
力の強い者は、姿かたちがなくなった後もしばらくは思念体や意識体として存在することが可能なのだという。
「力を取り戻し、かつてのように活動するには器が必要になる。その器となる生き物と同調し混じり合い、同化するのだ」
「同調……同じような、負の感情が強い者に惹かれるということですか?」
マーリンが注意深く言葉を選ぶ。
「そうとも限らないが、負の感情が強い者や強い執着に捕らわれている者の方が、そういったものを引き寄せやすいとは言えるだろう」
「操る……とはまた違うんだね? 乗っ取る?」
ハクの言葉に、ルシファーが頷く。
「そうだな。相手もそれを望む場合もあるので一概に乗っ取るとも言えないが……概ねそう考えて差し支えないであろう」
再び全員が何とも言えない表情で考え込む。そこに、おずおずとエヴィが手をあげた。
「あのう……そもそも『封印』とは……閉じ込められるだけなのでしょうか?」
「結界の中に閉じ込めるだけの場合もあるし、それまでの行いの罰と言う意味で精神的にも肉体的にも責め苦のようなものの場合もある。それは封印者がどんな術式を使ったかに依ると思う」
思ってもみない内容にエヴィは息を呑んだ。
(……それじゃあ、何千年も、もしかしたらもっと長い間、精神的にも肉体的にも辛い思いをしていた可能性があるってこと……?)
ただただ閉じ込められるだけでも大変なことであろう。
その上責め苦とは。
「元々の力よりも増幅している可能性があるね……」
アビゲイルがしおらしく口を挟む。
「……どういうことですか?」
力がなくなって、身体すら無くなっていると言っていたのにどうしてなのか。
エヴィは驚いてすぐさま聞き直した。
「うーん。魔族にもいい奴もいるけど、まあ封印されるような奴は悪に傾いているだろうからね。そんな奴が長い間封印されていたら恨みつらみが倍増しているだろう? で、肉体や力を取り戻したなら、倍増した恨みつらみの分悪の真っ黒い部分が増強しちゃってるかなって」
エヴィは弾かれたようにルシファーを見た。
「その煮詰まった思念が通常瘴気となるわけだが……魔法使いたちが感じられない程に弱いものだったということは、ベリアルは消滅する寸前だったと言えるだろう。力を取り戻すためにかなり時間がかかっているはずだ」
言葉が出ないエヴィを気遣わし気に見ながら、おばば様が言う。
「少しずつ取りこむ『悪』を増やしてっていたんだろうけど。器になり得る人間とかち合った可能性があるから呼んだんだよ」
ルシファーが頷く。
「人間界にいる魔族たちへも緊急要請を出してある。見かければすぐさま連絡があるだろう。おばばの予想通り、通常では考えられない増幅をしているとしたら災厄化する可能性がある」
「災厄……」
全員が悪すぎる状況に眉を顰める。
そして誰が呟いたのか、張り詰めた部屋の中にポツリと小さな声が零れた。




