13 百鬼夜行
(これは、早々に結界を修正しなくてはなりませんね)
頻繁に通信魔法にておばば様のもとに連絡が入る。全くもって芳しくなさそうな大魔法使い達の話を聞きながら、エヴィは結界を構成する魔法陣の写しを見つめた。
だがどうしても上手く行かないのだ。
ハクだけでなくおばば様やフラメル、果ては魔王であるルシファーにまで助言を求めたのだが、未だ満足いくようなものが出来ないでいる。
殆ど無いに等しい属性を大魔法使いたち並みの魔力まで引き揚げ、更には出来る限り省魔力にする――そうでないと大魔法使いたちの負担が酷すぎるからだが――という全部取りは、なかなかに難しいらしい。
浄化の魔力を持つユニコーンに協力してもらったらどうかと思い、聖女の替わりに魔力を注いでもらったが、どういう訳か思ったほどの効力が出ないという結果であった。
「……人じゃないからなのかねぇ?」
そう言っておばば様も首を傾げていたのだが。
出来ないからと言ってサボったり放棄したりているわけではなく、諸々を考えながら、万が一のために『何でも浄化しちゃう水』を量産しているのである。
(備えあれば患いなしと言いますし……)
過去、無駄に量産したポーションは、先の伝染病を治療する際にフル活用することになった。更にカチンコチンクッキーも、免疫力を高めるために大いに役に立ったのである。
たまたまかもしれないが、今まで『これ』と思ったものを作り続けて功を奏したのだ。
(今作っているこれも、何かに役立つかもしれませんもの)
ですぜ、と自分に言い聞かせるように呟きながら、ユニコーンの負担にならない程度、必要な仕事の合間を縫いながら量産体制を続けていたのである。
「そう言えば、先日言っていた『ヒャッキヤコウ』とはどういったものなのですか?」
西と東の大魔法使い見習いが滞在していた時、初代勇者と聖女の話をした時にハクが言った聞きなれない言葉。
テーブルの上に魔塔から来た依頼の魔道具を広げていたハクが顔を上げた。
「ああ、『百鬼夜行』だね。妖怪にも可愛い奴から怖い奴らまで色々いるんだけどね、それらが混ぜこぜで大勢深夜に現れて行進するのさ」
「まあ……!」
「ブッヒフン」
エヴィは精霊や妖精、ユニコーンやマンドラゴラなどが行列する様子をイメージするも、話を聞く限りではもっと怖い存在が多いようで首を傾げた。
ユニコーンは疑わしそうにジト目でハクを見ている。
「遭遇した人間は死に追い込まれたり、災難にあうといわれているんだよ。……まあ深夜に出歩くのは危険だから戒めにってのが大半なのだけどね。妖怪たちに悪戯されたり、見た人がびっくりしてケガをしたり、いろいろなパターンがあるんだろうね 」
そう言うとハクが苦笑いをした。
確かに、夜中に不思議な集団に遭遇したらびっくりして転んだりぶつかったりしてしまうかもしれない。
「百鬼夜行は丑三つ時と言われる真夜中の時間帯に、町や村のはずれの橋や辻――十字路や 、門などを利用して異界と人間界の接点から現れ、始まるんだ」
何処か楽しそうに話すハクに、エヴィも顔をほころばせる。
「ハク様も、参加されたことがあるのですか?」
「そうだね。何度かあるよ」
頷くハクを確認したところで、ふと疑問に思う。
「その……異界と人間界の接点……? それって魔界のある結界のようなものでしょうか」
「いや、そこで言う異界は常世――常夜ともいうんだけど。天国だったり地獄だったり桃源郷だったり。現実の人間世界である現世とは別の世界の、人間以外の存在が住まう世界のことさ」
見たことも聞いたこともない東の国の、それも普段は人間と関わらない者たちの話を一生懸命理解しようと聞くエヴィに、ハクは金色の瞳を細めた。
「この国の近くにある魔界はルシファーが作り上げた結界の中なわけで、厳密には違うものだけど。状況的には一緒と言えば一緒かもしれないね」
何か朧気に自分の中で固まりつつあるものを確実にするように、エヴィはハクに確認するかのように問いかけた。
「…………初代の勇者と聖女は、とても魔力が高い人達だったのですよね? そして人々には内緒にしていた。それって何処かに魔界のような場所を作って結界を施していたのでしょうか?」
「…………」
現に今でも魔界にも魔塔にも保管できないものは、禁足地にして結界を施しているのだ。大悪魔の封印なるものがどれほどの大きさなのかはわからないが、それ程の大きさは必要ないであろう。
人にみつからないような、人が触らないような場所。
後世の人間が誤って封印を解いてしまったらどうするのかと思っていたが、それならば説明がつく。
「時空の切れ目のようなもの?」
「ありうるね……」
ハクもエヴィの説に納得しては大きく頷く。
「それに、もうひとつ疑問なのですが……今までいろいろな方の瘴気を吸収して取りこんでいたとしたら、だいぶ力を取り戻している可能性もありますよね? その、吸収すると魔族の方の魔力は変質しないものなのですか?」
「変質?」
「はい……」
例えるなら、違う色の絵の具を混ぜると新しい色が出来るように、魔力は変化しないものなのだろうか。そうすると、もしや異質なものになって追跡し難くなったり解り難くはならないのだろうかということだ。
ハクは吟味するように、エヴィの説明した内容を頭の中で繰り返した。
「基本、取りこんだ魔族の魔力が強くなるだけで変質はしないと思うけど……だけど、それもその魔族の特性によっても違うかもしれないね」
瘴気という禍々しいものを追っているため、仮に魔力に変化があってもそう問題ではないと思うが。同一の者かどうかというところにおいては場合により、判断がし難くなる可能性もあるということが言いたいのだろう。
「みんなに共有した方がいいね」
ハクはよくやったというように優しく微笑むと、エヴィの頭を撫でた。
エヴィはくすぐったそうな表情で、されるがままだ。
「ブヒン!」
「痛たた!」
ユニコーンは歯をむき出しにして、ハクの右手を嚙みつく。
『そなた達は何をしているのだ?』
『ぁぁぁ……?』
『ケンカシテルゥ?』
魔人のお手伝いをしていたフェンリルとマンドラゴラ、そしてタマムシが、呆れたようにユニコーンとハクを見遣った。




