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11 大悪魔

「初代の勇者と聖女……?」


 子ども達のお使いの引率に来た魔王ルシファーが眉を顰めた。


 初めて見る魔王に興味津々のアロンとシモンは、先ほどからまじまじとルシファーを見つめていた。

 仮にも一国の王に対して不躾な態度であるが……不思議生物大好きなシモンにとっては、ユニコーンやフェンリルと遊んでいる魔族の子ども達も気になるようで、さっきから右に左に前に後ろに、視線がだいぶ忙しい。


「まあ、お前さんがこっちに来るだいぶ前だろうからねぇ」

「ふむ……」


 エヴィやおばば様から話を聞いたルシファーは、窓の外を眺める。

 春の麗らかな日差しの中に、樹々が淡い緑が輝いている。生命や躍動といった、大きな波のような明るい気配に満ちた季節。


 本来なら心躍る季節であろうにと魔王は思う。


「……お話として残っているのが『初代』なだけで、実際は後世の方だったり、違う時代だったりするのかもしれませんが」


 エヴィの言葉に頷いた。


「後世に語り継ぐ間に、故意でなかれ、歪められることはよくあることだ」


 そう言って気遣わし気にもう一度外を見た。

 一見何も変わらないが、明らかに浄化の力が弱まっていることを感じるようになった。


(これ以上浄化の力が弱まると、心が弱い者は魔に引きずられ易くなるな……)


 ここ数年は古くから人間界で活動し、過去に問題のない魔族しか申請を通さないようにしていた。……その者たちの申請も取りやめにしなくてはいけないと思い始めていた矢先のことだ。


「……多くの人間がどう思うかは別として、王たるものは皆、自国だけでなく周囲との均衡をとろうと考える者が多い。人間界もそうであろう? 好き勝手に戦争を仕掛ける者もいなくはないが、そんなおかしな者はごく少数だ」


 確かに、様々な損失やリスクを鑑みて不要な戦争を回避する方向で動く王が殆どであろう。多少人間として難ありな王がいたとして、戦闘狂や暴君などは極々少数の人間であって、だからこそ後世にも語り継がれる程なのである。


「過去に勇者が討伐したと伝えられている『魔王』は人間側で名づけたものであって、本当の魔王ではない」

「そりゃそうだろう。魔王が本気で人間をどうにかしようとしたらとうの昔に焼け野原だよ」


 おばば様が事もなげに言う。シモンとアロンがギョッとしながらルシファーを見た。


「人間の王に後継者がいるように、魔王にもそれに似た者がいる……王というよりは魔法使いで考えた方が良いか。大魔法使いが頂点とするならば、大魔法使い見習いのような者たちだ」

「そういう、過去魔王に匹敵するくらいの奴らが封印されているということか?」


 魔人の言葉に頷く。


「最近はあまりないが、過去には魔族同士の戦いで命を落とす者も多かったと聞く。共倒れの場合もあり、生死が不明な者もいるのは確かだ」


 ルシファーが封印を回収するにあたって、そういった魔族たちがどの程度勇者や聖女の手にかかったかを確認したという。


「……現在でも確認が取れていない者は三名だ。内二名は戦い、共倒れた可能性が極めて高い。一名は行方が判らなくなったとされている者だが……儂が知る範囲よりだいぶ前のこと故、もしかするとそれが人間界に伝わる『初代の勇者と聖女』に封印された者なのかもしれぬ」

『大悪魔・ベリアル様ダ!』


 ブーンと羽根を嬉しそうに鳴らし、タマムシが高らかに名を告げた。


「大悪魔……」


 元悪魔であるタマムシにとって、強い同胞は憧れの偉人のような者なのだろう。


「かなり古い時代、当時の魔王に敗れ行方が判らなくなったと伝えられている」


 魔王に匹敵する程に力のある悪魔であるのならば、敢えて人には知られない方がいいと思ったのだろうか。


 好奇心のみで歯止めの効かない人間や、良くないことを考える魔族が、後先考えずに封印を解いてしまったとしたら……

 それなら誰にも知られないように、その存在と事実を隠した方がいいと思ったのだろうか。


「……全く手がかりがないというのも難儀ですね」


 深刻そうな顔をしたシモンに、ルシファーが問いかける。


「大魔法使い見習い・シモン……確か先代の魔塔長だな」

「私をご存じなのですか?」


 自分を魔王が認識していると知り、驚いたように顔を向けた。


「うむ。人とはなるべく接点を持たぬが故、魔族が人間界で何かやらかさぬ限りは顔を合わせることも無い」


 シモンの在任期間中はこれと言って問題が起きなかった為、魔王と邂逅することも無かった。ある種マーリンが特別なのである。


 ……とはいえ大魔法使いになると間違いなく魔族と絡むことが増えるため、先輩の大魔法使いによって魔界に連れていかれ魔王に謁見するのであるが。未だ見習いの立場であるシモンとアロンは噂を聞くのみなのであった。


「一応魔界の存在は伺っておりましたが、まさか本当の事とは……」

「人間界と魔界とが関りを断ってだいぶ経つのでそう思うのも仕方がないだろう……今回の魔塔長がやけに厄介事に苛まれているだけだ」


 とぼけた顔をしているが、なかなかに剛の者と言えるであろうマーリンを思い出しては苦笑いをした。


「ご挨拶が遅れました。私は西の大魔法使い見習い・シモン。こちらは東の大魔法使い見習い・アロンです」

「儂はルシファーだ。一応現在は魔王を務めておる」

「うわ~、凄いなぁ! こんなにちっちゃいのに本当に魔王なんだ!?」


 人懐っこい性格のアロンが、小さい子どもに笑いかけるようにぱっと笑うと、恐れもせず頭をぐりんぐりん撫でた。


 今までは様子を見ていたのだろう。ルシファーが非常に冷静な人物だと知って、普通に接して(?)問題ないと思ったに違いなかった。


「…………」


 思わず全員がアロンとルシファーを見比べる。

 半眼でされるがままに首を動かしているルシファーに、シモンが慌ててアロンの頭を叩く。


「コラ……!」

「デッ!!」

「お前だって人のこと言えねぇだろ。そんなおチャラけた若者の格好してても、人間としては充分ジジイだかんな」


 呆れたような魔人に言われて、アロンが口を尖らせた。

 少年の心を持った青年……もとい、お爺ちゃんなのである。


「……そんな見目でもアンタの何百倍以上も年上だよ。それにそれは仮の姿だよ」


 おばば様の声に、ニヤリと年齢に似合わぬ様子で笑ったルシファーが本来の姿に戻る。

 一瞬のうちに、うら若き青年が座っていた。

 微笑みながらも威圧感のある視線でひたり、アロンを見据える。


「デッカッ!」

 アロンが急いで腕を引っ込めた。


「年上……?」

「いつもの言ってやれよ」

 何百倍、と呟くシモンの言葉に魔人が反応すると、楽しそうにルシファーに催促する。


「儂は十万十八歳だ」

「……じゅ……!?」


 予想通り絶句したシモンとアロンが、再びルシファーをまじまじと見つめた。

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