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10 古代の書・後編

 ――そもそも『初代勇者』と『初代聖女』というのは誰を指すのか。


 おばば様は古代の書を静かに閉じた。


「その辺は記録がないね。如何せん覚書は文字が出来てからだからねぇ。口伝で伝わっているものもあるけど、忘れ去られたものの方が遥かに多いだろうし」

「人間と魔族が一緒に暮らしていた頃は、利権だ、何かされたと言っちゃあ『勇者』が魔物討伐をしていたからな」


 元々腕力も魔力も強い魔族は、人間から恐れられ易かった。……確かに種族的に気性が荒い者もいるが、大半は人間とそう変わらない人たちが多いのだ。


「まぁ、平和に暮らしているのに『魔族だから、悪い事をしたのはお前だろう』なんて言われて『勇者』を名乗るヤツに襲われたんじゃあ、抵抗するのが普通だろうしな」


 確かに。人間が人間にいきなり襲われたって抵抗もするだろう。それどころか身を護るために反撃もするであろう。


 魔人の話によれば、実際悪いことをする魔族半分、冤罪半分ということだったと言われているらしい。


「……かなり昔のことであることは確かでしょうね。それこそ神話の時代かもしれない」


 シモンがふたりの言葉を纏めるように言った。

 エヴィは、うーんと唸りながら四人の顔を順番に見る。


「もし本当に初代様方がいたとして……今より強い魔力を持った人々でしょうから、すっごく凶悪な『何か』を封印したとするじゃないですか?」

「…………」


 全員が、エヴィの続かんとする言葉の意味を悟り、押し付け合うように視線を絡ませる。

 懸念されているように、封印が解けてしまったのではないか――と続くのだ。


「禁足地と言うのは具体的にどういった場所なのですか?」


 エヴィの疑問に、シモンは目の前にいる者たちの顔を見る。


 本来禁句であることではあるが、大魔法使いにその僕(?)、更には大妖である。エヴィ自身も一応魔塔の人間ではあるわけで、話したとしても問題ないであろうと結論付けた。


「基本は魔塔と魔界に回収してあるのですが。封印を回収できていないものに関しては、万一瘴気などが漏れたとしても生き物に害がないよう、地中の遥か深くや火山の中、永久凍土の氷の中などに隠されています。更に近付けないように結界を張ってあるのです。一朝一夕に人も、魔族ですらも行けないような場所ですね」


 そして定期的に魔塔の魔法使いたちが、瘴気などの漏れがないか確認をしているのだという。


「それでは、誰かが敢えて封印を解いたということは考え難いのですね」

「そうですね。何事も百パーセントはありませんが……まず無いでしょう」


 エヴィはシモンの言葉に、それならば状況はより悪い方なのかもしれないと思い至った。


 解いたのではなく解けたのだとしたら。

 悪しき者が解いたのか? 風化したのか? それとも……


「凄い不味いものが封印されたとして……万が一にも悪用されないように、勇者様と聖女様が敢えて口を噤んだとは考えられませんか? 絶対に見つからない場所に、厳重に封印した」

「……考えたくはありませんが、あり得なくはありませんね」


 シモンが観念したような、何とも沈み切った様子で同意をする。


「確認しようがねぇしな」


 更にエヴィが怖い考えを口にした。


「本来なら封印は解けなかったのではないでしょうか。封印された方の想像を超えるような事が起こった。見誤ることもありますでしょうが、どちらかといえば後天的な理由によるのではないかと思うのです」


 ですぜ、と言いながら天井を見上げる。四人と、エヴィの横でちんまりと座っていたマンドラゴラも天を仰ぐ。


「……聖女不在のせいで、浄化も力が弱まったから……?」

 おばば様が苦虫を嚙み潰したような顔と声で呟いた。


 悪しき者が浄化され難くなったのか。それとも結界を補助する筈の浄化の魔力が薄くなりすぎたのか。

 もしそうだとしたら、今後同じように封印されたモノが封印を解いて出て来る可能性があるということか。


「……マズいな。非常に」

「東の国の『百鬼夜行』状態になっちゃうね」


 ハクの言った聞きなれない言葉に非常に興味をそそられたシモンだが、今はそれどころじゃないと思い直す。


『……グァァァァ……!』



「みんなして深刻そうな顔して、どうしたのさ?」


 五人と一株が深刻そうな顔をしていると、サラマンダーをジャグリングボールのように魔法で投げながら、アロンが首を傾げた。

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