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08 通信魔法

「急に事件が起こらなくなったなぁ」


 本来なら何よりなことであるが。しかし、あれだけ頻発していたものが急にぴったりとなくなることは違和感を抱かせるものだ。

 フラメルとマーリンは複雑な表情で新聞を見遣る。


「嵐の前の静けさって奴か」

「滅多なことを言わないでください」


 そう言いながらも、こういう時こそ気をつけないといけないと思ってしまっている自分に、マーリンはため息をつきそうになる。



「……魔塔長、東西大魔法使い見習いが、至急お話したいと通信魔法が入っていますが」

 おずおずといった様子で口を挟む魔術師。フラメルとマーリンが顔を見合わせる。


「……来なすったな」

「まだ決まったわけではありませんよ」


 恨めしそうな顔で反論するのも仕方がないであろうというもの。


******


「どうしたのですか? おふたり揃って」


 ほとんど通信魔法にしか使わない鏡をマーリンとフラメルが覗き込めば、ふたりの大魔法使い見習いが不思議そうな顔をした。


「それはこっちのセリフだよ」


 ふたりの大魔法使い見習いはフラメルとマーリンの先輩でもある。

 マーリンにとっては大先輩であるが、フラメルは比較的長く一緒に魔塔で過ごしていた筈だ。


「ご機嫌ナナメじゃん」

 茶化すようなアロンに、フラメルがジト目でアロンを見る。


 三人とも実年齢はお爺さんと言ってよい年齢であるため、そして大魔法使い(見習い)として結界に関わる立場であり同じ魔法の真理を追い求める(?)同士でもあるため、言葉遣いや態度に上下はない。


 生真面目なシモンが一番年上であるにもかかわらず、一番丁寧な言葉で話すくらいだ。


「西の方で多発してる事件……多分知ってるよね?」

 アロンの言葉にやっぱりかと表情を曇らせた。


「行方不明者の捜索依頼があって、変な感じがしたからシモンに魔道具を貸して貰ったんだけど」


 送るねという言葉と共に空間にキラキラとした光が発生し、小さな魔法陣が現れる。


 そしてふたりの目の前に浮かんだ魔石の魔道具を見れば、ギッシリと瘴気が詰まった状態であることがすぐに見てとれた。


「……こんなに高純度な?」


 フラメルは小さく首を傾げる。

 ……確かに良くない波動のようなものは感じ取ったが、ここまで強力な瘴気が残っていればすぐさま判るであろうというもの。


 それは同じように現場に行ったマーリンも同じ筈で、やはり困惑気味に瘴気の詰まった魔道具を見つめていた。


「やはり調べていましたか」

「結構広範囲キッチリ吸うタイプだからじゃない? パッと見の現場の雰囲気、ここまで禍々しくなかったし。それか本元がヤバい奴で、いろいろ取り繕った後なのかだよね」


 東西の大魔法使い見習いの嫌な言葉に、マーリンが複雑な表情をした。


「これ、いつから……」

「依頼されて調査を始めたばかりだよ」


 別段、抜け駆けもダンマリもしていないとアロン。


「申し訳ありません。判明したのは昨日のことなんですよ。如何せん引きこもっておりますから、世の中の情報に疎いもので」


 事件が多発している西側の大魔法使い見習いであるシモンが付け加えた。


「場所が場所だけに、魔塔で調査となればこちらにもお話が入っているでしょうから……」

「もしかすると警備機関と折衝中?」

 アロンにマーリンが首を振る。


「いえ。警備機関は通常の事件として考えているようで」

「あ~……」

 様々な感情を混ぜた声色で、アロンとシモンが顔を見合わせた。


「今、何処にいるのさ」

「おばば様の所へ何かご存じか伺ったのですが。特に情報は入っていらっしゃらないそうで」


 フラメルはふたりの居場所を聞いて眉を顰めた。


「……東の方は、迷惑をかけてないでしょうね?」

「しっつれいだなぁ!」


 アロンは口を尖らせた。見た目も振舞いも天真爛漫な青年……であるが、中身は九十年程経っている立派なお爺ちゃんである。


「大丈夫ですよ。一応最低限は気をつけているようですし……迷惑であればおばば様が鉄槌を下してくださるでしょうから」


 魔塔にいる頃からアロンのお世話係ポジションであるシモンが苦笑いをする。

 三十代に見える彼も、実際には百歳を超えている。年齢を理由に二十年ほど前に引退したのだが、西の研究室に引っ込んで研究三昧の日々を送っているのだ。


「そう言えば噂の『エヴィちゃん』に会ったけど、面白い子だね」


 アロンが面白そうに笑う。エヴィの名前を聞いて、少しだけ暗澹たる気持ちが晴れた気がする。


「……相変わらず何か変なもの作ってた?」

 フラメルの言葉にシモンが頷く。

「ユニコーンと一緒に、何やら高純度な聖水のようなものを作っていましたよ」


(……聖水……?)


 これまた意外な方面の商品開発に、マーリンは器用なのか不器用なのか解らない少女に思いを馳せる。


「『何でも浄化しちゃう水』だよ」

「…………。構造的には聖水でしょう?」


 鏡の中でアロンとシモンが訂正をし合っている。


「『何でも浄化しちゃう水』か……現場を浄化するのに少し貰うか……?」


 フラメルが本気で検討を始めた。

 浄化と癒しの魔力が薄くなっている今、事件現場の痕跡が清められるには長い時間がかかるであろう。悪い気は悪いものを引きつけ易い。ましてや実際に残っていた気配とやらは、想像していたよりもずっと質が悪いモノのようである。


「……それがいいかもしれませんね。おふたりはもうお帰りになるのですか?」

「いんや。ハクのところで魔道具を作ることにしたよ。どう考えてもこのまま放って置けないでしょ」


 能天気そうなアロンがまともなことを言う。


「確かに。……今一度、警備機関に説明に参ります」


 考え過ぎであるなら問題ないが、目の前の魔道具に溜まる瘴気を見てしまえば決して考え過ぎだとは言えないであろう。

 困難を極めそうな折衝を想像してはマーリンが悟りを開いたような顔をした。


「魔道具?」

「捜査に使えそうな魔道具を作ろうと思ったのですが、ちょっと厄介なので協力をお願いしたのです」

 フラメルの疑問にシモンが付け加える。


 確かに面倒で混み入った魔道具作りにハクは適任であろう。

 東の国の大妖であり薬師でもあるというハクは、エヴィと一緒に作り始めた――煮たり切ったりといった実作業が苦手な上、回路などを刻むだけの魔力も持たないエヴィを介助するためだ。だが魔道具を作ることにもかなり適正があるらしく、実に多才な存在である。


「……大事になりそうだなぁ」


 フラメルの呟きなのかぼやきなのかに、三人は否定する事も出来ず、何とも言えない表情をしたのであった。

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