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07 融合・前編

 光があれば陰があり。それは何事にもついて回る。


 クリストファーは自分宛てに届いた封筒をクシャリと握りつぶす。

 自国の親戚である公爵家から届いた結婚式の招待状。あのルーカスが婚約式をすっ飛ばして結婚式をするのだという。


 年の近い従兄弟とは小さな頃からよく比べられたものだが……現状の落差に地面に深く沈み込んで行くかのような心地がした。


 ルーカスが何くれとなく己の婚約者――元であるが――を気にかけ、世話を焼いていたのは知っていた。誰にでもいい顔をする偽善的な奴だと思っていたが、そうではないことを知ったのは自分が恋を知ってからだ。


 何であんな冴えないアドリーヌ(エヴィ)をとも思ったものだが、同時に自分の婚約者である以上、どう足掻いたとしても従兄弟がアドリーヌを手に入れることは出来ないのだ。


 その事実はクリストファーを、優越感と満足感、そしてちょっとの哀しみと自嘲とを交互に味わう羽目になった。


(……初めはいろいろと騒いでいたようだが、結局他の人間を選んだのではないか)


 バカバカしさに、小さく鼻先で笑う。

 ルーカスは公爵家の嫡男であるからして、ずっと独り身でいるわけにも行かないのではあろうが。想像より早い変わり身に、クリストファーは正直肩透かしを食らったような気分だった。


(アドリーヌが死んだと思い、気持ちを切り替えたのかもしれんがな……)


 王城での再会を知らないクリストファーはそんなことを思ったりもした。ちょっと考えれば、アドリーヌことエヴィがクリストファーよりも自分を大切に扱ってくれた人間に安否を知らせているかもしれないくらいのことは考えそうであるが……最後は碌に話すどころか視線さえも合わせなくなっていた間柄であるというのに、どういう訳か、自分にだけ知らせて来たのだと考えていた。


 どんなに仲が悪かろうとも婚約者。


 そしてエヴィという人間がきちんと役目を全うし、決して裏切ることはない誠実な人間であるということだけは信用・信頼していたのかもしれない。


 他の人間に聞かせたなら、自分は好き放題にやりたいことをしておきながら何を言っているのかと呆れられそうであるが、クリストファーはそう信じて疑わなかったのである。


 しかし、そんなことは彼にとって些細なこと。

 それよりも自分よりも先に幸せを見つけ、幸せな未来に向かって踏み出そうとする従兄弟が恨めしく腹立たしく、憎くすら感じた。


 彼とて普段はここまで矮小ではない。取り繕って従兄弟を祝うぐらいのことは出来たはずである。

 ……不幸はその人を歪ませ、要らぬ怒りと恨みを持たせるものだ。

 たとえそれが自らが招いたものでも他者から齎されたものであっても。


 よくそんな時こそ奮起を、努力をというが、本当に自らを不幸と嘆く中で立ち上がることが出来る人間が、果たしてどれだけいるのだろうか?


 ――言うは易し、行うは難し。


 それが出来るのならば、道を踏み外す者も転落する者もいないであろう。

 そして落ちることしか出来なかった人間に、人は烙印を押す。


 自業自得と。

 

(私は身分を……王太子の位を剥奪されるだけに飽き足らず、愛する者と無理やり別れさせられてこんな場所にいるのに……!)


 クリストファーは形良い唇を歪ませ噛み締める。


(知人も殆どいない異国の地で、詐欺に合い髪を……何故このようなことに!?)


 壁に掛けてあった外套を勢いよく掴み、ついでに帽子を深くかぶった。


「……王子!? どちらへ行かれるのですか?」

 部屋の端で静かに気配を消していた従者が声をかけた。


「近くに散歩に行くだけだ!」

 吐き捨てるように勢いよく言葉を投げ、扉を叩きつけるように閉じた。


 くしゃくしゃにした封筒が、静かに床に転がっている。


 独りになりたかった。

 ……心底自分がみじめであったからだ。


文章のキリがいいため、短めです。

いつもお読みいただきまして、誠にありがとうございます。

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