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06 ルーカスの結婚?

 とある国の人里離れた山の麓が何やらざわざわとしていた頃。

 隣国のとある公爵家と子爵家でも何やら忙しく使用人一同が動き回っていた。


「婚約式となる筈が……申し訳ありません」

「いえ……!」


 公爵夫人ご自慢の庭にあるガゼボで、先日めでたく婚約をしたふたりが頭を下げ合っていた。



******


 ふたりの婚約は周囲に祝福されて整った。

 マリアンヌの父と母は大層喜び、大歓迎で了承された。


 少しは身分差などを意識しないのだろうかと疑問に思ったが、良き青年に我が娘が見染められたことが嬉しかったのだろう。


 全く成り上がり精神などを持たない、貴族にしては純朴な精神を持つ子爵夫妻がその身分差に青くなるのは、もう少し後のことだ。


 一方、ルーカスが結婚などしないと言い出すのではないかと思っていた公爵家の方も大喜びで息子の変化を迎い入れた。


 こちらは子爵家とは違い海千山千、生粋の大貴族であるため、迅速に子爵家の調査がされた。

 まずルーカスの相手であるマリアンヌを公爵夫人と教育係がしみじみ・まじまじと見極め、侯爵家の女主人として過不足ない人物であることを認めた。そしてある程度の教育を試みる。

 ……今後も順を追ってその教育は重ねられていくであろう。


 同時に子爵家に後ろ暗いことはないか、政治的に面倒なことはないか等々こってり・みっちり調べられた。


 子爵家は栄えてもいなければ廃れてもいないまずまずといった家であった。


 そこそこ古い家柄であるが領地は持たない宮廷貴族であり、子爵は王城の文官を務めている。特に派閥には属していない中立派で、借金や問題行動のない、どちらかといえば清廉潔白な――正確に言えば素朴かつ純朴な人々であった。


 下手で面倒なあれこれが全くないというのも珍しく、仕組まれたかと思う程であるが……遠巻きに観察する子爵夫妻がそんなこんなを画策出来るようには微塵も出来るとは思えず、その後なん重にも重ねられた調査でも塵ひとつ出て来ない善良振りであった。


 これは逃す手がないと公爵家の方が乗り気で婚約を進めたのであるが。

 そんな時、公爵であるルーカスの父が病に倒れたのである。


『息子が結婚し、落ち着く姿を見たい』……弱気になった公爵がそう漏らしたため、話が早急に纏まることになった。

 婚約式をすっ飛ばして結婚式をすることとなったのである。


 これに否を突き付けたのはルーカスであった。


 理由はマリアンヌが未だ学生であることと、普通の貴族の婚姻のようにある程度の婚約期間を経るべきだという主張を唱えたのである。


 ところが。


 素直で素朴で純朴な子爵家の面々は、気弱になった公爵を元気づけようと、公爵の意見を承諾したのである。


 ……ここで普通ならば公爵が身罷った後にルーカスを傀儡にして……とか。そこまでいかなくても婚約をひっくり返られたら堪らんとか。まあ子爵家に不具合がないように婚姻を急かすのが普通なのであるが。

 如何せん素直で素朴で純朴なため、本心からルーカスの父を心配し安心させてやりたいという真心から出た承諾であった。


 あまりの心根の清らかさに、子爵家の面々が騙されないように気をつけねばと気を引き締めた公爵家側であったのは言うまでもない。


 ある程度の婚約期間をとる者が多いだけで、すぐの結婚がないわけではない。

 貴族の結婚はその準備が大変で膨大であるため、必然的に期間が設けられるというのが現実的な理由である。


「マリアンヌ嬢が学園をきちんと卒業できるようにサポートいたしますので」


 何だか周囲に押し切られたルーカスが、それだけは譲れないと頑として聞かなかった。

 周りもそれを否定することは勿論なく、ふたりの――特にマリアンヌ自身の意志と考えに任せるという結論に至ったのであった。


「大丈夫でございます。それに、婚姻で学園をお辞めになるご令嬢もおりますし……公爵様も公爵夫人も、学園に関しては私の好きにして構わないと仰ってくださいましたもの」


 マリアンヌは苦笑いをしながらそういった。

 そうなのである。早々に結婚が纏まった場合など、ご令嬢が学園を辞めることはままあることだった。


「せっかく努力されて来たのですから、きちんと卒業した方がいいですよ」


 成績もよく学ぶことが好きに見えるマリアンヌであるため、頑張ってきた証としてきちんと卒業させてやりたいと考えての発言である。夫人として暮らすのに特段学園の卒業は必須ではないものの、後々後悔したり、自分との結婚が足枷になったりしないようにというのがルーカスの願いであった。


「それよりも……本当に私が相手で大丈夫なのでしょうか? そちらの方が心配ですわ」

 マリアンヌは眉を下げた。


 最近やっといろいろと現実が見えて来たらしい子爵夫妻が顔を青くし始めたのである。

 身分違いの縁談を、揶揄する輩がいるのも現実だ。ただでさえルーカスは未婚令嬢にとって優良物件である。密かにも大っぴらにも狙っていた貴族たちに嫌味を言われ、そんなつもりは微塵もないと青褪める日々なのであった。


 なお、そんなことを言ったと解った途端、公爵夫人によって怖いお仕置きを執行されている……という現実を、子爵家の面々は未だ知らないのではあるが。


「……未だにそんなことを言うのですか? もうじき夫婦になるというのに」

「…………!」


 自分の気持ちを解ってもらえないのかと、切ないような、ちょっと拗ねたようにルーカスは言った。

 勿論マリアンヌがルーカスを信じていないわけではない。


 元々非常に慎ましい……自己肯定感が低い彼女であるが故に、未だに信じられないというか、これは夢なのではないだろうかと思う毎日なのである。


 いつも貴公子らしい様子のルーカスが甘えるような、気を許している姿を見せるので、マリアンヌは思わず顔を赤くして視線を彷徨わせたのであった。


(初々しいですなぁ……!)


 うんうん。


 見ていないフリを決め込む執事や侍女たちが、心の中で若いふたりを応援していることは言うまでもないのであった。


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