03 大魔法使い見習い・後編
「それよりも見て聞いてほしいことって何なんだい」
「これを見てください」
西の大魔法使い見習い・シモンが黒い石を差し出した。
それ程大きくはない、真っ黒な小石。しかしなぜだかとても嫌な感じがする。
どうしてかエヴィの背中に、ゾワゾワと悪寒のようなものが走った。
「これは……瘴気?」
おばば様が眉間に皺を寄せながらじっと見つめていた。
話によれば、最近近隣国で誘拐なのか行方不明なのか人がいなくなるという事件が頻発しているのだそうだ。
実際は西側の国で起こった行方不明事件だったが、人探しが上手いという噂を聞きつけた人が、わざわざ東の大魔法使い見習い・アロンに、居なくなった家族の捜索依頼が来たのだという。
おかしな気配を感じたため、瘴気を固める魔道具を持っていたはずなシモンに連絡をとったのだそうだ。
「これは周囲の瘴気を取り込む魔道具です」
よく通る低めの声で説明をするシモン。
彼が作った魔道具のひとつということであった。
「瘴気はそのままにしておくと、周りに悪影響を及ぼすからね」
おばば様がエヴィに説明をした。
原因はよく解っていないが、「穢れ」のようなものが気化したような、物質化したようなものなのだという。
動物などが取りこむと凶暴化し魔獣化することがあるうえ、更に取りこみ過ぎれば命を落とすこともあるという厄介な代物だ。
「瘴気……? 魔界から漏れているってことはないだろうし、なんでそんなモンが」
「まぁ、人間界にも多少はあるけどね。それにしたって純度が高すぎるでしょ?」
アロンの言葉にエヴィ以外の表情が曇る。
「また魔族絡みの事件なのかい?」
おばば様の言葉にシモンは首を振った。
「まだそれは何とも。ただ……あまり公にはなっておりませんが、一部で物騒な事件や騒ぎが起こっているのは確かですね」
「それと行方不明者の増加も関連している……?」
おばば様の言葉にアロンとシモンが含んだような視線を向けた。
「おばば様の情報網には何か入ってないの?」
「今のところ、アンタたちが言う程に大きな話は入っていないね」
シモンは考えに沈むように視線を落とす。顎のあたりに手を当て考え込んだ。
「アロン、探知機のようなものは作れないのだろうか」
「探知機?」
確認するように復唱すると、微かに首を傾げる。
どちらかといえば魔道具を作るのはアロンの方が得意なのである。機械めいた手仕事が好きなタイプで、工房に籠って魔道具作りに精を出すタイプだ。
一方のシモンは研究者タイプで、不思議な植物や幻獣などが何よりも大好物な……研究という意味で……である。
「瘴気を放つモノが居たら引っ掛かる的な?」
「まあそうだな」
見た目は数歳年上のシモンが、落ち着いた様子で小さく頷く。
勿論大魔法使いを目指す――一応そういうことになっている――者たちであるので、実際の年齢が不詳であることは言うまでもない。
「う~ん……広範囲だと結構大変そうだよねぇ」
「そういうことにうってつけなヤツがいるな」
魔人はそう言うと、扉の方を親指で示した。
******
ハクが買い物からゲルへ戻ると、男がふたり立っていた。
お菓子を買ってもらいご機嫌なフェンリルが、飴細工を片手にスキップをしながら飛び跳ねている。
『ハク殿~、フェンリル~』
伝言係のタマムシがアロンの頭から飛び立つと、ブーンと羽音をたてながらハクのもとに飛んで行く。
「おや。お客さんかい?」
途中で出会った子ギツネを撫でながらハクがタマムシに聞いた。
『大魔法使イ見習イラシイ』
「大魔法使い見習い? 珍しいねぇ」
ハクは口をVの字にしながらニコニコと近づいて行く。
不思議生物好きなシモンは、その美しさよりも頭の上の耳と背に広がる沢山のしっぽに目が釘付けとなっていた。
「うわぁ! 魔族? それともキツネのおばけ?」
男? 女? と言いながらアロンが首を傾げる。
『失礼な奴らだな。人に名を訊ねるのであれば、まずは己から名乗るべきであろう』
彼らの腰の高さにも満たない小さな子どもが偉そうに注意をする。
ハクはニコニコと、アロンはきょとんとしてフェンリルを見、シモンは全くだと頷いた。
「失礼いたしました。私は西の大魔法使い見習い・シモン。この者は東の大魔法使い見習い・アロン」
「魔人が魔道具製作の力になってもらえって!」
アロンもニコニコしながらそう言うと、両手を頭の後ろで組んだ。
「私は白狐の大妖・ハク。九尾の狐だよ」
「九尾…………」
そう呟きながらハクの後ろに見えるモフモフのしっぽを目で追い数える。
ハクはニンマリと微笑みながら、フワフワのそれを楽しそうに左右に振った。




