03 大魔法使い見習い・前編
「ユニコーンさん、この鍋に思いっきり癒しや浄化の魔力を放出してください、ですぜ!」
「ブヒヒン!」
さあ、やっちまいな! とばかりにエヴィが鍋を指し示す。お気に入りであるエヴィに頼まれ、ユニコーンは任せろとばかりに前脚の蹄で力強く胸を叩いた。
鍋の中には浄化の効果が高いと言われる鉱石や、狭間の森近くの妖精や精霊が沢山住んでいる湖から汲んだ綺麗な水がたっぷりと入っている。ここにユニコーンの角からなんでも無毒化すると言われる純度の高い浄化の魔力を大量放出してもらい、『何でも浄化しちゃう水』を作ろうとしているのだ。
「…………」
おばば様が何とも言えない表情でやり取りを見ている。
本来なら作ることを止める物であるが……エヴィは、年代や種に関係なく、様々なものを浄化できる水を作れば便利じゃないか? 程度に考えているようであるが、それは限りなく聖水というシロモノである。
先日の呪いの護符のようではないか。
全くのデタラメでインチキな護符とは違い、こちらは本格的な聖水ならぬ浄化水であるが。
(ユニコーンの魔力を使って、それなりに効果があるだろうしねぇ……)
ひと儲けしようと考える人間なら止めるが、邪まな気持ちなど微塵も無いので放っておいても大丈夫であろう。第一そんな人間にはユニコーンが手伝うことなどないのだ。
出来上がったらアイテムボックスの端の方に放り込んでおけば、いつぞやのポーションのようにいざという時がやって来るかもしれない。
そんなことを考えながらため息をつくと、居間の端にある鏡が光った。
揃ってピンクのフリフリエプロンをつけたマンドラゴラと魔人が顔を見合わせた。
「…………」
『…………』
「……嫌な予感がするねぇ」
一瞬間を置いたおばば様が、面倒そうに鏡の前に立った。
シワシワの手をかざすと、淡く青白い光を放ち鏡の表面が波紋を描く。
現れたのは若い男性の姿である。
「やあ、おばば様! 元気?」
にぱっ! という音がつきそうな表情でご機嫌を伺うと、仏頂面全開のおばば様が口を開いた。
「…………。何の用だい?」
「え~? 何だかご機嫌斜め?」
まるでおちょくるかのように話しているが、通常運転である。
素だからこそ面倒だともいえるので、おばば様は嫌そうに口を開いた。
「あんたに構っている暇はないよ。用事があるなら早くおし!」
「うっわ~、怖っ! 今から『西の』とお邪魔してもいい?」
通信魔法で話すだけでも面倒だというのに、対面で相手をしなくてはならないことにゲンナリとする。
「何しに来るんだい」
どこまでも邪険な対応のおばば様に苦笑いをしながら、おちゃらけた男性が続けた。
「ちょっと見てもらいたいものがあるのと、聞いてもらいたいことがあるんだよ」
おちゃらけてはいるが、余程の用事がなければ自分のテリトリーから出ることはない人物でもある。それをわざわざ訪問するというのは、それなりの理由があるからであろう。
「解ったよ」
「今行くねぇ」
平気だって、と後ろの方に声をかけると、薬棚近くの壁がキラキラと光始める。陽の光が乱反射したような七色の光の粒が舞うように宙に現れては、軌道を描き始めた。
そして一気に大きな魔法陣がふたつ出現した。
転移魔法だ。
以前に南の大魔法使い・フラメルが現れたときには大層驚いたものだが、魔塔と行き来することがエヴィにもお馴染みであった。
光る魔法陣の中から出て来たのは、二十代半ばほどの異国風の服を着た男性と、落ち着いた色合いのキャソックを纏った真面目そうな男性が現れた。
「東と西が揃い踏みか?」
「あ~、魔人じゃん! お久ぁ!」
異国風の服を着た男は、人懐っこい表情で魔人に挨拶をする。
「伝説の大魔法使い・フランソワーズにご挨拶申し上げます」
服装の通り神官のような堅い雰囲気の男性が、そう言っておばば様に頭を下げた。
そしてちらりと、魔人の足元で震えるマンドラゴラを二度見すると、ロックオンとばかりにジッと見つめた。
「…………」
『……ぁぁぁぁぁ……!』
その横で異国風の服を着た男が両腕を頭の後ろで組むと、ナハハ! と笑う。
「相変わらず『西の』は堅いなぁ!」
「……お前が軽すぎるのだ、『東の』」
真面目そうな男は三十代くらいだろうか。綺麗に髪を横に撫でつけてある。
「あ、君が噂のエヴィちゃん? 俺、東の大魔法使い見習い・アロン!」
「東の大魔法使い見習い様……」
少年のような口調のその人は、東の大魔法使い見習いらしい。
思ったよりもだいぶフランクな様子に、エヴィは呆気にとられながら頭を下げた。
「で、あっちは西の大魔法使い見習い・シモン」
エヴィに向かって礼をとったものの、その横にいるユニコーンを見るや否や、ギンッ!と細い目を見開いた。そしてツカツカツカと、凄い速さで間を詰めると、まじまじとユニコーンを観察する。
「…………」
「……ブ、ブヒヒン……!?」
あまりの圧に思いっきり顔を後ろに引く。追いかけるように西の大魔法使い見習いであるシモンが、くっつきそうな程に顔をつけた。
「……ユニコーン……実に興味深い……」
ギラリと光る眼光に、ユニコーンが震えながらエヴィにしがみ付く。
『……ナンダナンダ、ウルセェナ!』
ソファの隅っこで昼寝をしていたタマムシが目を覚まし、ブーンと音をたてながら部屋の中を旋回する。
「喋るタマムシ!?」
シモンが今度はタマムシに詰め寄った。旋回するタマムシの下を追いかけるようにグルグルと歩き回るシモン。
恐ろしい眼圧から解放されたユニコーンが、大きく息を吐いては冷汗を拭った。
「相変わらず、ここって変なのばっかだね!」
「あんたに言われたくないよ!」
楽しそうにサラッと毒舌を吐くアロンに向かって、おばば様が嫌そうに答えた。




