27 春の予感?
手を振ってトレント達と別れ、魔界の結界をくぐる。
子ども達が楽しそうに次々と飛び跳ねてくぐり、くぐっては飛び跳ね。きゃいきゃいとはしゃいだ声が荒涼とした灰色の世界に色を添えるかのように響いていた。
結界をくぐった途端、ふっくりとしたほっぺをした少年の姿から、見目麗しい青年の姿に戻ったルシファー。結界に足を踏み入れようとかがみ込んだエヴィをエスコートするかのように、そっと手を取った。
「……ありがとうございます、魔王様」
「……ん」
輝くような微笑みを向けるエヴィにルシファーは、どう表情を作ったらよいのか、困ったような顔をしては短く頷く。
何に対しての礼なのか。エスコートなのか、今は不思議の木となったふたりに対する処遇についてなのか。はたまた他の事々も含めた全てなのか。
自分とは違う小さくか細い手。
守りたいという言葉が心に浮かんでは、片隅に居座っている。愛おしさと拒絶されるかもしれない不安とで胸が疼くような軽い痛みを感じた。
「?」
弱くて強くて、放っておけない存在。
「ルシファーの株が上がっちゃたかな?」
見つめ合うふたりの間を邪魔するように、ハクが笑いながら割り込む。
「エヴィは私が先に気に入っているからね。幾ら君でも譲れないよ?」
そう言うと小さな身体をきゅっと優しく抱きしめる。
そして毒のように甘い表情で笑いかけては。
「ね?」
「……ひぇっ?!」
何が何だかわからないものの、ハクには超至近距離で抱え込まれ、ルシファーには熱のこもった紅い瞳で見つめられて……エヴィの顔が真っ赤になるのは仕方がないであろう。
『抜け駆けは許さぬ! エヴィは我のものだ!』
不機嫌以外の何ものでもないと言わんばかりのフェンリルが、ぴょんぴょん跳ねながらルシファーとハクに抗議する。
「……エヴィはモノではない」
ムッとしたルシファーが眉を顰めながらもっともなことを言う。
「私たちに張り合おうなんて。取り敢えずもう少し大人になったら出直しておいで」
ハクが嫌味なほどに美しい顔で右手を払った。
『ぐぬぬぬぬ……』
怒り心頭とばかりにまなじりを釣り上げ、口をへの字にしたフェンリルが、拳を握って真っ赤な顔で踏ん張った。
ぼふん!
音と共に煙が起こる。数秒程して煙が晴れて来ると、何やら大きな人影が見える。
「…………!?」
更に視界が明瞭になれば、切れ長の金の瞳に蒼銀色の髪の精悍な美丈夫が拳を握りしめて立っていた。
「おや?」
「まあ!」
一行は幼児だったフェンリルの変わり果てた姿に(?)、感嘆の声をあげる。
視線がふたりと同じくらいになったフェンリルは、自分の身体をせわしなく見て触ると、大きな声で全員を見渡した。
そして、低くなった声で嬉しそうに叫ぶ。
『大きくなっ……!』
しゅるるるるるるっ!
今度は大きな音をたてて、一瞬で元の小さな姿に戻った。
『……………………』
「……………………」
全員が何とも言えない表情でフェンリルを見遣る。
「三秒だな」
魔人が俯くフェンリルに言い放つ。
エヴィが落ち込むフェンリルに優しく声をかけた。
「フェンリルさんはそのままで充分素敵ですよ。ゆっくり大きくなってください、ですぜ?」
フェンリルが見上げると、未だハクに抱きしめられ、右手はルシファーに握られたままのエヴィが斜めになったままで慈愛深い微笑みを向けていた。
『……ぐぬぬ!』
「ブヒンブヒンッ!」
乱入しようとするユニコーンをおばば様が止める。
「無駄なことは止めておきなよ!」
ジト目でおばば様を見るユニコーンに、マンドラゴラとタマムシが笑った。
『ぁぁぁぁ!』
『サッスガ姐御、モテモテジャン!』
いがみ合う魔王と九尾の狐とフェンリル(そしてユニコーン)と、状況が解らず赤い顔のまま頭の上にハテナを浮かべるエヴィに、おばば様はため息をついた。
「ジジイ共がおかしなことを言ってるんじゃないよ! それよりボワボワ草を探すよ!」
いつもながらの不機嫌そうな仏頂面でがなり立てた。
「僕知ってる!」
「くるくるしてて、もしゃもしゃの草!」
「あっちだよ」
お取込み中らしい大人たちの様子を黙ってみていた魔族の子ども達が、ボワボワ草が生えているらしい方向を指差して走り出す。
ついでにユニコーンが蹄でエヴィの手を握るルシファーの手を払いのけ、魔人がベリッとハクからエヴィを引きはがした。
「油断もナニもあったもんじゃねぇな!」
「ブブブブブヒンッッ!」
『……ダァァ、メェ……ッ!』
魔人とユニコーンが口を揃えて文句を言うと、足元でマンドラゴラも唸るような叫び声をあげた。
ルシファーとハクとフェンリルは顔を見合わせて、そして、魔人に連れていかれるエヴィを優しい表情で見遣った。
お読みいただきましてありがとうございます。
明日、三章完結となります。
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