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24 処分は

「面を上げろ」


 ルシファーに促された薬師がおずおずと顔を上げた。占い師は観念しているのか淡々とした様子で静かに前を見据えていた。

 



 魔界にて、ハクの持っていた瓢箪の結界から出された薬師と占い師は、それぞれ詳しい罪状を問われることになった。


 人間である占い師については魔塔で取り調べるのが本来であるが、マーリンがルシファーに一緒に調べてくれと押し付け……いや、願い出たのである。


 別に面倒だから押し付けたわけではない。

 エヴィのためである。


 心優しい彼女は、占い師と薬師が犯罪に走った背景を気にしていた。

 人間(魔族)には、残念ながら生まれながらに悪い者もいる。とはいえ大体は初めは性根が腐っていない者の方が多いのである。


 エヴィの考える通り、彼らとて何かしらの理由やきっかけがあってそうなってしまったというのが真相であろう。


 悪いことをした奴が悪いのは当たり前ではあるのだが、〇したから絶対に死、△したから即刻に死では、間違いなくワーラットの身が危険である。


 ――必ず死とは思っていないのだろうが、人間の上級魔法使いに過ぎないマーリンから見ても、貧弱過ぎる薬師のワーラットであるからして。魔界の過酷な処罰は即刻死に直結しそうである……風前の灯火と化しているように感じたのは仕方がないであろう。


 初めて遭遇した魔王は、クールな見た目とは裏腹に心優しい青年……(?)だと推測したマーリン。そこで、遠回しに情に訴える作戦を実行することにした。


 頻繁に調書について確認しては遠回しに情に訴え。エヴィの様子を伝えては遠回しに訴え。はっきり言うとなんとかかんとか命だけは消滅しない方向で進めるように持って行くのである。命大事。


 占い師の聴取の際には通信魔法でその様子を見ることが出来た。至れり尽くせりである。


(だがしかし為政者である魔王が、そう易々と情には流されてくれないであろうなぁ)


 今も魔塔のマーリンの部屋の鏡と聴取をしている場所を繋いでは、随時確認出来るようにしてくれている。


 他の人間にはとても言えないため、立ち入り禁止にしてお茶を飲み、事務作業をしながら視聴するマーリンがルシファーの淡々とした表情を見ながら、あれこれ思いを巡らせる。


 王とは常に自らを律する存在である。いちいち流されていたのではやっていけまい。

(まあ、とかく弱い立場の声は届きにくいですからね……)


 魔界の在り方を少しずつ変えようとしていると聞く。それなら尚更、イレギュラーな処理はルシファーのためにもなるのではないかと考えた。


 何度かに渡り事情聴取をし、行なった内容も全て確認済みである。

 残っていた金品はマーリンが預かり、警備機関に提出して被害者に返して貰うことに話をつけていた。


 警備機関には正直に、魔族が絡んでいると言ったところ首を捻られた。冗談だと思ったのだろう。

 魔法を使って拘束し運んだ(?)ため、少なくとも魔法使いが絡んでいるとは思われているのだろうが……

 本当なのだと説明をしたのだが、疑わしそうな目で見る者、及び腰になる者、そして心配そうにマーリンを見る者と様々であった。酷い話である。


 ただ概ね魔塔が隠蔽したい程のヤバい案件だと思われたようで、そちらの件に関しては魔塔でどうぞと一任された。

 


「使いに出ると偽って失踪し、人間界にて魔法薬を使い、人間を騙したことに相違ないな」

「……はい」


 ワーラットは魔界で上位魔族に理不尽な対応をされ辛かったこと、時に命の危機も感じたこと。魔界では相手を負かした方が勝ちという単純明快だが、力量差があり過ぎると努力ではどうしようもないことを切々と語った。


「そうしなくては生きていけなかったとはいえ、自分がしてしまったことをとても反省しております……どうか、命だけはお助け下さい!」


 薬師が涙を浮かべながら頭を下げた。


「申し上げます」

 占い師が頭を下げる。


「なんだ」


 ゆっくりと顔を上げてはルシファーを見た。


「詐欺の話を持ち掛けたのは私ゆえ、詐欺の咎は私に下していただければと思います」


 ルシファーは紅い瞳を眇めて占い師を見る。


「……なぜそんなにワーラットを庇う? 人間界での処罰であれば、お前の刑はせいぜい禁固数年であろう?」

「もうこの年で身寄りもありません。ずっとひとりで生きて参りました……薬師と暮らして数年、それなりに楽しく過ごさせてもらいました。その恩返しのようなものです」

「…………」


 ワーラットは涙を浮かべたままのつぶらな瞳で占い師を見つめる。

 薬師とは違うものの、やはり歓迎されず長い時を過ごした占い師にとって拠り所のような者になりつつあったのであろう。


「しかし、魔族であることを隠していたのではないか?」

「知っておりました。偶然ですが、変身を解いた姿を見てしまったことがあるので」

「えっ!?」


 驚いたワーラットが小さく声をあげた。

 それでもなお、変わりなく友情を深めていたのだ。


 慕っていたのは薬師も同じである。何だかんだで年上の占い師を頼りにし、心強く過ごして来た。


(さて、落としどころをどうするか)


 マーリンがそう思いながら鏡を見れば、落ち着いた表情ではあるものの、内心困っているだろう魔王を見遣った。

 ルシファーはルシファーで同じように考えているのだろう。やはりチラリとマーリンを見る。


「……発言のご許可をいただけますでしょうか」

「……許す」


 マーリンが手をあげて願うと、ルシファーは何かを確認するかのように頷いた。


「先程魔王様が仰られた通り、占い師の罪は禁固数年というところでしょう。ワーラットの罪はどうなりますか?」

「魔界の規則を破り謀って人間界に許可なく出入りしたこと、また人間界で人間に詐欺行為を働いたこと等々から、魔力の極限までの徴収と投獄であろうか」


 言葉を聞いて観念したかのようにワーラットは頭を床にこすりつけた。

 隣で同じようにワーラットへの刑の軽減を願い、頭を下げる占い師を見た。


 マーリンはふたりが本当に反省しているのかをじっくりと確認し、ルシファーへと向き直った。


「……その国その世界で価値観は異なります。その者に人間界と同じ刑にというわけにも行かないのでしょう。周りの者への影響などもありますから……」


 ただ、とマーリンが続ける。


「彼の方が、『罪は反省し償い、人生を再生して行くためのものであるべきだ』と申しておりました」

「…………」


 誰と言わずともエヴィであろう。

 ルシファーは眉を小さく動かす。部屋の端で控えていたハゲワシの執事もルシファーを見遣る。


「似たような刑で、かつ他の者も納得するような代替えはないものなのでしょうか」

「代替え?」

「はい。占い師が願うのであれば、彼も同じ刑に処すれば、魔族の方々もおいそれと罪を犯そうとは思わないのではないでしょうか?」


 それも考慮して、若干魔力の徴収を和らげるようにと視線に込めておく。

 ルシファーは柔らかい対応でいてなかなか狸であるマーリンを、呆れたような顔で見返した。


(魔王に交換条件を持ちかける人間など、何人目だ?)


 まあいいだろう。面白い。

 そんなマーリンに免じて呑んでやらなくもない。


(投獄の替わり。幽閉。力の弱い魔物……)


 ルシファーはエヴィを思い起こしては、代替え案を思いついた。


「……沙汰を申し付ける。種族をより魔力の弱い種族に変え、狭間の森に幽閉とする」


 マーリンとハゲワシの執事は小さく頷いた。

 種族をより弱い者にされ、けして出ることの出来ない狭間の森に追いやられる(普通に考えれば)のである。……なかなか妙案ではないだろうか。


「占い師よ、お前はどうする?」

「出来ますならば、同じ沙汰にてお願いいたします」


 そう言って頭を下げる。


「……ということだが」

 ルシファーはマーリンに視線を向けた。


「承知いたしました。魔塔側は問題ございません。そのように処罰すると警備機関に報告させていただきます」

「ありがとうございます」

 本来なら嘆くような刑であるが、占い師は微笑んで再び頭を下げた。

 ワーラットの薬師は安心したのか、それとも占い師に申し訳ないのか、頭を下げたまま涙を流していた。


(……やれやれ……)


 ルシファーとマーリンは、揃って心の中でそう呟いてはため息をついた。

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