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助っ人バイトは波乱含み

全三話のお話。

番外編には珍しく、ラナが主役です。

結構前のお話です。

「ラナさん、一生のお願い! サヤカの代わりに友達の働く店でバイトしてくれませんか!」


 突然のサヤカちゃんからの頼み。あまりに必死すぎるその様子に首をかしげた。


「サヤカちゃんは働けないの?」

「はい……。しょーちゃんが『ぜったい駄目だ』って」

「どんなバイトなの?」

「……飲食店です。夜しかやってないんすけど」


 ふーん。居酒屋かな? それならわたしでもできそうだな。


「わかった。いいよ」


 のちにわたしはむちゃくちゃ後悔した。深く考えずにこの話を受けてしまったこと。少し考えればわかったはずなのに。なぜ野口くんがこのバイトを駄目だと言ったのか、若干歯切れの悪いサヤカちゃんの物言い。まぁ“後悔先に立たず”だけどね……。

 ちなみにバイトは三日間。時給すら聞かなかった。時給を訊けばどんなバイトかすぐにわかったのに。


 もらったメモを頼りにその店へ向かった。その外観を見て、まさかだよね、と目をこすってみたけどやっぱり間違いではない。居酒屋じゃない。

 恐る恐る中へ入っていくと、その内装は目がチカチカしそうなぐらい輝くシャンデリア。テーブルとソファーが並んでいた。

 どう見てもやっぱり居酒屋じゃない、と呆然としていると、黒いスーツを来た男の人が寄って来た。


「もしかして、サヤカさんが紹介してくれたラナさん?」

「あ、はい」

「いやぁ、待っていたよ。店の子が相次いで風邪引いちゃって人手が足りなくてさぁ」


 その男の人は沢部さんというらしい。店長さんだそうだ。


「あのぅ、サヤカちゃんから飲食店ということしか聞いていないんですけど……」


 そう伝えると沢部さんは頷いて、説明してくれた。


「飲食店だよ~。お客様が来て、その周囲に女の子が座ってお酒を飲む、飲食店。平たく言えばキャバクラだね」


 キャバクラ~!? いや、わたしなんかが働いていいものなんですか? キャバ嬢ってみんな美人さんでしょ? 月とスッポンだよ?

 一気に自信をなくしてしまった。断る? でも店長さんすごく困ってそうだし。サヤカちゃんにもっとしっかり聞けばよかったんだよなぁ。だけど鮫島さんに知られたらマズイしなぁ……。


「あのぅ、わたしやっぱり……」


 断ろうと決めて話を切り出すと、全然わたしの話を聞いていなかった店長さん。店について説明を始めた。


「君にはヘルプについてもらうよ。おもにお酒を作ったりすることが仕事かな。あ、そうそう。時給は二千円ね」


 に、にせんえん!? やっぱり夜のお仕事は高時給だ。かなりおいしいよね。経緯がどうあれ引き受けたからには、やはり全うせねば……。


「わかりました。短い間ですがよろしくお願いします!」


 こうして”引き受けてしまったからには全うする”という建前のもと、真実は高時給に釣られたわたしのキャバ嬢体験が始まったのだった。







 わたしの教育係はモモちゃんというかわいらしい女の子。サヤカちゃんの友達。いろいろと簡単に教えてもらった。お酒の作り方とか、煙草の火のつけ方とか。


「サヤカのやつ、乗り気だったのに、カレシの一言でやめちゃうんだもん。嫌になっちゃう」


 モモちゃんはブツブツ文句を言っていた。あの二人は野口くんのほうが強いからなぁ。野口くん絶対主義。

 でもわたしも何だかんだ言って鮫島さん絶対主義のところ、あるからなぁ……。人のこと、とやかく言えない。


 初日はテンパりながらもなんとかこなした。多少失敗しても、店のみんなもお客さんも生暖かい目で見てくれたし。お酒勧められても平気だし、フルーツとかも食べまくったもんね。肌にはビタミンだよねぇ~。夜更かししてるし。


 二日目にもなれば少し慣れてきて、多少お客さんとも会話を楽しめるようになった。とはいえ難しい話題は得意の接客スマイルでごまかす。


 三日目。バイト最終日。バイト代は終わった後、現金払いだっていうからウキウキ!

 だって三万円だよ! カフェで三万稼ぐとなると、どれだけ働かねばならないか。だからといってキャバクラを続けようとは思わないけどね。


 平和に何ごともなくバイトは終わりを告げる……はずだった。

 とある人物の登場により、最大のピンチを迎えることになる。


「いらっしゃ……。設楽さんっ!」

「えっ、ラナちゃん!? どうしてこんなところに」

「設楽さんこそどうして」

「いや、ココ行きつけのキャバクラだし……」


 ぬぅお―――っ。なんという不運。まさか知り合いに遭遇するとは。


「ラナちゃん、ここで働いているの?」

「三日間だけです。今日で終わりなんです」

「鮫島はこのこと……」

「知るわけないじゃないですか」


 言えるはずない。ありえないよ。でもこのままだと確実に鮫島さんにバレる!


「あのぅ、設楽さん。このことを鮫島さんには……」


 そう切り出すと設楽さんはニヤリと笑った。


「黙っていればいいの?」


 わたしはコクコクと頷いた。さっすが係長、話が早い。出世コースに乗っかってるだけある。お礼にキャバクラ通いしていることは麻理さんには黙っておいてあげよう。ギブアンドテイクですね。


 設楽さんお気に入りのキャバ嬢はわたしの教育係のモモちゃん。ベタベタされて設楽さん、鼻の下伸ばしちゃってだらしないなぁ。なんか普段の設楽さんっぽくなくて面白い。こっそり写メ撮っちゃった。もちろん誰にも見せません。自分だけで見て、ほくそ笑むだけ。うしし。性格悪い??


 ボーイさんに呼ばれて設楽さんの席から離れる。連れられてきたのはナンバーワンのメグミさんのお客さんの席。メグミさんを指名した人はロマンスグレーの渋いオジサマ。でもわたしの隣に座っているのは脂ぎったオッサン。うわぁ~、嫌な予感。

 そしてその予感は的中した。


「君、新人さん? 見ない顔だね。カワイイ~」


 って言われるのはまぁ悪い気分ではない。問題はその後……。


 オッサンの手がわたしの太ももにぃ―――っ!!!


 気持ち悪いっ。鳥肌がブワッと立った。太ももを何度も撫でられて怒り心頭。殴りたい。このオッサン、ボコボコにしてやりたい。


 ソファーの上で手をギュッと握って拳を作る。決意して顔を上げるとメグミさんが目で訴える。『ダメ。我慢して』と。その視線で少しだけ冷静に考える。

 正直言って、殴っても今日で終わりだから構わない。でもヘタすればバイト代を根こそぎ没収される恐れも……。それは嫌だ。こんなオッサンのせいでわたしの三日間の努力が水の泡になるなんて許せない。したくもない厚化粧して、かなりキツイ香水つけて、胸元が開いたドレスなんて着た努力が無駄になる。我慢だ、わたし。頑張れ、わたしっ。


 自分を励まし、引きつった笑顔のまま何とか耐えた。わたしがそんな努力をしているうちに設楽さんは帰ってしまったみたい。まぁ設楽さんの口からこのことがばれることはないから安心だけど。


 いろいろあったけど、何とか無事キャバ嬢業務終了。


「ラナさん、お疲れさま。本当に助かったよ。はい、バイト代」

「ありがとうございます。短い間でしたが、お世話になりました」


 やったぁ~! 三万円~! 何に使おっかなぁ~。


 お世話になったモモちゃんやメグミさん、働くみんなに挨拶をしてから、浮かれ気分で店の外に出た。


 明日、服でも買いに行こうかな。耐えたご褒美にケーキバイキングに行くのもいいかもなぁ。


 そんなことを考えながら、何気なく自分の帰り道と反対側に視線を移す。その瞬間、全身から一気に血の気が引いた。


「さ、めじまさん……。何で……?」

「……おかえり」


 そこにいるはずがない鮫島さんが、半端ない威圧感を発しながら仁王立ちしていた。怖い、怖すぎる。魔王降臨、リターンズ。


 固まったまま動けないわたしに近づき、彼は乱暴にわたしの腕を掴んで、帰り道とは反対方向へ引っ張っていった。


「う、うちはこっちじゃないですよっ」

「今日は俺の家に泊まりなさい」


 はぁ!? 聞いてないですよ。そんなことできるわけないし。


「無理ですから。外泊するって言ってないし」

「俺から連絡しておいたから」


 ちょっと! なぜそんな手回しをしているんですかっ!? 


 そもそもどうしてここに……。って犯人、一人しかいないじゃん。

 くっそぉ――――っ、設楽さんめぇぇ。裏切りやがったなぁぁぁ。おぼえてろよぉぉぉぉ!!







 彼の家に着いた途端、押し込まれたのはバスルーム。シャワーを手にして鬼のような顔をしている様子に、服のままお湯をかけられると瞬時に察した。


「だ、駄目ですっ! このドレス、借り物なんで濡らさないでください!!」


 もちろんクリーニングに出すけど、人様のものを水浸しにするわけにはいかない。その訴えは渋々受け入れられたが、その場で身ぐるみをはがされた。そして羞恥で小さくしゃがみ込むわたしを冷たい視線で見下ろして一言。


「その似合わない化粧と香水、綺麗に落としてくるまで出てこないで」


 そう言い残して彼はバスルームを後にした。とりあえず一人でシャワーを浴びれることに安堵した。確かにあの化粧と香水は全然趣味じゃないし、早く落としたい。


 でもあんなに威圧感たっぷりな態度、取ることないじゃないですか。黙ってキャバクラでバイトしていたことはわたしが悪いですけど、ちょっと横暴じゃないですか?? 親に根回ししたり、人さらいみたいにここに連れて来たり。


 さっさと化粧を落とし、全身綺麗に洗ってにおいを取り去る。時間は大してかからなかったけど、鮫島さんと顔を合わせることが気まずくて、外に出ることに躊躇する。でもいい加減風邪ひくぞと思い、覚悟してバスルームを出た。


 ああ、そういえば着替え持ってきていないや。全裸で歩くのは嫌だなぁ。そんなことを考えていると脱衣所にはバスローブ。さすが鮫島さん、ちゃんとしてくれている、と思ったのは束の間、大事なものが足らないではないか。

 ――――下着がない。上も、下も。何度周囲をくまなく探しても、置いてあるのはバスローブのみ。


 ちょっとぉ! ノーパン、ノーブラでいろと?? ひどいよ!


 仕方なくバスローブのみという心もとない格好で、リビングに向かう。さっさと着替えを取りに行かなきゃ。


 するとリビングにはなぜか、とある匂いが鼻腔を打つ。……何で?


 鮫島さんはわたしの姿を見つけるとそばに来て、無言で手首を掴んできた。そして何を思ったか、後ろで両手をタオルか何かで縛ってきた。

 その行動に驚き、彼の顔を見上げる。わたしを見下ろすその顔は寒気がするほど美しかった。


「ラナ、……お仕置きだよ」


 その低くて甘い声がとても恐ろしかった。




要するにお仕置きが書きたかっただけです。

次回、決行です。

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