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異国の王宮と小人さん

 とうとう小人さんがドナウティル王宮に乗り込みます。

 少しずつ明らかになる世界の全貌。まだ終わりでなかった神々の思惑。ようやく物語が中間地点まで参りました。お楽しみください♪


『あれで良かったのか?』


『王を謀るは心苦しいが、致し方あるまい』


 盟約を結び心地好い魔力に浸りながら、二匹は物憂げに呟いた。


 彼等は鬼のレギオンがヘイズレープから連れてきた僕達だったのだ。件の経緯など説明されずとも知っている。

 主の森と種の守護を任され、事の成り行きを見守っていた。


『アレが妹御か。また苛烈な』


『彼の御仁の妹御とは一風違うの。彼女は儚げで脆いお人であった』


『でも執着するだろう? 主様が、わざわざ魔法石に封印するほど大切にしておられた記憶だし』


 少年神レギオンは、神となる前、人間であった頃の記憶を浄化された。

 しかし魂に深く刻まれた、ある記憶だけは浄化出来ず、本人の意思により、その邪な記憶を魔法石に封印する。

 その魔法石が黒紫に染まったあたり、封じられた記憶がどのようなモノかは察せられた。


 微かに俯き黙り込む二匹。


『.....幸せになれると良いな、主様』


『神々の御意志は分からぬよ。ましてや高次の方々のはな』


 封じられていたのは兄妹の記憶。遥か昔に、時代の中で翻弄された人々の。

 神々にも手をつけられない領域。時間。

 先に触れることも遡ることも絶対不可能なコレに、容易く手を出せる唯一の存在が高次の方々である。


『人間だった頃の主様は自殺したようなモノだ。やっと平穏を得られたのに、また.....』


『過去をとやかく言うても詮なき事よ。やり直しの機会を頂いたと思おう』


 二匹は胡乱げな眼差しで空を仰いだ。

 守護の軛から放たれ、彼等はようよう外へ出られたのだ。


『綺麗な星空だな』


『今頃、妹御は何をしておられるか』


 往生際が悪いと、少年神を叩きのめした小さな人間。


 ふっと零れた二匹の笑いが、砂漠の風に運ばれ森を馳せていった。


 その風が王都に届く頃。




「なによ、コレぇぇぇ」


 小人さんは頭を抱えていた。


 王都直前の街で宿もとれない魔物部隊。

 王子達が対応するも、すでに国王の崩御と王太子の即位が知らされている街から、全力で拒否され、ただいま夜営の真っ最中。


「力及ばず、すまぬ」


 彼等は王太子が即位すれば処刑される咎人だ。街が関わりたくないのも仕方がない。

 項垂れる二人を慰め、夜営慣れしている面々は意気揚々と準備を始めた。


 しかしそこに一匹の蜜蜂。


 蜜蜂が大切そうに抱えた書簡を受け取り、眼を通した小人さんは思わず地面に懐いてしまう。




 チィヒーロへ。


 元気かい? やり過ぎてはいないだろうね?

 こちらで新たな事実が判明したので急遽手紙を送るよ。


 黒紫の魔結晶には絶対に触れるな。アレそのものが魔物の卵らしい。

 

 私も良くは分からないのだが、君の言う蟲毒の呪術すら、どうやら餌だったようだ。

 侯爵らは利用されただけ。実際には多くの魔物の魔力や怨念をつかい、どこからか得体の知れないモノを呼び出す予定だったのだとか。

 その触媒が黒紫の魔結晶だ。触れたら何が起きるか分からない。


 くれぐれも触らないようにっ!!




 遅いよ、ロメール。その何かは元気ににぃーにと喧嘩してるにょ。


「だぁぁっ、もうっ、煩いぃぃぃっ!」


 一人、ぎゃんぎゃんと叫ぶ兄。

 

 自我が固定されたなら、これ幸い。

 小人さんらは少年神本人に色々と尋ねた。

 彼自身に過去の記憶はなく、ただ茫洋と千早の魂に寄り添っていたらしい。

 それが明確な覚醒を得たのは、小人さんがノームから黒紫の魔結晶を貰った時。

 そこから漏れる魔力と何がしかの記憶が少年神の頭を揺さぶった。

 そして千早の魂があるから自分は出られないのだと覚り、千早の魂を深淵に落とし込もうと目論んだのだとか。


『深淵の使い方は知っている。魔力が教えてくれた』


 しれっと宣う誰か。


 そして、眠ったりして千早が意識を手離すと、彼は簡単に出てこれるようになってしまったのだ。


 寝ていた小人さんを叩き起こして抱き締める誰か。


『可愛いな。そなたが在るなら、この世界も悪くない』


 溺愛にぃーにの影響か、彼もまた小人さんに執着しているようだ。


「あ~、もう慣れた。取り敢えず寝よう? アタシ眠い」


 ふぁーっと欠伸をする小人さんを抱き締めたまま、兄の姿をした誰かは頷き、毛布にくるまる。


『ずっとこうしていたのに。何故そなたは離れたのだ。.....ん? 離れた? いつ?』


 不思議そうに自問する誰か。

 その頭をポンポンと撫でて、小人さんは寝たボケた声で呟いた。


「アタシはここにいるにょ。ねんねこだにょ、にぃーに」


 花もかくやな笑みを浮かべ、その誰かも眠りにつく。


 無邪気な寝顔の二人を、複雑そうな顔でザックとアドリスが見つめているとも知らずに。

 その二人の横で、剣呑に剣の柄を握っていたドルフェンにも。

 

「これってどうしたら良いんだ? アレ、中身はハーヤじゃないんだろう?」


「分からん。取り敢えず危険はなさそうだが.....」


 むくりと起き上がり、小人さんの寝台に上がる千早に気付き、何かあれば取り押さえようと身構えていた三人だが、拍子抜けするほど穏やかに事は済んだ。


 アレは悪意を持つ何かだと思っていたが、そうではない?


 小人さんの態度からも、そういった忌避感は窺えない。


 大人三人はまんじりともせず夜を明かし、翌日、一行は王都に向かって飛び立った。




「フロンティアからの御使者? そのような話は承っておりませんが?」


「私が共にあるのが証拠であろうっ! 通せっ!!」


 王宮前で問答するマサハド王子。

 さすがに王子の行動を妨げることも出来ず、渋々の態ではあるが一行を通す門番。

 まだ王太子は即位していない。なれば、二人は未だ間違いなくドナウティルの王族なのだ。

 馬車の一台くらい通しても良かろう。


 風前の灯だがな。


 残忍に口角を歪める門番。


 それを一瞥しつつ、小人さんは王子達を見た。


「状況は最悪。たぶん、すぐにでも妃の手が回るはずにょ。心してかかるがよろし」


「分かっている。しかし、こうなれば他の王子達や妃達も崖っぷちなはずだ。協力が仰げると思う」


 玉座に就く者が決まったならば、他の王子達も処刑されるのだ。

 さらには今懐妊中の妃も、母体ごと処刑される。

 

 それなら一縷の望みをかけてマサハドに協力する者も出るだろう。

 その各王子らを支持していた貴族や、妃の後援をする親族など、かなりの数が見込まれる。


 今までの悪習を断ち切る千載一遇のチャンス。


 自分の宮に入り、策略を巡らす王子達を余所に、第一妃から御茶の招待が小人さんにもたらされた。


「来たな」


「ヒーロ..... 俺も行こう」


 緊張した面持ちのマーロウの心配げな言葉を断り、小人さんはヒュリアに頼んで正装に着替えた。


 見るからに上質でシンプルなデコルテに、菊をあしらった剣摘まみの花飾り。それらを程好く配したドレスは圧巻の一言。

 さらには以前ウィルフェから貰ったティアラをつけ、肩から袈裟がけにした帯は赤地に金の縁取りのフロンティア王家の色。

 複雑な模様が刺繍されたその帯飾り一本で、彼女の地位が知らしめられる。

 そしてその高貴な佇まいを完成させる、小人さんのしっとりとした所作。

 和洋折衷に拵えられたレースの扇をパっと開き、長い睫毛ビシバシの眼を物憂げに伏せた。


「どんな方か見聞してまいります。皆様、準備は怠りなく」


 そそと振る舞う少女に見惚れ、男性陣は絶句する。


「.....詐欺だよな、コレ」


「言うな。今に始まったこっちゃない」


 そう。十年前を知る面々は、小人さんのTPOを心得ていた。

 その場に応じて装いや口調、その所作を自在に操る末恐ろしい幼女。

 たまに失敗もあるが、彼の昔から、彼女はこういう生き物だった。


 あまりの妹の変貌ぶりに、千早も尋ねた事がある。


「てーぴーおーって?」


「とってもピーマンなお勧め。どうでも良い事だけど覚えておくと便利な事」


 実際の意味とは違うが、的を射た表現だった。


 ふーんと、その時は流した千早だが、今になってその言葉の意味が身に沁みる。


 覚えて損なことは何もない。得てして後になって役にたったり、覚えておくんだったと後悔したり。

 妹の、学びに貪欲な姿勢が、実は正しかったのだと今になって気づく千早だった。


「では行って参ります」


 すちゃっと敬礼し、小人さんはドルフェンとヒュリアを従えて王宮に向かう。


 むんっと鼻息も荒くテケテケ歩く少女を見送り、誰とはなしに噴き出した。


「中身は変わらないな」


「当たり前だ」


『我が妹は、どんな姿でも可愛い』


「同意するけど、勝手に出てくんなっ!!」


 妹に見惚れた一瞬をつき、ちょろちょろと出てくる誰か。


「もーっ、めんどいし、煩いし、紛らわしいっ! おまえ、名前無いのか?」


 頭の中の誰かが、意表をつかれたかのように沈黙した。そして途切れ途切れに呟く。


『.....チェーザレ。そのように呼ばれていた記憶があるな』


「チェーザレか。良い名前じゃない? これからは、そう呼ぼう」


『うむ』


 まるで千早の一人芝居のような一幕に苦笑する周りの人々。


 しかし、後でそれを耳にした小人さんは、眼を見開いて固まった。


「.....カンタレラの猛毒?」


 不穏な単語を耳にして、訝る人々だが、彼らはこの言葉の意味を知らない。


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― 新着の感想 ―
え〜何故にヤバいのとヤバいのが一緒になっちゃったのさ(;・∀・)混ぜるな危険が混ざってシスコン度がより酷いことに?
千早の奥底に居た人、ボルジア家か…そうか、うん。 川原泉先生の‘バビロンまで何マイル?’という作品を思い起こしました。 千早がチェザーレをいなすというか、折り合いをつけそうな気がする。千尋もそうだけど…
コミックスからこちらの作品まで、つい最近辿り着きました。 作者様の趣味炸裂の楽しい作品で、楽しませてもらっています。 チェーザレとルクレツィアなんですねぇ。
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