異国の王子と小人さん ななつめ
昨日は少し楽しい事がありました。ネットの中って色んな人がいて、面白いです。
そしていきなりこの寒さ。お尻がヌクヌクで嬉しいワニがいます。
「何だ、これはーっっ!」
絶叫を挙げつつ眼を見開いて満面の笑みなマーロウ。
彼等は今、蜜蜂飛行で空をかっ翔び中。マーロウは窓にへばり付き、きゃーきゃーとはしゃいでいた。
その周りには床に踞ってガタガタと震えるマサハドの部下。
今回は護衛騎士らも一緒に乗り込むため、ロメールが徹夜で改良した魔術具で、何時もの倍に空間を広げてあった。
この事もあり、翌朝まで出発が延ばされたのだ。
「これはまた..... 魔法なのか?」
緊張気味に室内を見渡すマサハド。案内された馬車に彼が足を踏み入れると、そこは広い室内だった。
何度も外に出て、外観を確認するマサハドに小人さんは苦笑い。
「そうだね。空間増幅の魔法だにょ」
揺れもないし快適な空間である。あっという間にフロンティア王宮が遠ざかり、ただいまヤーマン上空。
まだ陽があるため、このままフラウワーズ辺境の農村まで向かう予定だ。
夜会の後、そのまま出発しようとした小人さんは、必死な顔のロメールに止められた。
「頼むからっ! こっちが書状の用意をするまで待って? あとドレスは着替えていけーっ!」
言われて気づいた。小人さんは王宮から飛び出してきたままの姿である。
翌朝までに全部揃えるからとロメールはサーシャらに言い渡し、小人さんは捕獲され御風呂に入れられた。
後は御察しだ。
温かい湯船に揺られ、小人さんは、すぴーっと寝入ってしまったのである。
憎きは疲れやすく、惰眠を貪る子供の身体。
周囲が安堵の溜め息を漏らす中、離宮にも連絡が行ったらしく、ドナウティルの二人も離宮で睡眠を取り、翌朝早く伯爵家にやってきた。
「六時間も無駄にしたぁぁぁ」
「こちらの準備だってあったんだから、仕方ないでしょ」
ベソベソする小人さんは、呆れたような眼差しで見つめる周囲に慰められながら、ようよう巡礼用の馬車で旅立ったのである。
「しかし、何故に我々に味方してくださるのですか?」
自分達を救う事は、彼女にとって何の得もない。フロンティアにとっても。むしろ害悪と言っても良い存在なはずだ。
訝しげに問うマサハドに、小人さんは眼をすがめてマーロウを見る。
「ドナウティルでは友達を助けるのに理由が必要なの?」
それだけ?
思わず瞠目する第二王子。
「これが死んだらヒーロが泣く」
ぶっきらぼうに答える千早。小人さんらが乗り込むより先に、ちゃっかり乗り込んでいた彼である。
「御嬢の行動に理屈はない」
「だぁなぁ。嫌な事は嫌っ、って感じで、何処にでも飛んでいくからなぁ」
据えた眼差しでマサハドを見る男性は、黒髪黒目。やや浅黒い肌はドナウティル人と似ていた。混血かもしれない。
その隣には穏やかな笑みの男性。こちらは赤茶色の髪に深い茶色の瞳。透き通るように白い肌はフロンティアを含む、大陸中央人特有のモノだ。
この大騒動に、全く疑問のないらしい従者達。
大きな体躯の騎士は、小人さんから離れず、その膝に抱えている。
周囲の騎士達もなに食わぬ顔。
そして、この室内の拵え。
ドナウティルと同じように、床に座りクッションを使う仕様。厚手のラグや絨毯で座り心地も悪くない。
座卓テーブルに設えられた御茶や軽食。途中、大きな木の広場で昼食と休憩を取ったが、ほんの掌サイズの玉から多くの物品が出てきたのにもマサハド王子は驚いた。
「これも魔法か?」
「そうです。馬車一台分ぐらいなら、この一つに封じられます」
マサハドは目の当たりにした数々の魔法に冷や汗を垂らした。
フロンティア軍は、兵站を必要としない。
飼い葉も食料も武器も。その全てが掌サイズの玉に封じられるのだから。
この玉を積んだ馬車数台でもあれば、彼等は何ヵ月でも遠征で戦えるのだろう。
死蔵もなく、効率的に物品を行き渡らせて使える。
なんともはや。驚く事ばかりで言葉もない。
魔法が存在すると言うだけで規格外な国である。
そして、アドリス達が腕を奮った昼食に、さらなる敗北感を味わうマサハド王子だった。
「いや、もう.......... 何も勝てる気がしない」
農村で歓待され、広場に天幕を張るドルフェン達。
今回は大所帯だ。なのに天幕は一つ。フロンティアであれば、それで十分。
馬車に乗り込んでいたのは双子とその従者。何時もの騎士達+王子二人とその腹心ら五名ほど。
この臣下達、ドナウティルに帰還するという二人に、かじりついてきたのだ。
「帰れば処刑されますっ! 御再考をっ!!」
「我々が安全な地で生活を整えますっ、逃げましょうっ!」
ガジガジと噛りつきつつ、全力でマサハドらを止める腹心達。
どうやら彼等の忠義は本物だったようだ。
「まあ後数人なら乗れなくはない。連れていけば?」
小人さんの言葉に胡散臭げな眼差しを向けつつ、彼等は同行してきたのである。
今回は何時もの騎士らも馬車に同乗している。なので、王子ら込みで泊まれる天幕が必要なのだ。
馬車にはベッドも備えられているが、幼いとはいえ他国の王女殿下と同室で眠る訳にはいかない。
天幕にも簡易だが寝台を用意出来るため、不承不承な態だがマサハドの腹心らも承知した。
「こちらです」
天幕に足を踏み入れた王子達は、再び生温い笑みを浮かべる。
中はだだっ広く、奥の寝台二つに蓋が張られていた。
そして左右にずらっと並ぶ簡易寝台。
もはや笑うしかない。外観の十倍はある広さである。
「我々は左右の寝台を使います。王子殿下らは奥の蓋の中を御使いください」
見張りが交代で立つらしく、騎士団の寝台は十個ほど。奥の蓋の左右に三台ずつある寝台がマサハドの臣下らのモノらしい。
「ドナウティル貴族である我々に、騎士達と雑魚寝せよと申すか」
あからさまに顔を歪める人々。
それを一瞥して、ユーリスが慇懃に答えた。
「部隊長であるドルフェン様は侯爵令息であらせられます」
じろりと目玉だけを動かして見据えるユーリス。
彼は平民上がりだが、以前、小人さんにこてんぱんにやられた事があり、一目おいていた。
当時自分は、まだ騎士爵を得たばかりの若造で、その鼻っぱしらを根本からボッキリと折られたのである。
筆頭護衛が上級貴族。その事実を知り、押し黙るドナウティル人。
黙って床に入る王子達を見て、ユーリスは鼻白んだ顔をした。
寝台を用意したのに、雑魚寝とか。本当に毛布一枚で雑魚寝させてやろうか。
眼をギラつかせたまま、ユーリスは見張りに立ちに天幕から出ていった。
先が思いやられる。
苦笑する騎士達はカンテラの灯りを消し、暗くなった天幕と馬車を夜の帷が優しく包み込んだ。
明日の夕刻にはドナウティル辺境に到着するだろう。
フラウワーズのようにフロンティアに似た文化ではない初めて行く本物の異国。
とびっきりのワクワクに胸が高鳴り、中々寝付けない小人さんだった。
「チィヒーロっ!」
「はぇっ? マルチェロ王子?」
駆けてくる葦毛の馬に跨がるのは見慣れた青年。
肩にノームを乗せて、朗らかな笑顔で近寄ってきた。
「手紙は読んだ。何か必要な事はあるか?」
ロメールが蜜蜂便を飛ばしていたらしい。
小人さんは、書状の一つをマルチェロ王子に渡す。
「これに書いてあるって。後は空を飛ぶ許可だけお願いね」
「ああ、それはロメール殿から聞いているよ。こちらが許可証だ」
書状と交換にマルチェロも書簡を渡してきた。
王太子自らがおつかいかよ。
一瞬、眉を寄せたが、それでも書簡が早く届いたのは、ありがたい。
本当はロメールに届いてから蜜蜂便で小人さんに届く予定だったのだ。
「ありがとう。これでフラウワーズを一っ飛びできるわ」
ほにゃりと笑う小人さん。
「しかし、ドナウティルに殴り込みとは。こちらも国境線に軍を配置した。何かあったら、逃げ込むがよい」
ドナウティルはフラウワーズの東北をさらに行った所だ。
大きな砂漠が横たわり、過去には熾烈な戦いもあった国。
今でこそ平穏ではあるが、その昔をひきずり、決して友好とは言えないフラウワーズとドナウティルである。
「ありがと。でも、まあ大丈夫かな」
アルカディアの国々は砂漠や荒野に孤立している形が多く、それぞれの国で完結していた。
崩御や即位に他国を呼ぶ事もなく、報せる事もない。
後に間者から報告が来るくらいだ。
完全な独立地帯。
中で何が起きているのか、周辺国には分からない。
「気をつけて」
「うん、行ってきます」
マルチェロ王子らに見送られ、一路ドナウティルを目指す小人さん。
何も知らぬドナウティルに魔の手が忍び寄る。
前世では神をも跪かせた金色の王の降臨を、ドナウティルの人々は、まだ誰も知らない。




