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小人さんの新たな日常 ななつめ

 


「魔法は理です。理論に基づき、正しい配合で絡め、複合魔法を発動する事も可能です。その基礎を学ぶため、ここではない別な場所へ移動します」


 ふくふくとした太鼓腹を揺らし、魔術のヨーファース先生は、生徒らを連れて建物の外へと向かった。


 通常は専門棟で行われる授業だが、特級のみはそれに特化した施設で行われる。

 魔術に特化した施設。それすなわちダビデの塔である。


 特級魔術クラスの生徒は、当然のように高い魔力を保持しているので、転移ゲートも使用出来、特例として、このクラスの授業のみは王宮の許可を得て、ダビデの塔で行われていた。


 その道の専門家が集う場所に、今年新たに加わった生徒が感嘆の溜め息を漏らす。

 

「ここがダビデの塔..... ああ、貴族学院の生徒である事に感謝いたします」


 胸に手を当てて、熱い憧憬の眼差しを塔に向ける先輩達。

 魔術特級クラスは殿下方を含めて七人で、引率する教師とともにダビデの塔の前に並んだ。


「ここは魔術の最高峰です。秘匿案件もございます。皆様、くれぐれもお忘れなきよう」


 ふくふくとした恰幅の良い老人は、孫を見るように優しい眼で生徒達を見る。真っ白な髪と豊かにたくわえられた長い髭。

 まるで某映画に出ていた魔法学園の学園長みたいな出で立ちで、小人さんは、あの真っ白な頭に三角帽子をのせたくて堪らない衝動にかられる。


 如何にも魔法使いって感じの爺様だなぁ。ちこっと肥りすぎだけど。


 生徒達と並ぶヨーファース先生は教師歴七十年というベテランだった。


 塔の前で待機すること数分。中から扉が開き、塔の魔術師達が現れる。

 開いた観音開きの扉に眼を見張り、小人さんと千早は、その横にある魔力ゲートを一瞥した。


 あちらからは入らないのかな?


 いつも小人さん達は魔力を流して溶ける、あちらのゲートから入っている。

 中へと進む生徒の最後尾を歩く双子が、チラリとゲートを見たのに気付き、ヨーファース先生は指を口に当てると、お茶目に眼を細めた。


 ああ、なるほど。これも秘匿案件か。


 双子は微かに頷き、他の生徒らと扉を潜る。

 するとそこには多くの機材が並び、例の魔力回路がピシパシと音を立てて動いていた。

 魔力回路初見の生徒は言葉もない。


「これは魔力の指向や配合を試せる回路です。そして、ある秘密もあります」


 説明する魔術師が、クルリと指を閃かせると、そこの指に掌大の真っ赤なトカゲが顕現した。

 わっと眼を見開く生徒達。


「これはサラマンダー。魔術師にとって、中々に有益なパートナーとなります。この回路に魔力を全力で注ぎ、試練を越えた者のみが精霊を手にすることが可能です」


 魔術師の差し出す手に絡むサラマンダーを、生徒達は眼を輝かせて凝視する。

 視線の集中放火に驚いたのか、サラマンダーは居心地悪げに、ぽぅっと焔を口から噴いた。


「火だっ!」


「そうです。サラマンダーは火の精霊。火の適性がないと顕現いたしません。ささ、モノは試しです。皆様もやってみますか?」


 にっこり微笑む魔術師に群がり、五人が魔力回路に駆け寄っていく。

 授業もそっちのけで、回路に魔力を注ぐ生徒達。

 それを生温い眼差しで見つめながら、双子はヨーファース先生を見上げた。

 訳知りな顔で微笑む先生。


「先生は御存知なんですね?」


 千尋の言葉に眼を細め、ヨーファース先生は、フサフサな髭を小さく揺らす。


「王弟殿下は、私の弟子なのだよ。貴殿方の事をくれぐれも宜しくと頼まれておるのだ」


 ロメールの師匠っ?!


 思わず背筋の伸びる二人に、さも面白そうな顔で肩を揺らすヨーファース先生。


「固くなることはないぞ。優秀な魔術師候補と聞いておる。好きに学びなさい」


 ふぉっふぉっと愉快そうに笑うヨーファース先生の前で、何人かが渾身の魔力を回路に流し込んだが、誰もサラマンダーを顕現させる事は出来ない。

 テオドールも試していたが、ふっと力を失い崩折れた。中には意識を朦朧とさせている者もいる。魔力切れだ。


「単純に魔力不足か、焔の適性がないか。残念です」


「限界まで魔力を使う事を知るのに良い試しです。己の魔力の上限を理解しておくのは大切な事ですからな」


 世間話に花を咲かせる大人達を悔しげに見る生徒達。

 そしてふと、ファティマが双子を振り返る。


「あなた達は試さないの?」


 如何にも不思議そうに尋ねるファティマの声に反応して、他の生徒も小人さん達を見つめた。


「あっと.... わたくし達には、まだ早いのでは?」


「ええ、僕らには分不相応かと」


 それを耳にした魔術師達が、盛大に肩を揺らしているが、双子は見ないふり。要らぬ波風はたてないに限る。

 面倒事は全力で御免被るとばかりに、しれっと誤魔化すジョルジェ家の子を、少し離れた位置から観察している者がいた。


 ドロリと濁り、まるで死人のように淀んだ瞳と、今にもヨダレを垂らさんばかりに薄く開いた唇。

 今の彼を誰かが見たら、きっと悲鳴を上げた事だろう。それぐらい人間離れしたおぞましさである。

 陰鬱に影を落とし一人佇む男性は、双子がそれと気づく前に姿を消していた。


「にゅ?」


「どうかした? ヒーロ」


 さっきまで絡んでいた妙な視線。捉えどころのないそれは、確認する前に霧散する。


「いや、なんか誰かに見られていたような?」


「誰?」


 小人さんの台詞に、すうっと千早の眼が獰猛な光を帯びた。猛禽を思わせる鋭利な目差し。

 

 ヒーロを見てた? いつ? 誰が? 全く気づかなかったぞ??


 自分の眼を盗んで妹を見ていたという輩を、千早は探した。

 五感を研ぎ澄まし、賜り物のカフの精度をMAXにして、件の人物とやらを探索する。

 (つたな)いながらも操るカフに、つと甲高い忍び笑いが聞こえる。カッと眼を見開き、千早は声のする天井を見上げた。


 そこから聞こえる不気味な呟き。


『もうすぐだ...... 復活する。贄は金色の王......』


 所々掠れ、完全には聞き取れないが、確認出来た単語だけでも不穏極まりない。


 金色の王って、ヒーロの事じゃないか? 贄って?


 間違いなく、悪意のこもったその呟きに、千早は目の前が真っ赤に染まる。


 ふざけるなっ!


 転移装置を使って移動したのだろう。上の階は魔術師らの私室だ。

 このダビデの塔には千尋を害しようとする敵がいる。

 憤怒の感情につられ、千早の周囲で凄まじい魔力が渦を巻く。

 それを察知した小人さんは、千早の目の前で、パンっと両手を叩いた。


 きょんと呆ける真っ黒な瞳。


「どしたん、にぃにっ? 凄い顔してるよ?」


「あ? .......ああ、ごめん」


 我に返った千早は、それでも天井から視線を外せない。


 お父ちゃんに...... いや、王弟殿下に相談だ。


 ぎりっと奥歯を噛みしめて、千早はダビデの塔をあとにした。


 豹変した千早を訝りつつも、小人さんはアレコレに忙殺されて、今回の事を失念する。


 巡礼に合わせて、奈落の底が蓋を開けた。


 双子を陥れるための陥穽が、満を持して動き出す。血で血を洗う凄絶な未来が、今幕を上げた。

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― 新着の感想 ―
これは某国の人で、レギオン様ご復活の儀とかですか……?
[一言] 千尋には家族やポチ子さん達とワチャワチャしてるのが一番合ってるけど、まわりがそれを邪魔するのか… 頼むぞ、ロメール&千早!
[一言] にぃにヤマアラシになる の巻
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