071話 母さんとの面談 由紀
由紀が部屋を出て行ってから数分。スマホの充電も少しはできたはず。
俺は心ウキウキに電源を入れる。やはり新しい機種は心躍るものがある。
とりあえず、ホームの画面までは終わった。
そして、俺は気が付く。
無線のキーってなんだ?
部屋のパソコンは有線でつながっている。
恐らく無線もこの家だったらあるだろう。自宅で無線を使わずキャリアのパケのみ使っていたらパケ死してしまうだろう。
さて、どうしたものか……。
――ピィィィィィッ!
お湯の沸く音が聞こえた。早速兄さんの何時も飲んでいるコーヒーを入れる。
さて、少し茶菓子も準備しましょうか。出来る女性は気が使えるんです。
「由紀。純一さんは?」
後ろから母さんに声をかけられる。
「兄さんは部屋にいます。いまコーヒーを入れな直したところです」
「そう。レイとマリアとは話は終わったわ。由紀も少し時間いいかしら?」
今入れているコーヒーはドリップだ。
落ち切るまでに数分はかかる。
「入れたてを兄さんに持っていきたいので、数分であれば」
「えぇ、大丈夫よ。そんなに話すこともないし、この場でいいわ」
コーヒーが一滴一滴落ちていくのを横目に、私は母さんの方を見る。
普段は温厚で優しい母さんだけど、怒る時は非常に怖い。
大声を出すとか、暴力的な意味ではなく冷徹な怖さを感じる事が多々ある。
絶対強者のオーラと言えばいいのか。恐らく私は母さんにはずっと勝てない気がする。
「母さん、私と話す事ってそんなに無いのですか?」
「由紀は普段から良い子だし、これと言って私がいなくても、自分で考えて動けるでしょ?」
「まぁ、イレギュラーな事が無ければ、恐らく大丈夫だと思います」
「要点だけを伝えるわね。まず、純一さんにボーディーガードを雇いました。後日あいさつに来ます。初日に由紀も同席し、挨拶をしておきなさい」
「泊まり込みになるのですか?」
「必然的にそうなるわね」
それはあまりよくない。知人の話では、ボディーガードと雇い主の男性が結ばれた話もちらほら。
兄さんのストライクゾーンから外れ、能力的のも私以下の方が派遣されてくることを祈りましょう。
厄介ごとの処理は時間がかかります。兄さんは私が守るので、自宅では必要ありませんが……。
「由紀は ―自宅では私が守るからガードは必要ない― と思っているでしょ?」
読まれた。さすがお母さん、私の事を良く知っている。
「そうですね。一瞬頭をよぎりました」
「その点は大丈夫よ。何かあれば人員を交代させるし、何より、純一さんを自宅内で守る事も仕事の一つなのですから」
自宅内で守る事? それは当たり前の事。お母さんは何をっ―
そうか「兄さんを私達から守る」と言う意味か。これは先手を打たれましたかね。
「お母さん、心配しないでください。皆で仲良くしますから」
「お願いしますね。みんなと仲良くしてくださいね。みんなですよ?」
「大丈夫です。私も子供ではありません。心配しないでください」
にっこりとほほ笑みながらお母さんを見る。
お母さんも微笑んでいるが、目がいつもより冷たい。
「そうそう、由紀もできるだけ猫被らないようにね。素を出していかないと、これから先きっと疲れてしまいますよ」
私は笑顔で答える。
「大丈夫。猫を被るのはもうやめました。私は兄さんが好きだし、兄さんの為なら何でもする。そして、兄さんを守ります」
「ふふっ。やり過ぎ注意よ。あなたはまだ若い。若いと言うか、まだ子供よ。しっかりと精進するのよ」
「はい、精進します」
「では、私はそろそろ部屋に戻るので、純一さんに部屋へ来るように伝えてもらっていいかしら? そのコーヒーは私の部屋に持っていくわね」
お母さんはそう言い残し、台所から出て行った。
コーヒーは母さんに預け、私は兄さんの部屋に戻る。
――コンコン ガチャ
兄さんの部屋に入ると、スマホを片手に画面とにらめっこしている兄さんがいる。
「お、由紀か。なぁ、無線のキーってわかるか?」
どうやら新しいスマホの設定で困っているようだ。
「はい! キーはもちろん、便利アプリやツール、その他各種設定含めなんでもお任せください!」
ここぞとばかりにアピールする。
私はそれなりに機械には詳しい。スマホもメーカーや機種は違えど、中身はほぼ同じ。
ちょっと男性専用機がどうなっているのか正直なところ気になるのも本音。
「じゃぁ、キー教えてもらっていいか?」
「兄さん、母さんが呼んでいますよ。面談中に私がもろもろ設定しておきますよ!」
「お、そうか。気が利くな、じゃぁお願いするな。もし、パス設定とかあれば適当に仮設定してくれ」
兄さんは私にスマホを渡し、部屋から出ていく。
ひゃっはー! 兄さんのスマホに触る機会がこんなに早く来るとは。
どうやって兄さんからスマホを借りるか色々と考えていましたが、考えすぎでした。
私は兄さんからスマホを預かり、早速画面を覗きこむ。
さて、私の力の見せ所ですね……。
―― コンコン
「母さん、入ります」
俺が母さんの部屋をノックし、部屋に入る。
目の前にはテーブルの向こうに座っている母さんが。
そして、俺の座る予定の所には湯気が立っている入れたてコーヒーがある。
「早速話をしましょうか。まずは、退院おめでとう。体調はどうかしら?」
俺は用意された座布団に座りながら、コーヒの入ったマグを片手に答える。
「体調は問題ないです。病院にいた時から色々とありましたが……」
入れたてのコーヒーはいい香りがする。由紀が入れたコーヒーか。
また今度入れてもらおう。
「そう、それは良かったわ。何か思い出したことは?」
母さんに言われ、思い返す事数分。
うん。まったくこの世界の事は思い出せない。それは当たり前か。
俺はもともとこの世界の人間ではない。困ったことに、前純一の記憶はきれいさっぱりない。
部屋の面影や周りの人間の話を聞いて何となく、前純一の様子を知るくらいで、中身は今までの俺である。
「いえ、まったく……」
「ふいに思い出す事もあるでしょう。それまでは家族を、友人を頼りにしなさい。もちろん、母にも頼ってくださいね」
優しい微笑みを俺に向ける母さんは、初めて会った時のような禍々しいオーラはなく、優しいオーラ―を感じる。
これは、母親のぬくもりってやつか? 元の世界でも、結構家族と疎遠だったし、子供の頃の記憶をたどってみる限り、俺の母親と同じ感じがする。
「そうですね。頼りにします」
「……純一さん。本題に入りますね」
母さんの目から優しさが消え、冷たい感じの目線に変わる。
あ、なんか怖いなこの感じ。蛇に睨まれたカエルの気分だ……。
そして、母さんの口から本題が話される。
「純一さん。私は、純一さんを愛しています。世界で一番……」





