95. 内界へ行ってみた(2)
いつもありがとうございます。
再びブランに乗ってテイクオフ。次の仮宿に向かって、高度をあげて町の向こうの山を越える。
これ、山の上を直線でさっくり飛んでるけど銀雪で地面走ってたら大変だったろうな。改めてブランには感謝だ。
真西から真北へのコースで、俺たちはいま皇国の中心部に向かっていた。オビクロ世界では陽が沈もうとしていて、オレンジ色の世界から藍色の中へと進んでいく。風が少しずつ冷たくなってきた。
「ねえ、カイくん。あれが王都じゃない?」
姉ちゃんが指差す方向に目を向ける。遠くのほうに、白っぽいオーロラのようなものが見えた。夜の闇の中で発光している。
「あれは……」
「ほら、光の帯があそこに繋がってる」
たしかに、西国の星見の塔の上に見えていた光の帯がその白いカーテンのようなものにのびて合流している。
「もしかしてあれが王都を囲む結界ってやつなのかな。なんだろ、塔から結界魔法かエネルギーを供給してるとか?」
「うん。そんな感じがするね」
つまり、王都に入るためにはいずれ星見の塔にあるあの帯の発生源を止めるか壊すかしなくてはいけないんだろうか?
でも悪いものをそのまま皇国に封じ込めてるわけだから、結界を壊すってことは世界に向かって災いを開放することになるんだよな。それってプレイヤーの仕事なんだろうか? それとも阻止側?
旅をするうちにいずれ明らかになっていくんだろうけど、商会メンバーとしての立ち回りに影響しそうなら可能な範囲でアルケナ神殿と夜鳩商会の方針を聞いておいたほうがいいかもしれないな。
そうして飛んでいるうちに暮れていた空が完全に星空になった。
「夜に飛ぶのも悪くないね。星がすごく近くに見える」
「そうでしょ! オビクロはリアルよりも空気が綺麗だから月も星もはっきり見えるのよね」
「星座って現実のものとは違うんだよね?」
「うん、なんか設定があるらしいよ。デイジーちゃんが言ってた」
その時、急に視界がふっと真っ暗になった。
「え」
なにかが空からの光を遮っている。仰ぎ見ると、航空機のような巨大な影が俺たちの真上にいた。
「姉ちゃん、緊急着陸!」
「ブラン! お願い!」
姉ちゃんの声に反応したブランが急角度で降下する。うわ、Gがかかる!
俺たちは真下にあった森の中にスライディング着陸した。葉っぱまみれの姿に構わず大きな木の幹に身体を寄せて、さっきの大きな影を見上げる。
「ドラゴンだ……!」
月が逆光になっていて細かいところまでは見えないけど、全体的なフォルムは間違いなくフィクションで散々拝んだドラゴンの姿だった。
「はわわ……おっきい……!」
道理でセンリ氏が着陸をすすめたわけだ。空中であんな巨体に小突かれでもしたら大変なことになる。
ドラゴンは俺たちを追い越すようにして、そのまままっすぐ北の方向に飛んでいった。
「はあー……行ったね」
「うん、びっくりしたね」
黒い姿が豆粒のように小さくなってからやっと俺たちは身体の力を抜いた。全身についた葉っぱや木屑を払い落とす。銀雪がぷるぷると頭を振った。
「そうだ、ブラン。無理させてごめんな」
グエッと低く鳴いたブランの足や下腹には擦り傷がたくさんできていた。姉ちゃんがすぐに『聖なる癒し』をかけるとそれらは白い光とともに元通りに消える。
「でもほんとに、あんなに大きいなんて思わなかったわ。将来まさかあれと戦ったりしないわよね?」
「フラグたてないでよ」
そういえば前にセンリ氏やナナ師匠が言ってたドラゴンの肉を食べてみたいって話はどこまで本気だったんだろう。いや、なんか……この話題は蒸し返してはいけないと俺の直感が言ってるぞ……。
「それじゃ行こうか」
ブランにまたがって、今度は周囲をよく確認してから離陸。ついでにウィンドウの時計を見ると、リアルでは二十三時を回っていた。
「姉ちゃん、次の仮宿に着いたら今日は終わった方がいいかも」
「えっ、もうこんな時間なの?」
姉ちゃんも時計をみて声をあげる。
「ずっと飛んでると時間の感覚がなくなるわね」
「全然飽きないもんね」
「そうなのよ」
マップを確認して方向の指示を出す。今いる場所からそんなに遠くないから日付が変わる前にはベッドに入れるだろう。
「姉ちゃん、あそこにある白い岩山の向こうの町に降ろして」
「らじゃー!」
やがて岩山の上に差し掛かると、マップに記されたとおりの町が見えてきた。オビクロ世界でも二十二時くらいなので、街灯もなく真っ暗な廃屋が夜の闇に沈んでいる様子はちょっと怖い。なるべく仮宿に近い位置を選んでブランを着陸させた。
「……あれ?」
地面に降り立って、違和感に首を傾げる。なんだろう、なんかさっきの町と違う感じだ。
「ここはあんまり砂が積もってないのね」
姉ちゃんが小さく呟く。そう、それだ。
足元にちゃんと石畳が見えている。石の隙間から多少の雑草は伸びているものの、道が全体的に綺麗だ。周囲を見回し建物の様子を観察する。建物はそんなに破損していないし緑に覆われてもいない。昼間来たら人がいるんじゃないかと勘違いするかもしれない。
「アン!」
突然胸に入れていた銀雪が吠えた。
「アン! アン!」
いつもの可愛い鳴き声じゃなくて、警戒を露わにしている。
「姉ちゃん、なんかいるっぽいよ」
銀雪の反応からして絶対ロクなもんじゃない。
「走るよ」
俺は姉ちゃんの手を掴んで仮宿がある方向へ駆け出した。
進行方向にいくつかの黒い影が現れた。姿形からして、
「人間?」
それらはゆらゆらと左右に揺れながらこちらに歩いてくる。あっ……あっ、めっちゃ嫌な予感がする!
やがて俺たちはそれらが視認できる距離にまで近づいた。
「「ぎゃーーーーーーーっ!!!」」
俺と姉ちゃんは思わず足を止めて渾身の悲鳴をあげる。
ゾンビ!! ゾンビですよ!!
てかこのゲーム、死霊とゾンビって別の扱いなの!?
「無理! 絶対無理!!」
姉ちゃんが半泣きでひっくり返った声で叫んで俺の腰にしがみつくけど、うん、俺も駄目だわこれ。
だってリアルな人間の死体が歩いてるんだよ!! 変な色して腐ってるの! 皮膚がでろってしてて、なんか黒い汁出てるし! 画面から出てこない2Dの映画とはわけが違うんですよ!!! 生理的に無理だし、とにかくもう、ぎもぢわるい!!
俺は素早く魔導書を開いた。
「セイクリッドアローセイクリッドアローセイクリッドアローセイクリッドアロー!!!」
早口で魔法を連呼する。白銀の聖なる矢が続けざまにゾンビたちを貫いてキラキラエフェクトに変えた。
「アンアン!」
銀雪が今度は俺たちの背後に向かって吠える。後ろからも来てるのか!
俺は姉ちゃんを小脇に抱えあげると全速力で走った。ちらりと振り返り、ブランがついてきてることを確認する。地面走るのも意外と速いな、鳥。
なんかウィンドウに赤い文字でアラートが出ているが、今はそれどころじゃない。
赤がちかちかと点滅する視界の前方に見覚えのある建物を発見。慣れた構造物というだけでこんなにも安心する。渾身の力で仮宿のドアを引き開け、ブランが入るのを待って中から閉める。
「鍵、鍵はないのか!」
ドアの取手をぐっと握って周囲を見回す俺に、
「マイルームに退避よ!!」
姉ちゃんが叫んで奥のドアに勢いよく手のひらを当てる。
「使えるわ! カイくん戻るわよ!」
姉ちゃんとブランの姿が消える。俺も表のドアから手を離すと走って奥に行こうとして、
「えっ?」
突然視界が暗転した。
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