93.偽装
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彼はインベントリから大小のアクセサリーケースを二つ取り出して俺と姉ちゃんに手渡した。大きいほうのケースを開けてみると、お洒落な装飾がついたルーペのようなものが入っている。
「……なんですか? これ」
「片眼鏡ですよ」
「こっちはイヤリングだわ」
小さいケースを開けた姉ちゃんが言った。
「それらは偽装と認識阻害の魔道具です」
「認識阻害……何に使うんです?」
「たとえばの話ですが、」
センリ氏は言った。
「君たちが内界経由で北国に行ったとします。すると街で斬鉄団などの一般プレイヤーを発見してしまった。北国に入国してないはずの人間が顔を合わせるわけにはいかないので、君たちは彼らに遭遇しないように立ち回った。ところがあとで彼らが北国で撮ったスクショやムービーを見返してみると。あれれ? 知り合いによく似た人が写っているぞー」
聞いている俺と姉ちゃんは思わず額を押さえる。ものすごくありそう!
「これはそういうことを避けるためのアイテムです」
「助かります……」
これからまさに内界に踏み込もうとしていた身としては非常に重要な懸念でした。そういうリスクもあるんだ、気をつけなくては。
「それでは設定を始めましょうか」
センリ氏はタブレットを取り出して画面に目を落とす。
「これは夜鳩商会の制服とセットで使用します。とりあえず着替えてそれらも装着してみてください」
「はい」
俺たちが着替えている間に彼はインベントリから姿見をぐいっと取り出して俺たちの前に置いた。
それから姉ちゃんはイヤリングを、俺は片眼鏡を身につける。片眼鏡ってフィクションなんかではどうやってくっついてるんだろ落ちないの、っていつも思ってたけど、ここがゲーム世界のせいか不思議としっかり顔に嵌った。
「まずは色変更をします。髪と肌と瞳。あと従魔の色も。何色にしますか?」
それならアバター作成の時に第二候補だった色にしておこう。
赤っぽいエフェクトのついたオレンジ色の髪と金色の瞳。肌の色は今よりすこし暗めに。鏡を見ながら、センリ氏のタブレットで細かい調整をしてもらった。
姉ちゃんはヒカリに似た明るい金髪に緑の瞳だ。
お人形さんみたいですごく可愛い。まあ姉ちゃんは何色にしても似合うだろうけど!
銀雪はあまり名前と矛盾させたくなかったので白銀から銀色へ。ブランは小麦色に変更した。
「髪の長さは変更しますか?」
イメージをなるべく変えたいので、俺は後ろの髪を長くしてタイトに結ぶようにした。姉ちゃんは逆にボブカットへ変更。
「うん。かなり印象が変わりましたね。次は名前です。お二人とも『商会長秘書K』と『秘書N』でいいですか」
「うーん……」
姉ちゃん小さく唸った。
「なんだか外見年齢で不審に思われそうなので、わたしは『見習いN』とかそういう感じのほうがいいです」
「では『研修生N』にしておきましょうか」
センリ氏がタブレットを操作する。
「それから認識阻害機能ですが、これらを身につけているときは他人のスクショや動画に顔が写りません。ボカシが入ります。あと、本来の君たちとは別人だと認識させる仕掛けがついています」
なんでも既製品の同一モデルのアバターを使用しているプレイヤーたちをそれぞれ『なんとなく別人』だと認識させるシステムを応用しているとのこと。そっか、データの世界だとそういうことができてしまうんだな。
「ただし顔の造形は同じですから知り合いと接触した場合、話し方や身体の癖、雰囲気などで気づかれてしまう可能性があります。なるべく避けてください」
「わかりました」
「ちなみにこの魔道具はあと何人かの夜鳩商会所属プレイヤーにも渡す予定ですが、これを身につけた者同士は認識阻害されないので一応覚えておいてください」
「はい」
センリ氏は最後にインベントリから衣類袋をふたつ取り出した。
「あとコートも渡しておきます。その制服は全天候型なので暑い場所も寒い場所も平気ですが、北国で薄着をしていると悪目立ちしますので」
この人も本当に配慮が細やかだよな。本業が秘書室長だから?
「ありがとうございます」
広げてみると襟元にファーのついたカシミヤコートのようなものだった。リアルでこういうのを購入したらお高そうな感じ。
「それからネムさん」
「あっ、ハイ!」
「もし東国や北国に行く場合、この二つは街壁内での飛行が禁止されています。気をつけてください」
「わかりました!」
姉ちゃんってセンリ氏と話すとき結構緊張してるよな。
それはともかく、今の話は他の鳥オーナーたちにもそれとなく伝えておいたほうがいいか。緋炎はともかく唐竹さんは北国入りしているし。
「センリさんは内界から北国って行ったことありますか? どれくらい距離があるんでしょう?」
ちょっと気になったので訊ねてみた。
「そうですね、ここからですと壁外エリア含めた西国の三つ分くらいでしょうか」
意外と距離があるな。前に星見の塔まで行ったときのことを考えると、銀雪の足だったら一日では無理だろう。
「じゃあブランで行こっか」
姉ちゃんの言葉に、センリ氏はそっと手のひらを見せてストップをかけた。
「前にも少しお話しましたが、旧皇国領にはドラゴンが生息しています。大鷲で行くときは気をつけて、もし見かけたらすぐに地面に降りてやり過ごすようにしてください」
「えっ」
その言い方。まさかドラゴンが襲ってくるんですか。
「でも、必要以上に怖がる必要もないですよ。気をつけて行ってきてください」
えええ。どうしよう。
困惑する俺と姉ちゃんに、センリ氏はもういちど「それでは気をつけて」と言うとすたすたと階下へ降りて行ってしまった。
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